嘘の質量「御門さん、行かれるのですね」
彼にはもう二度と会えない。そんな予感がして、思わず朝日奈唯は御門浮葉を探し回る。
見つけ出した彼の姿は、その眼差しは唯がずっと見てきたものとは異なり、冷たく鋭く、そしてひとつの覚悟を感じさせるもの。
「ええ、こちらのオケは私には生温いものですから」
御門から漏れてくるその言葉は、刃物で切りつけられたかのように唯の心に突き刺さる。
わかっていた。彼は自分たちのオケだと物足りないと感じるくらい技量に恵まれている人であることを。
しかし、頭ではそう理解していたものの、いざそれを告げられると辛い。それは単に彼をひとりのクラリネット奏者として信頼しているだけではなく、もう少し別の感情が芽生えているからによるものであることも唯は自覚していた。
「朝日奈さん、お世話になりました」
無機質に告げられる別れの言葉。
ただの別れではなく、拒絶すら感じさせる言葉。
突き刺さる風を感じながら唯は立ち尽くした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「心にないことを」
歩き出した御門に待ち伏せていた堂本が話しかける。
「ええ。でも彼女と、スターライトオーケストラの成長のためには、必要なことですから」
望めるのであればあの暖かな春の日差しを思わせる彼女が率いるオーケストラで演奏し続けたい。
そして、彼らが成長する姿を間近で見続けたい。
だけどそれは叶わぬ夢。
ならば彼女の成長の糧になるべくこの身は散ればいい。
そんな御門の気持ちを見透かすように、冷たい月が光を放っていた。