もふもふ「魈、魈」
「はい、い、いかがされ……」
いつもなら、ぽそりと呟くような声音で名前を呼ばれるのだが、この日は違った。明らかに何か今すぐ言いたいことがあって堪らない。という、嬉々とした表情をしているのがすぐわかるような声だった。今度はなんだろうかと思いながらも、迷うことなく魈はすぐに鍾離の元へと駆けつけた。
「……これは……」
呼び出されたのは鍾離の邸宅だ。いつもと違った香の匂いが部屋に充満している。その上なんだか鍾離の衣服がいつもと違うのだ。茶色の分厚い着ぐるみのようなものを羽織っている。しっぽもついているそれは、彼の方を想像できるような気もする。
「……今日も、お休みの日だったのでしょうか」
「いや、違う。今日は仕事の日であったのだが……見てくれ! 新しい商品を見つけて思わずお前の分まで購入してしまった。着てみてくれないか?」
「は、はぁ……」
数年前に、教祖の亡骸という名の、やけにモフモフしたぬいぐるみが店に並んでいると鍾離が嬉しそうに購入していたことは知っている。今もそこの寝台に並んでいるそれは、お前の分も購入してあると、望舒旅館の魈の寝台にも同じ物が置いてある。
手渡されたずっしりと質量のあるそれを、断ることもなく静かに羽織ると、とても良い匂いがした。ポケットに手を入れると、あのぬいぐるみに自分がなったかのような気分になる。岩王帝君は威厳があり雄々しく偉大な神だと思っている。決してこんなモフモフした生き物ではない。民は岩王帝君なんだと思っているのだろうかとも思うのだが、鍾離のこの表情を見るとなんとも言えないところだ。
「とても似合っている」
「……ありがとうございます……」
嬉しいような、嬉しくないような。ふわふわのそれに包まれた自分を愛しそうに見つめる石珀色の瞳に、自分はどのような表情を返せば良いかはわからない。
「今日はこのまま夜眠りにつくまでを過ごしたい。お前もどうだ」
「……鍾離様がお眠りになるまでの時間でしたら……」
「ああ。構わない」
こんな衣服のまま妖魔を屠りにいく訳にはいかない。鍾離は今の気持ちを誰かに共有したかったのだろう。自分を選んでくれたことにはありがたいが、この衣服はもっと似合う人物がいるような気もしている。
長椅子に案内され、鍾離が茶を淹れてくれた。鍾離が歩く後ろ姿を見ていると、揺れるしっぽになんとも言えない気持ちになる。凡人の生活がさぞ楽しいのだろうと思わざるを得ない。
いつもなら茶を飲む時には、鍾離は正面に座るのに対して、今日は魈の横に並んで座っている。それを不思議に思うこともなく、魈は用意された茶を飲んでいた。
「ふわふわだな。触れても良いか?」
「はい……どうぞ」
「ふむ。触り心地も悪くない。これならば寒さを感じる日でも暖かそうだ」
「そうですね……わっ」
魈の肩辺りを撫で感触を確かめていた鍾離であったが、そのまま腕を引き寄せられた。鍾離の胸元へと魈は顔を埋めることになってしまったのだ。
「本当に触り心地が良い。ずっと撫でていたくなる」
「あの……」
ぎゅっと抱き締められ、背中を鍾離に撫でられる。鍾離のふわふわした衣服からも良い匂いがする上に、鍾離に抱き締められていると思うと、どんどん自分の体温も上がっていってしまう。温かいというより最早熱い。
「我は、もう、暑いです……」
「それは何か? 脱がせて欲しいということか?」
「いえ、その」
「気付かなくてすまない。では」
「! ん、んぅ……」
鍾離がボタンに手を掛け、外していくと同時に口付けをされた。隙間から入ってくる空気は少しひんやりしているが、とてもではないが体温は下がりそうにはない。
「鍾離、さま」
「俺が眠りにつくまで、時間は良いのだったな?」
長椅子に押し倒され、衣服をはだけさせられる。前言撤回はできない。長椅子に放り出した手に鍾離の手が重なり、擦り合わせられる。
「それ、脱いでくださいませんか……」
「……ああ、いいだろう」
ふわふわの岩王帝君のような衣服で自分に覆い被さる鍾離を少し可愛いと思ってしまったのだが、抱かれるのならば鍾離が良い。手早く衣服を脱いだ鍾離に再度口付けをされ、肌を重ね合わせた。
鍾離は魈の肌に触れながら、本当に触り心地が良いな。と先程と同じ言葉を呟いていた。