小さな主人と暗紅の執事と黒猫────────
ある晴れた日のこと。
あたたかな陽射しが降り注ぐ、緑豊かな庭園。
薔薇の咲くアーチ状の植木をくぐり抜けた先、ガーデンチェアに座り読書をする、銀の髪が美しい少年。
しかしページを捲る手はすでに止まっていて、うつらうつらと小さく船を漕いでいると。
──がさっ
何かが薔薇の生垣から飛び出す。
飛び出したそれは少年の足元で止まった。
それの何やら生暖かい感触に気付き、少年の意識がそちらに向いた。
「……ねこ?」
目を擦って見ると、艶やかな毛並みの黒猫が、人懐っこくすり寄っていた。
「……ねこ。どうしたの?」
屈んで尋ねる。
黒猫は少年を見上げて小首を傾げた。
それからゆっくり足元から離れて、一番陽の当たる場所に黒猫は寝転んだ。
「……今日は、あたたかいもんね」
少年は黒猫の隣に座って、無防備にも曝け出された腹部にそっと手を乗せた。
黒猫は動くことなく、少年を受け入れる。
「……わ、やわらかい。ふわふわ…」
見ただけでも分かる毛並みの良さは、実際触れると見た目以上の手触り。ふわふわ。
「……気持ちいい?」
ごろごろ喉を鳴らし、少年の掌にすり寄る黒猫。
撫でながら少年は黒猫の横に寝転ぶ。
黒猫が、少年の腕の中に潜り込んできた。
少年も頬を黒猫の額にすり寄らせて、お互いの体温をわけあう。
そしてひとりと一匹は、一緒にぽかぽかの日向ぼっこ。
「───…ま、凪砂様!起きてください、凪砂様!」
「……ん、いばら……?」
「ああ…!良かった、ご無事ですか!?こんなところで倒れているから、驚いたじゃないですか…!」
少年──凪砂を必死に呼ぶ声が、微睡みから目覚めさせる。
凪砂の胸元で眠っていた黒猫もすっかり目を覚まし、きょとんと目を丸くして茨を見上げていた。
「……茨。あのね、ねことお昼寝してた。見て。にゃん。ふふ、ほら、ご挨拶」
茨の様子とは真逆に、凪砂は至極にこやかに、黒猫の頭を撫でながら茨に言う。
凪砂に撫でられ、黒猫はまたご機嫌に喉を鳴らしていた。
「なっ、…どっ……、どこから連れてきたんですかその猫!?」
普段なら微笑ましい光景だと思えるが、全く状況の掴めない茨は色々と言葉を飲み込み、そう言うしかなかった。
「……茨みたいで、かわいかったな」
「えっと…?自分みたい、とは?」
しばらくして、その黒猫を探していると言う飼い主が見つかり、引き渡した。
名残惜しそうに見送っていた凪砂が呟く。
「……迷い込んできてしまったから。ひとりぼっちで、かわいそうで」
「…………」
その時を思い出していた。
凪砂が、茨に出会った時。手に入れたいと思ったあの日。
隣に立つ茨の手を握る。
「……でも、茨には私がいるよ。もう、寂しくなんてないでしょう?」
見上げて、微笑む。
それを一瞥し、茨も表情を綻ばせた。
「…ええ。手のかかる主人がいるおかげで、一人になる時間も、寂しがる暇もないですよ」
「……ふふ。私は嬉しい。ずっと一緒にいてね、私の茨。ねえ、今度一緒に、日向ぼっこしよう」
抱き上げられ、凪砂は茨にすり寄った。
先程の黒猫にした時より、甘えるように。
離れまいと、ぎゅっと抱き着いて。
「そうですねぇ…。お勉強をたくさん頑張って、お稽古もしっかり受けて、好き嫌いなくお食事を召し上がってくれたら、ご一緒しますよ」
「……いじわる」
終