「了見、しばらくおまえの作った料理は食べない」
「何だいきなり。嫌いなものが入っていたなら次は抜くから言えといつも言っているだろう」
「そうじゃない」
「ならばなんだ、一体何が気に入らない? 不味いならその場で言えば作り直したものを」
「逆だ」
「逆」
「おまえの料理が美味すぎる」
「……」
「……」
「……苦情じゃなかったのか?」
「苦言だ」
「いや褒め言葉だったが」
「苦言と言った。最近、ファストフードの牛丼が前ほど美味しく感じない」
「……ふむ?」
「駅ビルの喫茶店のナポリタンも、学食の唐揚げ定食も、ファミリーチェーンのチーズハンバーグもグラタンも学校近くの定食屋のアジフライ定食もタラの西京漬け定食も近所のパン屋のBLTサンドもたまごサンドもコンビニのちょっといいデザートプリンも、食べても食べても物足りない」
「なんだ成長期か」
「物量の話じゃない、食べてもこう……なにか違う気がして満足感が減っている。了見、これはおまえのせいだ。おまえの料理が美味すぎるせいで俺はこんなことになっている」
「……それは、私のせいか?」
「おまえの料理のせいだからおまえのせい以外ないだろう」
「つまり私の料理の味に慣れたために外食に物足りなさを感じていると。何事かと思えばそんなことか」
「そんなことじゃない、死活問題だ。出先でものを食べるたび、おまえの料理が食いたくなってるんだぞこっちは」
「リクエストがあるならいつでも言え」
「そうじゃない!」
「解決策としてはそうだろう。今日も何か食べたものが不満で、わざわざ連絡してまでそんな事を言い出したんじゃないのか?」
「それはまあ、その……プリンが」
「プリンか。材料ならあるから今から来るなら用意しておく。かためか? 今日は普通のにするか」
「……かためで、この前作ってくれたカラメル苦めなやつが食べたい」
「気に入ったんだな。良かった」
「ああ。プリンの甘さにあのカラメルが──いや、そうじゃない。聞いてくれ了見。あまり俺を甘やかさないでくれ」
「分かっている。無理なときは無理というから、遠慮なくリクエストしてくれ」
「く……話が通じない……」
「要するに、外食がしづらいということだろう。その解決方法なら簡単だ。明日から弁当を作るから朝取りに来い」
「俺の話を聞いていたのか了見? その流れだと悪化するだろう」
「以前ほど美味しく感じない、だけで食べられないわけじゃないのだから問題ない」
「だから──」
「それに、出先でも私を思い出してくれるのは嬉しいな」
「……。別に、メシの事じゃなくても思い出してる」
「それは結構」
「笑うな……! だいたい毎日おまえの家まで飯をたかりにいかせる気か」
「ふむ──私としては毎日顔が見られる確約が取れるのだから大歓迎だが、お前がここまで来る手間はネックだな。駅前に越すか……」
「前提がおかしい。俺が問題にしたいのはそこじゃないんだ、話を聞いてくれ」
「聞いている。そうだな、いっそここに住むのはどうだ。三食良いものを食わせてやる」
「は……?」
「家賃光熱食費は無し、代わりに家事は半分請け負ってもらう。悪い条件ではないだろう。部屋は余っているから好きな場所を選ぶといい」
「いや、え?」
「──と、急に言っても困るだろうから、今は考えるだけにしておいてくれ。とりあえずプリンはいるのか?」
「……それは、食べる。今から行く」
「素直で結構」
「だから、笑うな……! いいか、俺は昔は食べ物なんて何でも良かったんだ。こうなった事に責任はないとは言わせないからな」
「だから責任を取る手段を提示しているだろう?」
「それはそう、なのか……?」
「ああ。だから安心して、私の料理なしで生きられない体になってくれ」
「……やっぱり、しばらくおまえの作った料理は食べない方がいい気がしてきた」