独占欲の強い白虎の話「白虎ッ! 白虎ォーーーッ!!」
芝生の上で呑気に寝ている白虎を発見し、怒号を上げる。
「……んあ? なんだよ……朝っぱらからうるせー野郎だな……」
俺の怒号で目を覚ました白虎は、あくびをしながら面倒くさそうに身体を起こす。
不機嫌そうに尻尾をバシバシと芝生に打ち付ける白虎に向かって、俺はすかさず口を開く。
「もう昼だッ!! また貴様は自堕落して——! 違うッ! 今はそんなことはどうでもいい!! いや、どうでもよくはないが後回しだ!」
「なんなんだよ……。さっさと用件を言え」
面倒臭そうに頭を搔きながらそう言う白虎に向かって、俺は自身の首筋を晒して見せる。
俺の首筋には、くっきりと歯型が付いていた。
それも、一つや二つではない。
まるで『何度も牙を突き立てた』かのように痛々しい跡が何本も走っている。
あの時は快感で痛みを殆ど感じなかったが、まさかここまで跡が残るとは……。
「これだ! 貴様が派手に噛み跡をつけたせいでテオ達に不審がられたのだッ!! おかげで誤魔化すのに苦労したぞ!!」
俺はそう叫ぶと、白虎の目を真っ直ぐ睨みつける。
「別に隠す必要ねえじゃねーか。つーか……それを言うなら俺もてめえに爪痕つけられてるんだがな……」
呆れたようにそう言うと、白虎は俺に背を向ける。
広く逞しいその背には、確かに——引っ掻いたような爪痕が残っていた。
……恐らく、昨夜俺が快楽に悶えていた際に力一杯爪を立ててしまったのだろう。
——だが、しかし……。
「“跡”……だと? もう殆ど塞がってるではないかッ!!」
そう、背の傷自体はもうほとんど治っているのだ。間近で見られなければ気付かれることはないだろう。
「ごちゃごちゃうるせーなぁ……。てめえの傷だってタチの悪い虫に刺されたとでも言っときゃいいんだよ。ガキ以外にはそれで察しがつくだろうしな?」
ニヤつきながらそう答える白虎に怒りがさらに込み上げ、俺は声を荒らげて反論する。
「ふざけるな!!! 虫刺されと誤魔化すには限度があるだろう!? こんな酷い刺し方をする虫が一体どこにいるのだッ! これではまともに外も歩けんだろうがッ!!」
俺の首筋にくっきりと残る複数の歯型は、最早傷跡としか言いようがない。
これで虫刺されと言い張るのはさすがに無理がある。
「………」
俺が本気で怒っている事が伝わったのか、白虎は「あー……」と言いながらバツの悪そうな表情で頭を搔くと立ち上がり、俺の首にそっと手を触れてくる。
「——ッ!」
白虎の手が触れた途端、ビクリッと身体が跳ねてしまうが、白虎はそれ以上は何もせずじっと首筋を見つめてきた。
「——確かに、こりゃひでーな。
……悪かった。手加減できなくてよ……」
白虎はそう呟くと、労わるように優しく俺の首筋を撫でる。
「……は? あ、ああ……いや……??」
珍しいこともあるものだと驚きつつも、素直に謝られると調子が狂う。
「もう、いい……。俺も貴様の背中に思い切り爪を食い込ませてしまったしな……。
お互い様ということにしておいてやる……」
俺はそう言うと、気まずさから視線を逸らす。
「……おう」
白虎も短く返事をすると、俺から離れる。
「……明日、また遠征に行ってくるからな」
少し居心地の悪さを感じていると、白虎が先に口を開く。
「……それはこの前聞いたぞ」
「しばらく会えねーだろ?」
「……そう、だな。
だが、それが……なんだと言うのだ?」
内心、寂しさがないと言えば嘘になる。
しかし、本音を言えば揶揄われるに違いないと、俺は平静を装いそう答えた。
「——この流れでわかんねーのか?」
白虎はそう言うと、俺を芝生の上に押し倒す。
「——ッ!? おい! 何を……!」
突然のことに驚きつつも抵抗を試みるが、白虎に肩を押さえられ身動きが取れなくなってしまう。
「てめえは流されやすいからな。しっかりマーキングしとかねえと、どこの馬の骨かもわかんねー野郎に喰われちまうかもしれねえだろ?
