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    りつかさ/ここではない夜

    #りつかさ

     心臓のふるえる感触で目が覚めた。激しい鼓動がつめたい血を全身にめぐらせ、いやに覚醒を急ぐから、司は抗えずまぶたをひらいてしまう。ひらいても、くらやみのままだ。それから少しずつ目が慣れて、見知った部屋の天井のかたちをぼんやりと捉えはじめる。カーテンの隙間から漏れる光は藍色だ。夜のいちばん深い時間帯が、見えない膜となって、司の体をベッドに重く縫いつけていた。息を浅くしか吐けずに、胸が苦しい。
     怖い夢を見た。
     細部の記憶は一瞬で掻き消えてしまったのに、体を苛む焦燥感と不安感だけが、眠気を遠ざけリアリティを増していく。おそろしくて、さびしくて、自分がばらばらに壊れてしまいそうな感覚。司はゆっくりと頭を横に傾けた。
     隣には、凛月が眠っていた――否、目は閉じ呼吸も規則的なのに、起きているらしいことだけなんとなく気配でわかった。凛月は司に向かって体をまるくしていて、その頬に封をする長いまつげもよく見える。ふれてしまおうかと手をそっと近づけて、けれども実行はしないでいるうちに、凛月のほうからぎゅっと握られたので司は息を呑んだ。
    「こわいゆめ、みた?」
     目を閉じたまま凛月は言った。あたたかな吐息が司のゆびさきを慰める。
    「……はい。すみません、」
    「なに、すみません?」
    「起こしてしまったかと」
    「んーん、なんか、なんとなくだから……」
     ゆっくりの口調と曖昧な言葉えらびに、まだ微睡みの内にいるのがうかがえる。それから凛月はおもむろに腕を持ち上げて、掛け布団も一緒に体から浮かせた。そこにできた空間、凛月の胸へ、司を招いてくれているのだろう。しかし、司はためらった。待っていた体温が来ないものだから、凛月もいよいよまぶたをひらいた。
     濡れた紅のひとみは柔らかく闇に溶けながら、司を見つめている。
    「だいじょうぶ。ス~ちゃんの夜には俺がいるから」
    「はい、あの。凛月先輩がいらっしゃって、とても安心しました」
    「うん」
    「しかし、だから……それが、こわくて」
     ぱち、ぱち、凛月のまつげが確かめるようにまたたく。
     まだ呼吸が浅いことを自覚して、司は努めて深く息を吸い込む。ふたりで眠るベッドはしっとりとあたたかな空気に包まれていて、なのに、吸えば吸うだけ胸の底が冷えていく心地がした。
    「凛月先輩がいらっしゃらない夜も、私には……あるのに」
    「うん。それはねぇ、俺たち、しかたないから」
     確かに、仕事柄、こうして予定を合わせて共に眠れること自体、決して頻繁とは言えないけれど。どうにも歯切れの悪い司を見て、凛月も意味するところの違いを察したようだった。
    (凛月先輩のいる夜に、慣れてしまうことが、私は怖い)
     そうしていつしか、凛月のいない夜に、耐えられない自分になってしまうことが。
     そう思うと、その優しい体温を求めることを一瞬、躊躇した。凛月によって見守られた、穏やかな夜に身を預けることを――このままではきっと、永遠であれと願ってしまうから。
     凛月は上げていた腕を下ろすと、体ごと司ににじり寄り、司の胸に手を置いた。とんとん、とあやすようなリズムを刻まれて、司はまた自分の息が止まっていたことに気づく。そして、凛月に促されるまま呼吸を繰り返すうち、強張っていた手足からも少しずつ力が抜けていくように思えた。
    「もしス~ちゃんがひとりの時、また怖い夢みちゃったらさぁ、その時は。その時は……凛月先輩がいてくれたらよかったのに、って思って、泣いてよ」
     紅いひとみがきゅっと細められる。眠るような、笑うような、慈しむような、夜に見る凛月のその表情が、司はとても好きだった。
    「俺がいたらよかったのにって、思って泣いて……次の日も覚えてたら、誰かに話して、それから忘れて。ほんとは俺がいいけど、誰でも」
     湿度をまとって揺れる凛月のささやきが、子守歌みたいに司の耳を甘くくすぐる。司の夜に凛月がいてほしいと、願ってしまうのはいけないことなんかじゃない。司が願う限り、司の夜は凛月のものでありつづける。そう言ってくれている気がして。
    「だから、だいじょうぶ。ス~ちゃんの夜にはちゃんと俺が、ずっと。いるから」
     このひとの言う永遠を、自分は信じさせてもらえるのかもしれない。
     信じていいと、このあたたかな手が、声が、まなざしが、司に語りかけてくれているから。
    「はい……ありがとうございます。凛月先輩」
    「ねぇ、だから、もうちょっと寝てよ?」
    「はい」
    「俺も寝るから。俺に安眠、させて?」
     凛月がもういちど布団を持ち上げて胸をひらく。司が体を寄せると、すぐに強く抱きすくめられる。澄み切った凛月の肌の匂いが司を満たし、力いっぱい抱かれて苦しいけれど。それでも、さっきよりもずっと、息がしやすい。
    「おやすみ、ス~ちゃん」
     心地よいぬくもりに誘われるまま、司がまぶたを閉じると、重い夜光はいつしか朝日に姿を変えていた。
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