彼がすぐ眠ってしまうのが惜しいと、初めはそう思っていた。ひかりをいっぱいに浴び、盛りの薔薇のように匂いたつ情熱、その紅のひとみの輝きに、私は魅了されていた。常に彼の隣を我が物顔で陣取り、彼を無意識へと引きずり込む『夜』に、嫉妬に近い感情さえ抱いた。
けれども、いつしか。彼は彼の夢のなかにさえ、私を伴うようになった。眠る前のひとときを引き延ばして、私を呼び、私を抱き、私をそのひとみとその全てでもって記憶した。
私を満たしたのは優越感と、それ以上の更なる渇きだった。
「する? ス~ちゃん、」
狂おしい炎いろの虹彩は、今は磨り硝子の向こうにいる。みじかいキスを終えるなり、天幕じみた長いまつげはうとうと俯いて、すぐにでも夢の世界へ落ちてしまいそうだ。緩慢なゆびさきが私の後ろ髪を梳きもてあそぶ。こめかみにくちびるが寄せられ、ささやかれる甘い誘い。彼の腕のなかはすこしだけ暑く、それもまた、彼を追う睡魔の存在を教えている。
「眠いのではないですか?」
抱きしめるというより、寄りかかるように拘束されるのも、いつものことで、彼の重みを胸に受けながら、私はソファの上でわずかに姿勢を正す。背もたれと彼との間に挟まれた腕を、なんとか抜け出させて、彼の背をそっと撫でてみる。寝かしつけるならばこんなに、体の曲線を確かめるようゆびをすべらせる必要なんて、ない。
「ん、眠いけど……それはそれは眠いけど」
ぐずる声色に私は微笑する。
「ス~ちゃんは、べつばら。だから」
ソファの革が、ぎゅ、と鳴く。より深く体が沈んでいく心地は、彼が脱力し体重をかけてきたためではなく、むしろ確かに力を込めて、私を強く抱いたからである。くびすじに柔く歯を立て、弱く吸う、それが決して実体には残さない所有と欲望のしるしであることを、私たちは了解している。理性を愛したまま、本能に与するあかし。
しぶとい魔の手を引き剥がし、彼の薔薇が燃えながら私を射る。
「きちんと平らげてくださるなら、いいですよ」
ああ、彼の『夜』に、私だけが埋められるくぼみがある。無為だけでは潤せない、贅沢な渇きがある。彼にとっての甘い蜜は、うっすらとくちをひらき、自らにとっての甘い蜜が与えられるのを待った。