大人になったイルアズが人間界で食べ歩く話(牛丼)冷え冷えとしたアスファルトの道を行く。
コンクリート製の整然とした街並みは、自由な曲線を描く魔界の建物と違って、ひどく無機質に見えた。
生まれた世界を眺めておきたい、と思ったのは本当だけれど、隣を歩んでくれる恋人がーーアズくんがいなかったら、すぐにとって返してしまったかもしれない。
ふわ、と鼻先に香りが届いた。
玉ねぎと、牛肉。甘辛く煮られたそれの、あたたかで、胃をぎゅうっと握るような香りだ。
思わず足を止めると、アズくんが身を屈めて、僕の顔を覗き込む。無彩色の街を背景に、認識阻害グラス越しの紅はきらきらと眩い。大丈夫、アズくんがいれば、僕は大丈夫。
「……あのね、僕。あまり町に行かないようにしてたんだ」
知らない人について行かないようにって言い含められていたのは、今思うと、僕のためじゃなくて、警察や良識ある大人に見咎められないようにってことだったのかもしれないけれど。
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