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    りつかさ/熱を移す

    #りつかさ

     凛月先輩の手が好きだ。
     梢のように長く華奢な、節の目立つゆび。いつもきれいな楕円にととのえられた爪。熟れはじめの桃に似た、わずかに紅を帯びた乳白色の三日月。楽器を弾く時、あるいは、自らが楽器となって歌い踊る時、誰より艶やかな音を奏でるゆびさきが。
     私の髪を撫でて慈しむ手。私の頬をつねってからかういじわるな手。私の歩みを待って、いつでも静かに伸べられている、優しい道しるべが。
     毛布から少し覗いていたそれを、掴んで、そっと引っ張り出す。
    「おはようございます。さあ、そろそろ起きてください」
    「んん……、あとちょっと……」
     口もとも、まだ毛布の下に隠れている。閉じたまぶたにも眉にもぎゅっと力を入れて、凛月先輩はいかにも眠そうなくぐもった声を出した。
     ミーティングの場所であるいつもの簡易スタジオに着くと、凛月先輩が先に来て仮眠をとっていた。扉の音に気づいた凛月先輩は、寝床にうずくまったまま、力なく持ち上げた腕を振った。私が挨拶をするとようやく人の判別がつき「ス~ちゃん。おつかれ……」と消え入るような声で返してくれて、またすぐ静かになった。
     たったこれだけのことを――凛月先輩の隙の部分にするりと入れてもらえることを、ほんのちょっとうれしく思う私に、私自身も気づいたのは最近だ。
     睡眠中は梃子でも動かなかった頃と比べれば、自ら起きてくれることもずいぶん増えた。とはいえこれは、寝起きがよいということと必ずしも同義ではない。おそらく、あと十分もしないうちに他のメンバーも揃い、ミーティングを始められるだろう。私だって無理やり寝床から引きずり出すのは本意でない(そう、本意ではないのです、断じて)から、なるべく心地よい覚醒を手伝いたくて、凛月先輩のゆびさきを柔く握った。
     眠っていた凛月先輩の手は、ひんやりしてすべすべで白くて、まるで彫刻みたいだ。
    「手をあたためると目も覚めるそうです。私の体温をお渡ししましょう」
     手の血管から交感神経が刺激される、とかなんとか。ぬくぬくの抱き枕などと(不本意な側面もありつつ)呼ばれている、体温が高いらしい私にぴったりの役目だ。イエスともノーともつかない呻き声を上げている凛月先輩の手を、自らの両手で挟み込んだ。
     手の甲の全体を何度もさする。おやゆびから順に一本ずつ握って、きゅっ、きゅっと揉む。ゆびの側面を、ツツ、となぞり、関節のかたちを確かめる。凛月先輩の手の、やわらかいところと、かたいところ。皮膚の張ったところと弛んだところ。感触の違いを楽しむように行き来する。丸まろうとする凛月先輩の手を広げ、てのひら同士を合わせる。ほんの少しだけ私より大きく、あとはほとんどぴったり重なる手。それから、ゆびをずらして、凛月先輩のゆびに交差させると、ぎゅうっ、と力を込めて握りしめた。
     てのひらから混ざり合ってしまうように思えたのは――さっきまで冷たかった凛月先輩の手が、じわじわ熱を持ち、私の体温に近づいていたからだ。
    「あたたかくなってきました。私の熱が移りましたね」
     ぴくん、とわずかに反応した凛月先輩のゆびさきは、まだ私を握り返してはくれない。凛月先輩がくびをすくめ、半分見えていた顔も毛布にすっかり隠れてしまった。
    「……そんなすぐ、移んないって」
     駄々をこねるみたいな口ぶりで、凛月先輩はつぶやく。
    「そうですか?」
     私は構わず手を握る。うっすら湿った皮膚が呼び合う。
     凛月先輩の言うことも、たぶん本当だ。それは私の熱なんかじゃなくて。凛月先輩自身が生み出す、凛月先輩自身の熱なのだと、私は気づいている。
     おんぶに抱っこに膝枕。肌を触れ合わせることに人一倍、抵抗が少ないくせして、こうしてゆびを絡めるだけで、たちまち反応が表れてしまう素直なところ。
    (凛月先輩の手の、そこがいちばん、好きなところかもしれません)
     掌中でぽかぽか火照る凛月先輩の手を、顔の前までゆっくり掲げて。凛月先輩がまだ目を開けないのをいいことに、私はくちづける。凛月先輩ではなく、自分の手の甲に、そっと。そうして、知らないふりをする。
    (これくらいはまだ、目をつむっていていただけるでしょうか?)
     あなたの手があたたかい理由を、いつかあなたの口から、教えていただけるでしょうか。
     いつの間にか、こんなにもずるくなっていた自分に、密かな微笑を浮かべつつ――私は凛月先輩が観念して起き上がるのを待った。もとより熱い私の手も、きっと温度を上げていた。
     いったいどなた譲りなのでしょう、私には皆目、見当もつきませんが。
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