いつかあなたに受け取ってほしい本命チョコ森の湖に行かねばならない……
執務室で羽ペンを握り書類にサインをしていたジュリアスはふとそんな予感がした。
ジュリアスの脳内に浮かぶのは先日森の湖にいったときに楽しそうに遊ぶアンジェリークの姿であった。
頭に赤いリボンをつけ、短いスカートをはくという外見が1番の理由なのだろうが、申し訳ないがもうひとりの女王候補ロザリアと同じ年にはとてもじゃないが見えない。
感情がはっきり出てくるくる変わる表情も理由のうちのひとつなのかもしれない。
だけど、彼女のその屈託のない笑みが眩しく、ジュリアスの胸の中には今まで知らなかった感情が湧き上がるのを感じる。
幸い急ぎの仕事ではない。それに何と言っても今日は日差しが眩しく感じる。
このようは日は直感に従い外に出るのも悪くはない。
そう思ってジュリアスは森の湖に行くことにした。
「ジュリアス様、来てくださったのですね!」
森の湖にいるとそこには案の定というべきかアンジェリークの姿が見えた。
「今日はバレンタインデーですね。ジュリアス様にお渡ししたいものがあって」
そう言いながらアンジェリークは丁寧にラッピングが施された箱を見せてくる。
今日はバレンタインデーだと年若い守護聖たちが騒いでいたのを思い出す。
もともとは女性から男性にチョコレートを通じて想いを告げる要素が強かったが、最近では日頃お世話になっている者にチョコレートを渡す意味合いもあるらしい。
ジュリアスは目の前の女王候補が渡してくるチョコレートに込められた意味をつい考えてしまう。
「もう少しで女王試験が終わってしまいますね……」
ふとアンジェリークが溜め息を吐きながらそんなことを話す。
女王試験が始まり既に3回目の定期審査も済んだ。
ふたりとも順調に育成が進んでいるが、育成地の建物の数を見るとアンジェリークの方が頭ひとつ抜けている。そして、守護聖の信頼の厚さも。
このペースでいくとおそらく4回目の定期審査を迎えることなく彼女は女王となるだろう。
するとアンジェリークは真っ直ぐな瞳でジュリアスを見つめてくる。
「女王になる覚悟はできました。最初は手探りだった育成も試験を通じて慣れてきましたし、それにもし女王になったとしても守護聖のみなさまやロザリアと協力できるという自信がありますから」
するときっぱりとした口調がそこで弱くなる。
「だけど、女王になると恋は出来ない。それだけが心残りなのです……」
そう言いながらアンジェリークはうつむく。
そして、手にした箱を渡してくる。
今日がバレンタインデーということ、そして先ほどの会話。
これらから察するとジュリアスに伝えてきたい気持ちはただひとつだろう。
色恋沙汰には疎いジュリアスですらそのことは感じる。
だけど、その箱を受け取っていいものか迷いが生じているのも事実。
「やっぱりジュリアス様から見ればお子さまもいいところですよね……」
差し出してきた手を引っ込め、悲しそうな瞳を見せながらアンジェリークはそう呟く。
その眼差しを見てジュリアスは心が痛む理由を実感する。
彼女が自分に寄せているのはおそらく好意。そして、自分が感じているのもおそらく同じ感情。
彼女に女王の座よりも自分を選んでほしいといういう気持ちもあるが、それにも関わらずチョコレートを受け取っていいのか迷っていることの理由に気がつく。
「ああ、私から見たらそなたは十分子どもだ」
そういうとアンジェリークは瞳に涙を溜めていくのが見える。
予想していたとはいえ、自分が伝えたいのはそのことではない。そう思いながらジュリアスはアンジェリークと目線を合わせる。
「あまりに純真で、だからこそ大人の責務としてそなたを守らないといけない」
自分も恋愛に決して器用とは言えない。
だからこそ恋に目覚めたときの歯止めのきかなさは想像がつかないし、その自覚があるからこそ自制しなければならない。
相手が年離れた若い女性ならなおさらのこと。
するとアンジェリークは涙を拭いながらジュリアスを見つめてくる。
「では、もう少し大人になったら、そのときはチョコを受け取ってもらえますか? 今はまだお子さまもいいところの私ですが、いつかジュリアス様に相応しい女性になれるようにしますから」
その瞳は確かにまだまだ幼く、そして若さゆえのあやふやさもある。
だけど、ジュリアスは気がつく。あと数年もすれば見違えるような女性になる可能性があることに。
「そうだな…… それに、そなたと一緒なら今までにない未来を迎えられるかもしれないな」
女王は恋をしてはいけない。
いつ生まれたかもわからない不文律。
だけど、それくらい古い慣例ということはそろそろみなおす時期が来ているのかもしれない。
ふとそんなことを考える。
「そのとき、今度こそチョコ受け取ってくださいね」
「ああ」
ジュリアスの言葉を聞いてアンジェリークは安心し、そして決意をしたのだろうか。森の湖から去る。
決して重くはない足取りは彼女が未来に希望を抱いているように感じる。
するとそのとき、ジュリアスは一瞬眩しい光を感じる。
「っ……!?」
アンジェリークの背中。そこに翼が見えたのは気のせいだろうか。
女王試験の経過が示しているように彼女が女王になる日も近いのかもしれない。
だけど、彼女と訪れる未来が別れではなく、違う形になる。
そんな予感めいた希望がジュリアスの中に生まれるのをジュリアスは執務の続きに戻ることにした。