——んなこと、許せねえからな」
獲物を狩るような鋭い眼光に見つめられ、思わず心臓が高鳴る。
白虎の意外な独占欲の強さに驚きつつも、俺はどこか心が満たされていくような感覚を覚えていた。
そんな俺の内心を見透かすように、白虎は不敵な笑みを浮かべると俺の首筋に舌を伸ばしベロリと舐め上げる。
「くふぅ……ッ!?」
思わず情けない声が漏れ出てしまい、顔が熱くなる。
「……ま、そう言うわけだ。
ちょっとやりすぎちまったがな?」
イタズラが成功した子供のような表情でそう言うと、白虎は俺から離れ芝生の上に寝転ぶ。
「っ……き、貴様と言うやつは……! ちょっとどころでは——!
いや、もういい……」
先程までは怒りで我を忘れかけていたが、この傷跡も白虎に求められた証なのだと思うと不思議と悪い気はしなかった。
——我ながら単純で、どうかしているとも思うが……。
「——そんな心配せずとも、俺は貴様だけのものだ……」
「……あぁ?」
そう、小声で呟いたつもりが、白虎の耳にはしっかりと聞こえていたようで、身体を起こすとゆっくりとこちらに近付いてくる。
「待て白虎! ここでは目立——うぶッ!?」
当然、逃げることは叶わず抱き寄せられてしまい、白虎の厚い胸板に顔を埋めてしまう。
「見せつけてやりゃいいじゃねーか。
てめえは俺のモンなんだろ? なぁ?」
唸るようにそう言うと、白虎は俺の顎を掴み強引に顔を上げさせる。
「——ッ」
至近距離から見つめられ、目が離せなくなってしまう。
——そう、この目だ。
俺の身体を熱くさせ、狂わせる。
獰猛で強かで……それでいてどこか優しさを孕んだ瞳。
白虎のその瞳に見つめられるだけで、まるで魔法にかけられたかのように身体が熱くなる。
(こ、このままではまた白虎に主導権を握られてしまう……ッ!)
白虎のペースに乗せられてなるものかと、咄嗟に口を開く。
「調子に乗るなよ白虎……!
今のは、言葉の綾だ! 自惚れるなッ!!
俺が、『貴様のモノ』なのではない!
貴様が、『俺のモノ』なのだ!
それを今からわからせてやる!!」
俺がそう啖呵を切ると、白虎は「ほう?」と感心したように呟き、不敵に微笑む。
(——待て。俺は一体何を口走って……ッ!?)
我に返った俺は、自分の発言に内心慌てふためく。
すぐに訂正しようと思考を巡らせるが、時すでに遅し。
俺の発言を聞いた白虎は心底嬉しそうに口元を綻ばせると、尻尾を俺の身体に巻き付けてくる。
「そりゃあれか? 新しい誘い文句ってか?
だったら——是非ともご教示願いたいものだな?」
挑発的な笑みを浮かべながらも、その瞳はギラついており、今すぐにでも俺を貪りたいと言う欲望がありありと感じられた。
「——ま、待て……!
今のも違うッ! やめろ! 離せッ!」
白虎に抱き上げられ、降ろせとその背をバシバシと叩くが、白虎は意にも介さず歩みを進めていく。
「へいへい。言い訳ならベッドの上で聞いてやるよ。
——精々楽しませてくれよ?」
耳元で甘く囁かれ、背筋にゾクゾクとした快感が走る。
——もう、こうなってしまっては手遅れだ。
俺はため息を一つ吐くと、全身の力を抜いて白虎に身を委ねる。
「——いいだろう。
貴様こそ、俺を退屈させるなよ?」
精一杯強がってみせても、きっとこいつはお見通しなのだろう。
白虎は楽しげに喉を鳴らすと、足早に歩き始めた。
——最初から、わかっていたはずだ。
白虎に出会い、打ちのめされ、その“痛み”を知り、優しさに救われたあの瞬間から……。
俺は——身も心も白虎に支配されてしまっているのだから。
——本当に、どうかしている。