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    kusha0x0

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    牛乳プリンが食べたくて書いた

    牛乳プリンさんとコンビニ店員 仕事にやりがいや達成感を感じることができるのは、元気なときだけだ。九相図脹相はそう思う。


     昨晩エラーを吐いたPCがやっぱりご臨終したらしい。
     それだけ聞けばそうかそれは大変だがんばってくれ、で終了の話なのだが、問題はそのPCが脹相が使っていたものである、というところだ。当然作成途中の資料やら各種データやらがぎっしり詰まっているわけで、一応システム部の方でバックアップは取ってもらっていたのだが、全てが復元できるわけではない。
     特に、昨日作っておいた月曜日の会議で使う予定の資料。あれが一式だめになったのはとても痛い。一日新PCへの移行作業に追われてバタバタしていたせいで、それに気づけたのは定時をとっくに過ぎた頃だった。

    「……最悪だ」

     言ってみたところで失われた資料は戻ってこない。今から作業したら徹夜だ、それは断固拒否する。となると明日土曜日を休日出勤にして、資料を改めて作成するのが無難な選択肢となるわけだ。
     この時点でやる気はどん底、気力も目減り済みである。
     考えてもみてほしい、明日から休日だという事実だけでテンションが上がっていた金曜日の夜に、その休日を返上しなければならないことが発覚するなんて。楽しみにしていた最愛の弟たちとの時間を目の前で失ってしまったということと同義ではないか。やらなきゃならないのだからそりゃやるが、それにしてもやる気はゼロである。
     来週はちょっと忙しいが、再来週にちゃんと振替休日をとろう。そう硬く決意して、脹相は明日の予定に「休日出勤」の文字を入力したのだった。


     そうして出勤することとなった土曜日の朝だ。
     会社最寄りのコンビニの棚の前で、脹相は立ち尽くしていた。

    「……朝は無いのか……」

     残念な声が出てしまう。冷蔵デザートの棚の前、最近特にお気に入りの、活力の源・牛乳プリンがない。普段コンビニで購入する時は昼食と一緒にデザートに買うので、そういえば朝コンビニに寄ったのは初めてだった。入荷の時間とかもあるのかもしれない。しかしこれから資料と格闘しなければならない脹相にとっては実に悲しい欠品である。
     仕方がない、愛しの牛乳プリンがないとなれば、なにか他の代用品を買うしかないな。
     脹相はそう考えて、他のプリンを吟味してみたが、なんとなくどれもあんまり惹かれなかった。気分を変えてヨーグルトやゼリーにしてみるか、とも思うのだが、なんとなく手が伸びない。ああでもないこうでもないと棚の前をウロウロしていた脹相に、

    「お捜し物ですかっ?」

    と声がかけられた。

    「え」

     コンビニで声をかけられるのは初めてのことだ。驚いて振り返れば、そこにいたのは高校生くらいの店員だった。
     よく日に焼けた肌に、ツーブロックの桜色の髪、スラリとした体躯の、人懐っこそうな青年。アルバイトだろうか、平日の昼間に見たことはないな……などと考えながら脹相が一つまばたきをすると、今度は店員のほうが「あ」と声をあげた。それから、親しげな声色で言う。

    「あ、ちょっと待っててくんね。……あー、少々お待ち下さい」
    「あ。いや……、」

     発言を、使い慣れていないのであろう敬語に言い換えて、店員がバックヤードに消える。何だ?と疑問に思いつつ、脹相は「待て」と言われたからには待つことにする。
    牛乳プリンがないならば、眠気覚まし用のガムとタバコを買って、コンビニコーヒーが最適解だろうか。でもやはり甘味が欲しい。いっそ会社の反対側にある、少し遠いコンビニまで買いに行こうか……。
     ぼんやりとそう考えていた脹相の目の前に、おなじみの白いパッケージが差し出されたのはその時だった。

    「これなんじゃね?」
    「は、」

     さっきの店員だ。
     バックヤードからコンテナごと抱えて持ってきた補充用のプリンの中から、白いパッケージを差し出している。予想外のことにぼけっとしていると、ちがう? とでも言うように首をかしげるので、脹相は慌ててそのプリンを受け取った。違くない、これこそ求めていたもの、大正解だ。

    「すまない、助かった」

     とお礼の言葉を言い、「でもどうしてわかったんだ?」と尋ねた脹相に、店員は気まずそうに視線をウロウロさせた。それから「……実は」と続ける。

    「あー、実はさ。……お客さんのこと、アルバイトの間で噂になっていて」
    「え、」
    「その、毎日牛乳プリンを買いに来る人がいるって……、そんで、ここの店員はお客さんこと『牛乳プリンさん』って密かに呼んでいるんだ」
    「牛乳プリンさん……」

