ネロが冬の国に来て何度目かの春。年中雪に覆われている冬の国には、ほんのわずかな間だけ訪れる春がある。
しかし、もう長いことそんな短い春すら訪れないほどひどい寒波に襲われていた冬の国は、ブラッドリーの元に春の国からネロが嫁いで来て以来毎年きちんと春が訪れている。
国民は「春の女神の奇跡」と呼んでネロのことを崇めているのだが、本人にはそんな自覚はなく、今でも「ただの偶然」と思っている。
今年の春も問題なく訪れた。数日前にネロ達が住む城の周りの雪も融け、今日はとてもいい天気だ。
こんな日はバスケットに料理を詰め込んで陽の当たる草原でのんびりピクニックでもしたい気分だ。
春の国にいた頃なら、城中総出を上げてピクニックに出掛けただろう。
春の国はそうゆうイベントが大好きなのだ。
しかしここは冬の国。さすがに城の人間に「今日は天気もいいしピクニックに行こう!」なんて言えるわけがない。
ブラッドリーは…行かないかな。
ふと、この城の城主であり、ネロの伴侶であるブラッドリーのことを思い浮かべる。
最近忙しく働いているようで、ネロが寝付いてから帰ってき、ネロが目覚める前に出ていくという生活が続いている。
何度もちゃんと起きて帰りを待とうと思ったのだが、ついつい睡魔に負けて一度も成功したことがない。
起きたらわずかに温もりが残っているから、ベッドではちゃんと寝ているようなのだが、もう1週間は声を聞いていない。
ちゃんと話したいことがあるのに、なかなか会えない生活が続いていた。
「会いたいなあ…」と誰もいない部屋にネロの声が響く。
その時、寝室の扉がバン!と開かれる音が聞こえた。ブラッドリーだ。今の言葉を聞かれていないかドキドキしながら数日ぶりに見たブラッドリーの顔に嬉しさが込み上げてくる。
「こんな時間にどうしたんだ?」
びっくり半分、嬉しさ半分といった声色で問いかける。時刻はまだお昼前。こんな時間に帰ってくるのは珍しい。
「今日は双子と一緒に視察に行くはずだったんだが…」
ブラッドリーが言うには、今日は双子の先王と共に国内視察の予定だったそうなのたが、突然、朝になって『今日は天気がいいからピクニックに行くね☆ブラッドリーちゃんもたまにはネロちゃんと遊んであげないとダメだよ!』と言ってどこかに行ってしまったらしい。
「面倒な仕事押し付けて遊ぶ暇を作らせないのはどこのどいつだよ…」と、ブラッドリーはブツブツ文句を言っているが、正直ネロとしてはスノウとホワイトありがとう!という気持ちだった。久しぶりにブラッドリーと過ごせるのだから。
「ははっ!あんたも大変だな」と言いつつにやける顔が隠せない。
ブラッドリーも休暇自体は嬉しいようで、あいつらの言う通り天気もいいしどこか出掛けるか、と乗り気である。
そうと決まれば善は急げだ。
ネロは慌ててキッチンへ向かいピクニックに持っていく料理を作った。
卵とチキンのサンドイッチ、カリカリに揚げたフライドチキン、ブラッドリーは食べないかもしれないが細長く切った野菜スティック。
簡単に出来るものをぱぱっと作り、それらをボックスに詰め込んでいく。
ウキウキしてつい鼻歌を歌っていたら、後ろから見ていたブラッドリーに「機嫌がいいな」と笑われたので腹にパンチをいれてやった。
出来上がったランチバスケットを持って向かったのは城の近くにある小高い丘。
冬の間は雪に覆われて白一色のこの丘は、春になると草木が芽吹き、花もわずかに咲いている。
毎年、春になったら訪れているネロのお気に入りの場所だ。そこでブラッドリーと一緒に作ってきたランチを食べたらきっと美味しいに違いない。
ちょうどお昼時に到着したのでさっそく作ってきた料理を広げる。
美味い美味い、と美味しそうにフライドチキンを頬張るブラッドリーを見ながら幸せを噛み締めていた。
案の定、野菜スティックを食べようとしないブラッドリーに無理やり食べさせ、食べ終わったら周囲の花を摘んで花冠を作りながら木の影でのんびりしていると、肩にぽん、と重みを感じた。
隣に座っているブラッドリーがネロの肩に頭を預け、すぅすぅという寝息が聞こえてきた。眠ってしまったらしい。最近忙しくしていたのだから眠たいのだろう。
ネロの前ではいつも威厳があり偉そうで、疲れたところなんて見せたことのないブラッドリーが、こうやってネロに寄りかかり無防備な姿を晒しているのはとても貴重だ。
なんだかくすぐったい気持ちになりながら、でも悪い気分ではない。
この時間がいつまでも続きますように、そう思いながら肩にかかる重みを享受していた。
******
ブラッドリーが目を覚ますと隣でネロが寝ていた。
あまり覚えてないが、どうやらブラッドリーが先に寝てしまったあと、ネロも一緒になって眠ってしまったらしい。
なんとも危機感のない光景に、平和ボケしてんな、と思いつつそうゆうのも悪くない。
頭の上に手をやると寝る直前までネロが作っていた花冠が乗せられていた。
これを作り終わって手持ち無沙汰になり、ブラッドリーが寄りかかっているから動くに動けずそのまま自分も寝てしまった、というところだろう。
起こしてしまえばいいのに、と思いつつそんなネロの優しさに胸の奥が暖かくなる。
まだ陽は高いところにあるが、こんなところでいつまでも寝ていたら風邪を引いてしまうかもしれない。
悪いと思いつつ「ネロ、起きろ」と声をかける。
ネロは、うーん、と目を擦り眠たそうにしていたが、ブラッドリーの顔を見たとたん、にっこりと笑顔になり、おはよう、と声をかけた。
ブラッドリーも微笑みながら「よく眠れたかよ」と聞くと「それはこっちのセリフだよ」とネロに返された。
二人でクスクス笑いながらそろそろ帰るか、と腰を上げる。
「今日は楽しかったぜ。また来年の春にも二人でピクニックとやらをしようぜ」
ブラッドリーは上機嫌な様子でネロに声をかけた。
しかし、それを聞いたネロはぴたりと動きを止めた。
なにか変なことを言っただろうか?とブラッドリーが首を傾げていると、言いにくそうにしながらネロが口を開いた。
「…あのさ、来年は二人きりは無理かもしれないんだ…」
どうゆう意味だ?と数秒考え込んだブラッドリーは、まさか、とネロを見つめた。
ネロは自分のお腹の辺りを手で撫でながらブラッドリーを見つめている。
「おま…!そうゆうことは早く言えよ!!」
「い、言おうと思ってたよ!でも最近忙しくて全然会えなかったし……」
ネロが言い終わる前にガバッとブラッドリーがネロを抱き締めた。
「ネロ、俺は今この世で一番幸せだ」
「大袈裟だよ、馬鹿」
そうゆうネロも満更ではない顔をしている。
「お前と、これから産まれてくる子供をぜってぇ幸せにするから」
「うん。よろしくねパパ」
二人は幸せそうな笑顔を浮かべながら唇を寄せた。
暖かな春の陽は祝福するようにいつまでも二人を照らしていた。