アラームを必要としない休日の朝、身体の欲求に任せるまま休息を摂り自然と目を覚ました。ゆるく何度か瞬きをした視界の中で、遮光カーテンと壁の隙間から侵入した薄ぼんやりとした陽の光が朝だと告げている。
肌触りの良い毛布が心地良い温度を提供してくれているのとは別に、横向きで寝ている己の身体に巻き付いている体温に気が付く。寝床を共にするのなんて一人しかいないが、僅かばかり顎を引いて視線を胸元に落とすと水戸が胸元へ顔を埋めるように潜り込んで静かに寝息を立てていた。
昨夜は真逆に自分が抱き込まれて眠りに就いたはずだったがどうやら夜の間に逆転していたらしい。穏やかな寝顔に頬が緩む。
付き合いたての頃の水戸は今からでは考えられないほど眠りが浅く、また短かった。それを聞かされた時、本人はすでにその体質を受け入れて久しかったらしく、「そういうもんだから気にしないで」と笑っていたし、一度本当に大丈夫なのかと確認した時は「三井さんの寝顔見てると寝つきが良い気がするんだよね」などと恥ずかしげもなく言うので、セックスをしてもしなくても遠慮なくその腕の中で先に寝付いていた。まぁ遠慮云々を抜きにしても水戸の家で水戸の匂いに包まれていると安心してすぐに瞼が重くなってしまっていたのだが。
俺より後に眠りに就き俺より先に目を覚ましていても平然としているのが当たり前の日々が続いていて、いわゆるショートスリーパーという体質なのだと思って俺は気にしていなかった。けれどある日夜中にふと目が覚めると寝入っている水戸が隣にいて、珍しいものが見れたと再度降りてこようとする瞼と戦いながらその顔を眺めていた。しかしあどけない寝顔は次第に歪んでいき、閉じていた口からは明らかに魘されていると分かるうめき声が微かに漏れ始め、さすがに心配になって揺り起こしたのだった。ハッと目を覚ました水戸は荒い呼吸を数度繰り返したのちにやっと焦点が合ったような目で俺を捉え、「え、あ、三井さん…?」と確認するように弱々しく漏らした。
たったそれだけでピンときてしまった俺が黙っていられるはずもなく、寝転んだまま夜闇に沈んだ部屋の中でそっと聞き糺した。お互いの輪郭も定かでない今なら自分を誤魔化すこともできるだろうと、どちらの為か分からない免罪符を掲げて。
ぽつりぽつりと話されたのは、幼い頃家族にあることが起こりその日から悪夢を見るようになったこと。それが嫌で眠らなくなったこと。やがて習慣化したそれに身体は慣れていき睡眠をさほど必要としなくなったこと。今でもその時期が近付くと悪夢を見てしまうこと。
「つまんない話してごめんね」と言う声は、笑おうとして失敗したようにも泣き出しそうにも聞こえる色をしていたから、その頭を抱え込んで「つまんなくなんかねえよ。…話してくれてありがとな」と返すのが精一杯だった。
「あ、三井さんの寝顔見てると寝やすいのはほんとだよ。なんつーか健やか?っていうの?気持ちよさそうに寝てるからさ、つられてだんだん眠くなってくるんだよね」
顔を少しだけ上げた気配に次いでいつも通りを装った声が胸元から発せられたので、「じゃあずっと俺が一緒に寝てやるよ」と言ってからつむじに小さく唇を落として一緒にもう一度眠りに就いた。
僅かに色素の薄い自分と違い真っ黒な髪を起こさないよう撫でながら、そんなこともあったなぁと昔の記憶を反芻していると、腕の中で水戸が小さく身動いだ。
「ん、ん-…?ひさしさん…?」
「おう、おはよ」
おはよう、と返す声はなんだかまだ眠そうにぼやけている。昨晩身体を酷使されたのはこちらだというのに。
はっきりしない声音で「なんで俺抱き着いてんの?」という疑問に思わず吹き出す。俺だって寝てたんだから知らねえよ。
「お前よく寝られるようになったよな」
「ひさしさんのおかげでね」
可愛いことを言いながらみぞおちあたりを額でぐりぐりやるという可愛くない暴挙に出られて「やめろくすぐってぇ!」と、穏やかな朝に似つかわしい笑い声が部屋に転がった。
くすくすと笑いながら顔を上げたこいつの顔にかつての陰りは少しずつ鳴りを潜めている。違った環境で育った俺なんかには一生全てを正確に理解できないであろう奥底に潜む傷跡は、まだほんの時たま顔を出すこともあるようだが少しずつ薄らいでいけばいい。
「むしろ今は好きかも」
「そりゃ良かった」
(BGM:ゆめくいしょうじょ)