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    maybe_MARRON

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    maybe_MARRON

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    左馬一
    忘れようぜのあと数年まともに会話することも顔を合わせることもなかった世界線の話
    新曲が良すぎたので

    運命の糸 もしも運命の糸が透明だったら、俺とあんたの間にもあるのかもしれないって、そう思えた。
     何年ぶりに訪れたかもわからない喫茶店。たった一度だけあいつと来たな、なんて思い出しながらなんとなくドアを開けた。カラン、とドアについていたベルが鳴り、できるだけ静かに足を踏み入れる。街のあちこちにあるカフェとは趣の異なる純喫茶だ。ざっと見回す限りちらほらと客はいるのだが、店内は静かで会話も少ない。仄かな照明は、それだけでも雰囲気があった。
    「…………」
     空いている席を探すために見回したはずの瞳は、しかしたった一人の男を捉えてしまった。窓の外を見つめるそいつと視線は交わらないけれど。
     空席はいくつかある。だが、男から目を離せない。しばらく悩んだ末に、そちらの席へと向かった。二人用のテーブル席。向かい側は空いているのだ。ちょうどいい。いや何も良くはないが。
     ゆっくりと歩を進め、その空席の椅子を引いたところで、ようやく向かいの男は視線を上げた。驚くことも怒ることもせず、静かな瞳はまるでもともと待ち合わせでもしていたかのように凪いでいる。
    「……よお」
    「……おう」
     なんだこれ、と思いながら腰を下ろす。
     本当は、歩いている間も多少足は震えていたし、ようやく絡んだ視線は思っていたより穏やかで動揺した。バクバクと煩い心臓は誤魔化せているのかわからない。
     まともな会話なんて何年ぶりだろう。こいつとはバトルで顔を合わせることがほとんどで、個人的な連絡を取り合うことは当然なかった。すれ違いが解消したところでそんなものだ。一度ねじ曲がってしまった関係を正すことは難しい。
    「なんでブクロにいんだよ」
    「仕事」
    「……もしかして、これまでも仕事でブクロ来たことある?」
    「まあな。あんま長居はしないようにしてたが……」
     コーヒーの香りが漂う店内で迷わずコーラを注文する。左馬刻は当然ホットコーヒーだ。ここのコーヒーが気に入っていると言っていたのを、店内に入る前にちょうど思い出していた。味は変わらないのだろうか。目の前の男の表情は、どこか満足そうにも見える。
    「……飯は?」
    「へ?」
    「コーラだけでいいのかよ。奢ってやるぜ? カレーくらい」
    「……」
     なんで、とは思わなかった。代わりに、覚えてんのかよ、と思わず零れる。ここのカレー美味いっすね、と言ったのは、たしかに十七の自分だ。なんだかいたたまれなくなり、すぐに運ばれてきたコーラを受け取りながらカレーを注文する。せっかくだから大人しく奢られてやろう。俺はもう、十七のガキじゃないけれど。
    「……合歓は」
     不意に落ちた静かな声は、きっと独り言だったのだと思う。外していた視線を持ち上げれば、紅い瞳は窓の外を向いていた。
    「合歓は、ホットケーキが好きだったな」
     たったそれだけで、丸い大きな瞳が弧を描き、頬に手を添えて綻ぶ様子が目に浮かんだ。
     随分と許されたものだと思う。まともな会話なんて久しぶりだというのに、よりにもよって合歓ちゃんのことを話題に持ち出すとは思わなかった。
    「……また来いよ、二人で」
     だからだろうか。その言葉は本心から滑り出る。
    「ここは、あんたらも住んでた街だろ」
    「……ああ」
     そうだな、とカップに口を付けながら言う左馬刻の表情は、随分と穏やかだった。
     それっきり途切れた会話に、店内にかかる緩やかなジャズがようやく耳に届き始めた。カレーが運ばれてくるまでにはさすがに多少時間がかかるのか、どうしたって手持ち無沙汰になる。かといって話のネタはない。ちびちびとコーラを飲んでいた。
    「……なぁ一郎」
    「ん?」
     だから、再び話しかけられたことにすら内心驚いていた。
    「忘れるって、どこまで忘れるつもりだ」
    「……」
     しかも、内容はそれ。聞き返すまでもなく、いつぞやの自分の発言だ。
    「ゼロから、やり直すつもりか」
     意図は読めない。ただ、その真剣な声色も、ゆっくりと言葉を選びながら紡ぐ様子にも、覚えがある。それこそ忘れようぜと言ったあの日がそうだった。こうやってきちんと名前を呼んでくれて、真剣な眼差しでまっすぐに見つめられて。圧はないのにどこか緊張して、目を逸らしてしまったあの日。
     あの時の言葉を後悔はしていない。間違ってもいなかったと思う。ただ、それ以降の何もなかった年月で、嫌になるほど思い知らされたのだ。
    「……ゼロにしたら、やり直せねぇだろ。そしたらもう、俺はあんたに惚れ直せねぇよ」
     その言葉に左馬刻は目を丸くする。
     だって、仕方がないだろう。あの頃のかっこよかったあんたはもういなくて、ヤクザになんかなっちまって、俺じゃない別の奴らとチーム組んで、この街を出て。そんなあんたと何をどうやり直すつもりだというのか。
    「結局、忘れらんねぇってことがわかった。許せねぇけど恨んじゃいねぇし、あんたが幸せになったらいいって思ってるのも本当」
     たった一度、もう五年以上前に来た店。何気ない日常だったあの頃の、ほんの些細な一言すら忘れられずにいる。それがお互い様だとわかってしまったら、もう、認めるしかないのだ。
     きっと自分たちの間には見えない透明の運命の糸があって、それは愛情たっぷりの赤い色はしていない。けれど、まだ何にも染まらずに何色にでもなれる状態でここにある。切るも自由、染めるも自由。何で繋がるかも自由だった。
    「この店、あんたとしか来たことねぇから、店の前通る度に思い出してた」
     会いたいとも会いたくないとも思っていなかったはずなのに、いざ目の前にしたらようやく会えた、なんて思ってしまったのだから重症だ。
    「……なぁ、左馬刻」
     少しだけぎこちなくその名を呼ぶ。たったそれだけのことに、たじろいだ。それが、今の俺たちの関係。
    「左馬刻は、この店で俺のこと思い出せた?」
     たった一度だけ、一緒に来た。左馬刻に連れられて。きっと左馬刻は何度も来たことがあるのだろう。一人で。あるいは合歓ちゃんと。簓さんとも来たことがあるかもしれないと、メニューのクリームソーダの文字を見て思う。
     そんなあんたの日常の中で、もしも俺が消えずにいたら。そしたらもう、たぶん俺たちは同じ想いを抱えてたんだろうなって、それを認めて、そんな自分を許せる気がした。
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