     俺か? と自分を指差す脹相に、店員は気まずそうな笑顔のままこくりと頷いた。そのまんまだな、というツッコミは置いておくとして、まさかコンビニの店員に認識されていたとは、と驚く。このコンビニは近隣の企業に務める会社員たちがよく利用するので、特に昼は混むし、常連を覚える暇なんて無いだろうと思っていた。
     脹相が正直にそう告げると、店員のほうが逆に驚いたような顔をした。

    「お客さん、とっても目立つぜ? それで覚えるなっていう方が無理だと思うけど。現に俺もお客さんが『牛乳プリンさん』だってすぐに分かったし」
    「俺は目立つのか……?」
    「あー、自分では自覚がないのかぁ。目立ちたくないならその髪型はやめておいたほうがいいんじゃね?」
    「……ああ、なるほど」

     髪型か。確かに会社員で混み合う中で、二つ結びのこの髪型は目立つかも知れない。
     単純に昔、まだ小さかった弟にしてもらった髪型で、「兄者、すごい似合う!」と言われたからなのだが。それからずっと今までこの髪型で生きている。場所が変われば最初こそは周りに指摘されたり話題に出されたりするものの、異動や出張などもないので最近ではとんと言われなくなっていた。この店員に言われるまで、あまり見かけない髪型だということすら頭から抜けていた。

    「この髪型で目立っていたのか……」
    「あとは顔かな」
    「顔?」
    「お客さん、目つき悪いけど美形だしカッコイイから目立つもん」

     さらりと言われた言葉に、脹相はしばし言葉を失った。
     美形。社内ではダウナー系とか職質される系の顔などと呼ばれることはあったが、美形という表現をされたのは初めてだ。純粋な称賛を感じ取って、思わず心臓にぐっときてしまった。普通に嬉しい。

    「……いたどり、というのか」
    「ははっ。お客さん、店員の名前を覚えてどうすんの。俺は土日しかバイトに入らないから、あんまり会わないと思うけど」
    「と、いうことは高校生か……?」
    「正解っ」
    「若いな。……牛乳プリン、ありがとう。助かった」

     感謝の言葉を伝えて、脹相は牛乳プリンの他に惣菜パンと牛乳を手にとった。朝食を抜いてきたので机で食べるためだ。それからペットボトルのお茶を選んで、悩んだ末に新発売のブラック珈琲をピックアップする。

    「悠仁くーん、レジお願い!」
    「はーい、了解っ」

     愛用のタバコが切れていたな、と考えながらレジへ向かうと、ちょうどさっきの「いたどり」がレジを任されたところだった。中年女性のパートさんがタバコの品出しをしているのが見える。

    「これを頼む。あとセッター」
    「……えーと、番号は?」
    「31番だ」

     高校生ではまだタバコの銘柄には詳しくないか。銘柄を省略してしまったのは悪かった。レジ横のチロルチョコを追加しながら静かに脹相が反省している間に、セブンスターを手にとった「いたどり」は商品をスキャンし始める。

    「1,102円ですっ」

     と告げられた金額に電子マネーのカードを差し出し、支払いを終えると差し出された袋の中からチロルチョコを取り出す。前に食べた時なかなかうまいと思った味だ。

    「貰ってくれないか。この間食べたが、うまかった」
    「へ? あ、いや、」
    「……牛乳プリンのお礼だ」

     と半分無理やり「いたどり」にチョコを押し付け、脹相はそそくさとレジに背を向けようとした……のだが。

    「……タバコ。体に悪いよ?」

    と。
    つぶやくように投げかけられた言葉に、今度こそ、今度こそ心臓にどかんときてしまった。
     言葉を失ってしまった脹相を見て何を考えたのか「いたどり」は慌て出す。

    「あ、いや、すんません。……でもさ、お客さんとまた会いたいから。元気でお仕事頑張ってほしくて」

     へへ、と笑って「そんじゃ、お仕事っ、無理しないでな!」と笑って見送ってきた青年の言葉に背中を押されるようにしてコンビニを出た。
     ムズムズとにやけそうになる口元を必死で食いしばり、振り返らずコンビニを後にする。会社はここから2つ目のビルだ、早足でエントランスに到着してから、勢いよくその場にしゃがみこんだ。みるみる赤くなる顔を抑え、「あー」とか「はー」とか意味のない言葉がこぼれ落ちるに任せた。これは流石に自分でも予想外過ぎて驚きどころの話じゃない。まさか、まさかまさか。

    「……高校生か」

     いたどり。まずどんな漢字を書くか聞くところからだろうか。自分でもあんまりだとは思うが、こればっかりは理屈ではないので。
     でもまあ恋なんて、転がり落ちるものなのかもしれない。
     買ったばかりのセブンスターを握りしめ、脹相はそれを難しい顔でビニール袋に戻した。高校生相手なら、まずはやらねばならないことがある。


    「……よし、禁煙するか」


     ……とりあえず、明日から。
     そう決めて脹相は職場のフロアーへ向かうべく、エレベーターのボタンを押した。


    【終わりっ】
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