かわいいひと「あ、七海ぃ今日そっち行っていい?」
高専で顔を合わせた五条にそう問いかけられて、七海はなんとなく後ろめたい気持ちになった。
「……すみません、今日は任務終わりに猪野くんと食事に行くので」
そう断ると、五条は形だけぷりぷりとして行ってしまった。
傍若無人、破天荒で知られた彼だが、先約だからと恋人よりも後輩を優先させることを怒るような人ではない。あんなちゃらんぽらんでも、人付き合いを大事にする彼だから。言ったことはないけれど、そういうところを好ましく思っている。
それなのに、予定通り猪野と夕食を共にしてほろ酔い気分で自宅に帰りつくと、リビングのソファに仕事着のままの五条が横になっていた。合鍵を渡した覚えはない。
「五条さん、」
戸惑いつつも声をかけると、彼はゆっくり瞼を押し上げてあおのひとみを覗かせた。
「……あれぇ、おかえり」
寝起きのゆるんだ表情でふわりと笑う恋人の姿に、なぜだか自分がとてつもない不義理を働いてしまった気になった。
「ただいま、……帰りました」
「それ、おみやげ?」
起き上がった五条が七海の持つ紙袋を目ざとく見つけて、ケーキ⁉ と顔を喜色に染める。
先約があるからと断りはしたが、多忙な彼がわざわざ時間を割こうとしてくれた事実に少しでも報いたくなって、帰りにケーキ屋に寄って焼き菓子を買ってきたのだった。本当は彼の期待通りにケーキを買ってきてやりたかったが、彼が次いつ訪ねてくるか分からないからと少しでも日持ちのするものを選んだ。臆病なだけだ。
「どうして来てくれたんですか、構ってあげられないのに」
口にしてから、嫌がっているように聞こえてしまったかな、と内心焦る。
「んー? 僕もホントはまっすぐ帰るつもりだったんだけどさあ、仕事終わりにあー七海に会いたいなーって思って、来ちゃった」
「そう、ですか」
「おまえが帰ってくるのを待ってる間に結構寝れたし、目が覚めたら可愛い顔したお前がいるし、うん、来てよかったな」
そう呟く穏やかな表情がたまらなく愛おしくなって、ソファの背もたれに手をついて身をかがめた。二人の距離がゼロになる寸前で、五条の方から唇を合わせてきた。
「んふ、ふ」
口を合わせたまま笑う気配が下から、その隙間に舌を差し入れる。不思議とお互い激しく求めようとはしなかった。情事の時とはまた異なる、与え合うような口づけに酔いしれる。
そのままどれくらいの時間が経っていたのか、わずかに息を乱した五条がゆっくりと顔を離す。名残惜しくなってそれを追いかけ、やわらかな唇の端にキスを落とした。焼き菓子の入った紙袋はいつの間にか五条に奪い取られてローテーブルに置かれていた。
「ふふ、おまえ、かわいいね」
「……あなたこそ」
何も言わずともスペースを空けた五条の隣に腰掛ける。わずかだけあった隙間を五条がきゅっと詰めた。触れ合ったところからぬるい熱が伝わるのが心地よい。
「ところで、鍵はどうしたんですか」
「ん? 前にべろんべろんになったおまえがくれたんだけど、覚えてない?」
「……」