チャンスだったのに 好きで、すごく好きで。気持ちと視線があの人の方ばかり向いてしまう。気づかれるかな。気づいてるかもしれない。気づいてくれたらいいなと思う。
――どうかしたかい?
そう、そんないつもの声で、いつもの優しい視線で聞いてくれたら、
――うん、カブさんのこと見てた。
いつもより甘い声で言えるかもしれない。
――ずっと、カブさんのこと見てた。
いつもより真っ直ぐな目で見つめることができるかもしれない。
なんて、他人任せな都合のいい妄想をだらだらと繰り広げていたら、いつの間にか控え室に集まっていたメンバーはぱらぱらと散り始め、都合よくオレとカブさんが残された。
「お疲れさま」
ロッカーを閉め、バッグを肩に掛けたカブさんが声を掛けてくる。慌てて同じ言葉を返し、ドアを開けて出て行く背中を見送り、
「まあ、そうだよな」
そう都合よくいかない現実にため息を吐く。
見てるだけじゃダメだし、妄想するだけなんて不毛だ。待ってても何も始まらない。
それはわかってるんだけど。
「なんかきっかけとかあればなあ」
どこまでも他力本願な自分に、またため息が出る。オレってこんな臆病だったっけ。否、慎重と言ってくれ。だって嫌われたり、嫌な顔をされたり、フラれたりしたら、しばらく使い物にならなくなるのは確実だ。積み重ねてきた年月分、ダメージもきっと大きい。
気づいてくれないかな。それで、ちょっとでもオレのこと、気にしてくれないかな。
「はー、つら」
ロッカーの中にため息とぼやきを放り込んでいると、
「大丈夫かい?」
聞こえるはずのない声がして、反射的に顔と身体を向けた先、
「か、かぶさ」
帰ったはずのその人がドアの前に立っていた。
「なんだか疲れてるみたいだったから、心配で」
小走りに近づいてきたカブさんが、手を伸ばしてオレの額に触れてくる。
ひえ。
なに?
これ夢?
現実?
「熱はないみたいだね、頭痛は? 吐き気とかは?」
ぶんぶんと頭を横に振る。よかった、とカブさんは本当に安心したように肩を落とす。
「キバナくんが頑張り屋なのは知っているけど、あまり無理をしないようにね」
え。
そうなの?
オレって頑張り屋なんだろうか。
きょとんとしながら低いところから見上げている目を見つめると、
「頑張ってるよ、とっても」
カブさんは笑顔を浮かべながら、また手を伸ばして、今度は頭を撫でてくれた。
「じゃあ、本当にお疲れさま。変なこと言ってごめんよ」
軽く頭を下げ、カブさんは背を向ける。頭にはまだ撫でてもらった感触が残っていて、オレはぼーっとしてしまって動けない。
そのまま何もできず、何も言えないまま、ただ背中を見送って、ドアは閉まった。
閉まってしまった。
「オレさまのバカーーー!!!」
控え室に叫び声が響いたのは、たっぷり数分が経ってから。