新年なシロマグ(なんだこの有様は……!)
部屋に散乱する酒瓶、脱ぎ捨てられた装備とズボン。
そして部屋の中央に鎮座する『呪具』、こたつ。
そこに入ったが最後、猫科獣人を堕落させる恐ろしき呪いの道具。
その呪具の効果は目の前で緩み切った表情を晒す無様な白虎を見れば一目瞭然だった。
「……んぁ?
やーっときやがったかぁ。
待ちくたびれたぞぉ〜……」
テーブルに顎を乗せ、背中を丸め、間延びした声を上げながらトロンとした目で俺を見据える白虎。
その姿はまるで怠惰を具現化したかのようであり、普段の雄々しさは欠片も見受けられない。
「ボサっと突っ立ってねえでこっちこいよぉ……
あったけぇぞぉ〜……」
どうやら相当出来上がってしまっているらしい。
今にも夢の世界に旅立ちそうな声で手招きをする白虎に思わずため息を漏らす。
「呼び出しておいてこの有様か……。
酔いすぎだ。
新年早々だらしがないにも程があるぞ」
「あぁ〜?うっせえなぁ……。
今日はめでてえ日だろうがぁ?
今飲まずにいつ飲むんだよぉ〜?」
白虎は不満そうに口を尖らせると、尻尾をゆるゆると座布団に叩きつけながら不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「貴様は何かと理由をつけていつも飲んでるだろうが……」
大方、年末から今日の夜明けまで浴びるように飲んでいたのだろう。
再び溜息をつき、酒瓶を拾い集め部屋の隅に立て掛ける。
ズボンも一応畳んでやる。
「なんだぁ?てめえは俺の嫁にでもなったつもりかぁ?へへ……それも悪くねえな……」
「……この酒乱め。
用がないなら帰るぞ」
白虎の戯言を無視して踵を返し部屋を出ようとするが、急に伸びて来た手が俺の脚を掴み動きを止められる。
「ッ!?おい!離せ!」
「帰っちまうのか……?」
振り返り白虎を睨みつけるが——当の白虎はどこか寂しそうな表情を浮かべていて、思わず言葉に詰まる。
「今来てくれたってこたぁ帰ったってすることねーんだろぉ?なら良いじゃねーか……たまにはダラけたってよぉ……」
尻尾を垂らし、ぼやくような口調でそう呟く白虎の表情に胸が締め付けられる。
普段はふてぶてしく、粗暴で、俺を散々振り回す身勝手な男だというのに……。
——本当にズルい男だ。
「……少しだけだぞ」
そう言った直後、尻尾をピンと立て、満足気な表情をみせる白虎。
「相変わらず素直じゃねえなぁ〜?
ほら、さっさとこいよ」
嬉しそうな声色でそう言い放つと、自身の隣をバシバシと叩き座るよう催促してくる白虎に再度溜息を漏らす。
「どの口が抜かすか、全く……」
悪態をつきながらも指定された場所より少し距離をおき座り込む。
だが、白虎はその行動に不満を覚えたのか、尻尾をぱしんっ!と叩きつけながらムッと顔を顰める。
「——なんだその顔は?
か、勘違いするなよ!その呪具には入らんし、俺は堕落するつもりはないッ!!
貴様がこれ以上飲み過ぎないように監視を——」
「ごちゃごちゃうるせえなぁ〜……。
いいからさっさと来い」
「ぬおぁッ!?」
白虎に腕を掴まれ、強引に引き寄せられる。
不意をつかれ、抵抗する間もなくバランスを崩した俺は白虎の胸元に倒れ込んでしまう。
「貴様なにを——!!
