茶葉の味 私は販売店員をしている。取り扱っている主な商品は、茶葉である。緑茶、紅茶、烏龍茶、それに合うクッキーなどの茶菓子も多数置いていて、都会のビルの片隅にその店はある。
人通りはそれほどない。お客様の層も少し年齢が高めだ。自分より歳上の客人がマジマジと茶葉を眺め、サンプルの茶葉の香りを楽しんでいるところを見るとつい声を掛けたくなる。
初めてで何を選んだら良いかわからないお客様も大歓迎だ。その人の好みに寄り添える商品を提案できた時が至福の一時であり、仕事のやりがいでもある。
「……」
今日も元気に接客をしようと笑顔を作りながら店頭に立っていた。朝一番にここを訪れる客は少ない。だから、余計に目立ってしまったのだと思う。
小さくため息をつきながら、冷ややかな目線を茶葉に向けている少年がいた。若いお客様を見かけないことはないが、何か茶葉に恨みでもあるかのような冷たい視線だった。お茶は心を解してくれる効果はあるけれど、そのような目線を向けられるような代物ではない。例えば……彼女にフラれた時に、お茶をぶっかけられたとか……? それくらいしか思いつかなかった。
「その……」
少年は私の方を見て、一言声を発した。その時に初めてはっきりと少年の顔を見たのが、なんて綺麗な顔をしているのだろうかと驚きに見張ってしまった。隙がない程に顔が整っている。髪の毛には艶があり、少しだけ毛先が跳ねているのだが、それすら造形された芸術のように見えた。
「茶葉を送りたいのだが、包んでもらえるのだろうか」
少年は、少年というよりは私がいつも相手にしている歳上のお客様と同じような口調で質問をしてきた。一音一音をゆっくりと音に乗せている言葉に、思わず聞き入ってしまう。
「……あっ……も! もちろんです。可愛くお包みいたしますね。どのお茶にするかはお決まりでしょうか?」
はっと我に返り質問をすると、少年は口をもごもごとさせる。その姿を見ると、やはり年相応の少年にも見える。
「かわい……いや……」
「彼女さんへのプレゼントですか?」
「……そんなところだ」
「今の季節なら桜と柚子のお茶はどうですか? 茶葉の色も綺麗で、香りも素敵ですよ」
「……なるほど」
サンプルの茶葉を少年に渡すと、少年は茶葉を見ながら考え込んでしまった。スン……と香りを嗅いでいるけれど、依然として表情は変わらない。続いて、茶葉の入っている缶を凝視している。黄色を基調とした淡い色の桜と柚子が描かれていて、背景に鳥が飛んでいるものだった。
「鳥……」
「?」
少年は呟いた。しかし、やはりその表情は変わらない。鳥が嫌いな彼女だったのかもしれない。ならば別の商品を提案した方が良いかと思った。例えば、うさぎとか、猫とか、そんな所だ。
「これを包んでもらいたい」
他の商品を見繕うべく違う商品棚を見ていると、少年が茶葉の缶を差し出してきた。先程私が見せた鳥と桜と柚子の缶だ。
「ありがとうございます! 承知いたしました」
私はレジの後ろへ行くと、箱にそれを詰めた。
「この茶葉に合う菓子を入れてもらいたい。味は任せる」
箱へ茶葉を丁寧に詰めている最中に少年に声を掛けられる。上司に話し掛けられているような気分だが、私は微笑みながら承諾し、あまり甘くないクッキーを選んだ。茶葉の缶とお揃いの、鳥の形をした小さなクッキーだ。商品はそれで大丈夫かと少年に尋ねてみたが、問題ない。と一言だけ返事があった。
会計を済ませ、包みを入れた紙袋を少年に手渡した。礼を言う。と短く答えた少年は、変わらず表情を変えなかったものの、少しだけ口角をあげたような、そんな気がした。
それから数日経った日のことだ。とんだ美人に会ったことも忘れようとしていたある日のこと、その少年はまた訪れた。
──しかも、同伴者を連れて。
「ここで茶葉を購入したのか?」
「は、はい……」
「爽やかで味わい深く、他の味も飲みたくなった。いくつか季節限定の茶葉を包んでもらうとしよう」
無口な少年とは正反対の、話をするのが得意そうな……これまたとても顔の整った青年がいた。楽しそうに少年に話し掛けているが、少年は前に見たような無表情ではなく、少々慌てている様子が伺える。
「お勧めの茶葉を二、三個包んでもらいたい。それに合う菓子もお願いしたいのだが、頼めるだろうか」
「は、はい! かしこまりました」
青年に声を掛けられ、何故か背筋を伸ばして私は返事をした。季節限定の茶葉と人気の定番の茶葉などを見繕って包んでいく。包みながらふと思う。先程の会話を聞いてしまった所からすると、以前彼女にあげたと思っていた茶葉は、きっとこの男性への贈り物だったのだろう。
「こちらのお品物で大丈夫でしょうか。ご説明など必要でしたら味などご説明させていただきます」
「ああ。問題ない。折角なので一通り品物の説明をもらっても良いだろうか」
「はい。もちろんです」
私は選んだ茶葉とクッキーの説明をした。だいたいのお客さんは、話を半分くらい流されているような印象を受けるのだけども、この青年は一語一句をしっかりと頷きながら聞いてくれた。私は嬉しくなって、少しばかり余計に細かい点まで説明をする。それでも青年はなるほど。と相槌を打ってくれるのだ。なんて良い青年なのだろう。
「魈、お前が好きそうな味はあったか?」
「いえ……我には味の善し悪しはわかりませんので、説明を聞いても……鍾離様はいかがですか?」
「俺か? 俺はどの説明を聞いてもお前の苦手そうな味ではないと判断した。早く帰って味わってみたいものだ」
「さようでしたか」
「ではこのままいただこう」
私は頷き、紙袋に入れて青年へと商品を渡す。ありがとう。と礼を言われて深々とお辞儀をした。
顔をあげる時には二人は角を曲がって姿が見えなくなる寸前だったけれど、二人の手が触れ合い、そして繋がれていくように重なるのが見えて瞬きをした。
しかし、次に目を開けた時には、二人の姿はもう見えなくなっていた。