手の言葉「好きだよ、司くん。恋愛感情の意味でね」
数日前、俺は類に告白された。
なんかの冗談だと思ったんだ。だからその時はからかうのやめろよ。なんて言ってその場を切り抜けた。
類が俺を好きで、俺も類が気になってるなんて言えなくて。
知らないフリをしたんだ。
それの罰が当たったのかな…
突然耳が聞こえなくなった。
中途難聴。
医者に言われた診断結果がそうだった。
俺には聞こえなかったけど。
耳が聞こえなくなって、俺の生活は一気に変わってしまった。
あんなにアクティブだった俺は今や引きこもりの様な生活で、外にも出ず、家で過ごす事が多くなった。
両親や咲希もそんな俺を心配してくれた。
無理はしなくていいと言われたけど、分からなかった。
だって耳が聞こえないんだから。
そして言葉が喋れなくなった。
正しい発言が出来てるか、正しい音が出てるか、分からなかった。
単純に怖かったんだ。
だから喋ることを諦めた。
なんで俺なんだ、こんな目に合うなんて。
俺は何か悪いことでもしたのか?
類に酷いことをしたから天罰が下ったのか?
そう悩んでもグルグルと考えが行ったり来たりするだけで、何も解決しなかった。
まるで全てが暗闇に沈んでしまって、何もやる気が出なくなってしまった。
チームのみんなには咲希が伝えてくれたみたいだった。
LINEも来たけど見てないし、見る気もなかった。
現実を認めたくなくてスマホの電源は切ってしまったから。
耳が聞こえ無くなって、直ぐに連れて行かれたのは眼科で、補聴器を調節して購入して貰った俺は音を取り戻した。
でも喋る気にはならなくて、この聞こえてくる音は本当に今まで自分が聞いていた音なのか疑心暗鬼になってしまっていた。
「お兄ちゃん」
床に座って何も考えずに俯いていたらノックをした音が聞こえて顔をあげると咲希がドアを開けて開いた扉の隙間からこちらを覗いていた。
「………(何)」
咲希の顔を見て口パクで伝えると咲希は自室に入ってきて、傍に座り込んだ。
「お兄ちゃん、お外行こうよ。いい天気だよ。」
補聴器から聞こえてくる音に俺は首を振って否定した。
咲希は潤んだ目でこちらを見て俯いてしまった。
そんな顔すんなよ。
いつもの俺ならそう言って頭撫でたんだけどな…
俺はそんなにも変わってしまったんだな…
咲希は顔をあげると立ち上がり俺の腕を掴んで立ち上がらせた。
されるがままの俺は咲希の顔を見る。
「……(どうしたんだよ)」
咲希に口パクで伝えたものの、咲希はこちらを見ずに俺の自室から引っ張りだそうとしていて、俺は抵抗した。
咲希は俺の抵抗に勝てるわけなく、もう一度こちらの顔を見て、少し叫ぶ様に話しかけてきた。
「お兄ちゃん、外行こう!ね?」
咲希の必死な声に驚いてしまった俺は、驚いて咲希を見た。
「……(咲希、どうしたんだよ)」
口パクで伝えると、咲希は涙目でこちらを見ていて、今にも溢れ出しそうな目で必死に腕をグイグイと掴んでくる。
咲希のこんな必死な様子に俺はどうすればいいのか、分からずに俺の腕を掴んでる咲希の手に手を重ねて宥める。
「だって、これ以上見ていられないよ、お兄ちゃんの姿…私はお兄ちゃんに変わらずにステージに立って欲しい!楽しそうに歌ってるお兄ちゃんがもう一度見たいよ」
我慢できなくなったのか、目からはポロポロと涙を流している咲希に俺はなんて言えばいいか分からなかった。
「……(咲希)」
俺も思ってるよ。
このままじゃいけない。
逃げてばかりなんていけないって。
でも音が分からないんだ。
本当にこの機械から流れてくる音は、正しい音なのかって。
悩んでてもダメだよな…
前に進むのか…怖いな…
前みたいに戻れるかな?
咲希は俺の腕から手を離し自分の目から流れる涙を拭った。
俺は少し躊躇って咲希の頭を撫でた。
驚いた咲希はハッとこちらを見て、俺は久しぶりに音もなく笑った。
咲希との一件以来、俺は少しだけ行動範囲を広げた。
引きこもりだった俺が、すぐ近くのコンビニ位まで行けるようになったのが両親も咲希も嬉しかったみたいだった。
相変わらず声は出していないけど、それより外に出る様になった事の方が嬉しいらしく、両親も咲希も声については何も言ってこなかった。
でも声の代わりに手話を覚えた。
まだ簡単なものしかわからないけど、家族も俺を応援してくれているのか一緒に手話を覚えてくれて、コミュニケーションが取りやすくなった。
あれからスマホも復活した。
グループの皆や同級生から心配してる内容が殆どだった。
類からは何も無かった。
類へのこの気持ち。
あの時、ちゃんと受け止めていたらどうなってた?
あの時、俺も好きだよって言えてたら?
燻った気持ちに整理を付けるのは当分先になりそうだな…
コンビニの帰り道そう思いながら歩いていると後ろから名前を呼ばれた気がした。
「司くん!」
「…ぇ」
振り返ってみると、そこには今さっき考えていた類で、思わず声が出てしまった。
「司くん」
1歩、また1歩と近付いてくる類に、俺は少し戸惑った。
どうすればいい?どうする?
頭の中はパニックで冷や汗が背中を伝うのがわかった。
「司くん、良かった」
気付いたら目の前にいた類は、自然に言葉と手話で、俺に思いを伝えてきた。
暫く呆然としていた。
なんでだ…なんで手話…
「司くん?」
「………(なんで)」
「?」
「……(なんで手話…)」
「あぁ、咲希ちゃんに聞いたんだ。ここじゃなんだから近くの公園に行こう」
類は手話を混じえながら俺に話し掛けてくれた。
そして俺の目を真っ直ぐ見つめて、ゆっくりと言ってくれた後、手を握られ公園まで移動した。夕暮れ時で遊ぶ子供ももう居ない静かな公園。
俺と類は並んでベンチに座って、類は俺の方を向き手話と声でこう言った。
「逢いたかった」
俺は少し信じられない気持ちだった。
相変わらず呆然と類の顔を見る。
すると少し躊躇った感じで笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「ずっと逢いたかった。咲希ちゃんから全部聞いたんだ。でも僕はどうすればいいか分からなくて、連絡が出来なかったんだ」
手から伝わる言葉と、機械を挟んで聞こえる言葉に、涙が出そうになる。
だめだ、だめだ。
ここでは泣けない。
俺が立ち上がり逃げようとすると、堪えていると類が気付いたのか、俺の腕を引っ張り引き寄せて、抱き締められた。
「僕はどんな司くんでも変わらずに好きだよ」
機械越しに聞こえた、囁くように言われた言葉。
俺は嬉しくて抱き締めてくれる類が愛しくて。
類の背中にそっと腕を回して抱き締め返すと、少しビクッとしたのが面白くて、上手く言えるか分からないけど、声を出した。
「…ぉれもすきだよ」