ぐむッ——!?」
白虎の胸板に顔をぶつけ抗議の声を上げるが、当の本人は聞く耳持たずといった様子で上機嫌に喉を鳴らすと俺を強く抱きしめながらごろりと横になる。
白虎の逞しい腕と分厚い胸板に包まれ、濃い雄の匂いが鼻腔に充満する。
酒気を帯びた吐息に耳をくすぐられ、身体の熱が否応なしに高まっていく。
「んあ〜……あったけぇなぁ〜……。
へへ……こたつもわるかねえが、やっぱお前が一番あったけえわ……」
そう呟くと、白虎は尻尾を伸ばし俺の身体に巻き付ける。
「は、離せ!貴様酒臭いぞ!?」
「うるせえ抱き枕だなお前はぁ〜……——あぁ?」
そう、白虎が呑気に欠伸をこぼした直後だった。
ふと何かに気が付いたのか、白虎は眉を顰めながらスンスンと小さく鼻を鳴らす。
「な、なんだ?」
突然の行動に思わず身体を強張らせるが、白虎はお構いなしに俺の首元へと顔を寄せると、今度は小さく唸りながら何度も鼻を鳴らし始める。
「なにをして——!」
「——知らねえ野郎のニオイがする」
「は?」
唐突に酔いが覚めたかのように低い声色でそう呟く白虎に、思わず素っ頓狂な声を上げる。
「や、やめろ!なにをしている!?」
困惑する俺を無視し、白虎は俺の首筋から胸元にかけて何往復も執拗にニオイを嗅ぐ。
「1人じゃねえ、複数だな。
——どこに行ってやがった?」
先程までの緩み切った表情からは一転、鋭く細められた琥珀色の瞳が俺を射抜く。
「よ、傭兵団の奴らと初詣に行っていただけだが……?」
その視線に気圧されながらもそう答えると、白虎は不服そうに目を細める。
「——気に入らねえ」
そう短く呟くと、絶対に離さまいと俺をより強く抱き寄せ、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「『少し』じゃ足りねえな。
俺が満足するまで側にいろ」
「……酔ってる時の貴様は面倒しかないな」
——だが、悪い気分ではない。
俺は白虎の腕から逃れることを諦め、その背に腕と尻尾を回す。
「……今日はやけに素直じゃねーか」
「貴様の機嫌をこれ以上損ねたくなかっただけだ。
……これ以上酔い潰れられても困るからな」
「ンだよ、やっぱ素直じゃねえなぁ〜?
全くよぉ〜」
俺の返答に白虎は満足そうに笑みを漏らすと、大きな欠伸をこぼす。
「……今日はどの道休むつもりだったからな。
付き合ってやらんでもないぞ」
「へへ……なら、2人で惰眠と洒落込もうぜ」
白虎は俺を抱えながらゆっくりと体勢を変え、こたつの中に下半身を滑り込ませる。
「お、おい!その呪具に俺を巻き込むな!!」
「うるせ〜なぁ……。
こうすりゃ、こたつとお前で……
一挙両得って奴じゃねーかぁ〜……」
眠気に誘われるようにそう呟いた白虎は、俺を抱きかかえたまま目を閉じる。
「それは貴様だけだろうが!?
おい!白虎!?」
俺の制止を無視し、あっという間に寝息を立て始めた白虎を見て思わず顔を顰める。
だが、どこかあどけなく、穏やか表情で眠る白虎にすぐに毒気を抜かれてしまう。
「全く、どこまでも勝手な男だ……」
悪態をつきながらも諦めの境地に至り、溜息を一つこぼす。
呪具——こたつは大型獣人用に作られてはいるが、さすがに俺と白虎が一緒に入るには少々窮屈だった。
だが、その狭さになぜか安心感と幸福感を覚えてしまった俺は小さく溜息をつき、白虎の胸板に顔を埋める。
冬毛でモコモコと膨らんだ白虎の被毛は普段より格段と暖かい。
白虎の力強い鼓動が伝わり、俺の鼓動と溶け合うようにリズムを刻む。
こたつと白虎の温もりに挟まれ、心地の良い微睡みに包まれていく。
(俺も堕ちたものだな……)
自嘲気味に胸中で呟き、俺は静かに目を閉じる。
今年も、この粗暴で横暴で怠惰だが——誰よりも雄々しく、優しい、俺の心を揺さぶる唯一無二の男と共に歩むのだろう。
「今年もよろしく頼むぞ、白虎——」
そう小さく呟くと、俺は微睡みの中に意識を委ねた。
——同じ夢を見るために。
それに応えるように、俺の背を抱く白虎の腕に力が込められた気がした。