「ごめんねス~ちゃん。痕つけちゃった」
「え」
凛月の告白に、司は恍惚のひとみをぱっと見ひらいた。痕。今このタイミング──ひとしきり体を交わらせた後ベッドに並んで沈んでいる時、ならば、真っ先に想定するのはキスマークだ。あるいは歯形。相手は吸血鬼だから、こちらも可能性としては高い。
職業柄、肌に残る痕跡はご法度なので、お互いつけないし、つけさせない。ただ、先ほどまでの熱を思い出せば、双方一瞬たりとも我を忘れることはなかった、と言い切る自信が少し揺らぐ。司は自らのあらわな胸や腹を慌てて見わたした。凛月はそれを見て、笑うのと気づくのの間みたいな短い息を吐き、否定した。
「あ、痕……は言い方よくなかったかも。俺たち的にまずそうなのは、さすがにしてないけど。それじゃなくて」
ぎっ、とベッドがかすかに軋んで、凛月が司の上に覆いかぶさってくる。スプリングの戻りに体が弾んで、揺さぶられる感覚を思い起こす。黄みの薄明かりを背負う姿はさっきまで見ていたものと同じで、けれどもさっきより明瞭な視界で見られるから、透けるほどのしろい頬がまだうっすら紅潮しているのもよく分かった。
凛月のゆびに、ゆっくりとくちびるをなぞられ、司は思わず目を細める。甘いくちづけがそこに降るのを想像したし、期待もした。
「ス~ちゃん、目、とじる時、くびもこっちに傾けるから」
そう言って、凛月は向かって左にくびを傾げる。
「これ、どっち向きかって、左利き右利き関係あるんだって。だから今のス~ちゃん、俺専用だなって」
左利きの凛月からのキスを、受け容れやすいように。知らず知らずのうちに刻まれていた司の癖を、凛月は痕だと言う。そうして苦笑するのだった。部屋はまだ薄ぐらいままなのに、なんだかまぶしそうに。司の魂に噛み傷をつけた、己の牙を、いとおしい罪として抱えるように。
「それが痕なら、きっと私、痕だらけですよ」
司に滴る凛月の影が深くなる。司はまぶたを閉じ、顔をわずかに左へ傾けた。