19メガネをかけると、本家の呪霊対策の帳がみるみる消えていくのが分かった。
悟はいろいろな方向を見て目を細めていた。
「結界が壊された。結界師が死んだ」
「え……?」
「呪霊が入ってきた。複数いそうだ」
「悟?」
瞳孔が開いて目がギラギラしている。
「セーフルームの場所分かるよな?」
セーフルームはぶ厚いコンクリートと鉄板で作られた4畳くらいの箱部屋だ。地下の駐車場のような場所に大きな四角い箱がセーフルームとして設置されている。箱の周りを術師が囲んで結界を張るのだ。
要人を匿う際等に使うらしいが私は入った事はない。
「分かるけど……」
「親父と俺で祓うから実は今から俺と屋敷に戻ってからセーフルームに走れ。セーフルームまで護衛もつける」
「悟?悟は大丈夫なの?」
「なにが?」
「なにがって……」
ギラギラしている目。
目だけがギラギラしていて表情がない。
感情が欠落したような顔をしている。
こんな悟は初めて見た。
「特級呪霊はいないみたいだから問題ない」
「そうじゃなくて…!」
「賞金首が二人揃ってたら美味しいんだろうなあ」
悟がニヤリと嗤う。
その表情にゾッとした。
その時屋敷から悲鳴が聞こえてきた。
法要に集まった人たちが屋敷にはたくさんいる。
「待ってろよ。全部まとめて祓ってやる」
そう言うと悟は私の手を握ったまま走り出した。
私は悟を初めて怖いと思った。
戦闘態勢に入った悟を見て恐怖で震えがきた。
悟はすぐさまそれに気づいた。
そして立ち止まると悟はいつもの瞳に戻って私を見た。
「俺が怖い?」
嘘をついてもバレる。
「怖いよ……こんな悟初めて見たよ……」
「そっか」
「ごめんな」
悟はまた走り出した。
あぁ______
私はまた悟を悲しませてしまった_____
屋敷に着くと、たくさんの人と異質な生き物で混乱していた。
実験の時に見たような大きさのものがたくさん飛んでいる。そして人間より一回りもふた回りも大きなナニかが私たちに見える範囲で3体。
パパが刀を構えていた。
「悟!」
パパが叫んだ。
「4級と3級はうちの術師と法要に来ていた分家の術師が祓う!」
「2級と1級が俺らね」
「別の結界師が呪詛師捜索と新しい結界を張りに行った!呪霊を屋敷から一匹も出すなよ!」
「言われなくても」
「さっきから呪霊がブツブツ実の名前を呼んでいるようだ。心当たりはあるか?」
パパは刀でサクサクと大きな芋虫みたいな呪霊を祓っている。
私たちには悟の術で呪霊が寄ってきても弾かれるようで、小さな呪霊は悟が素手で鷲掴みにするとそのまま握り潰してしまった。
「あぁ、そういや俺の子供を生ませたくない輩がいるらしいって母親が言ってたな」
「今この状況で危険に気付いて尚、何故悟はまだ実の手を繋いでいる?」
悟がハッとする。
「ばかもの!実のバリアを再構築させるのが先決だろう!」
パパが怒鳴るのも初めて見たので思わずビクッとなった。
「クソ!なんてザマだ……!」
「見たところ屋敷内に呪詛師はいない。とにかく実のバリアを復活させるまで一匹でも多く呪霊を祓うぞ!」
「分かってるよ!!」
「実の護衛!!」
悟が叫ぶと三人の黒服が現れた。
「俺が実の手を離したら2分でいい!」
「死ぬ気で実を守れ!!」
「実に傷1つでもつけたらマジビンタのあとクビ!!」
「ちょっとそれは……」
私はこんな時でも悟に呆れた。
「離すぞ」
悟が私の手を離す。
『走れ』と、たった3文字の言葉を悟が言い終わらないうちに「ソレ」は私の目の前にいた。
異形____________
『オマエ…………六眼ノ…………ツガイ……?』
3メートルはあるだろうか。人の形はしているようだが明らかに人ではなく、頭部には口らしきものが顔と思われる場所のど真ん中に1つあるだけ。顔面いっぱいの大きな口。
しかもしゃべった_________
『ゴジョウ……ミノル…………?』
体がぴくりとも動かない。
次の瞬間、私の体は吹っ飛んだ。
右の腹部に何かが当たったと思ったら、吹っ飛んでいた。
私は屋敷の壁に激突し、気絶した。
後に聞いた話を付け足しておく。
「実!!!!!」
「悟!実は生きてる!護衛に任せろ!!」
「任せたからこうなったんだろ!!!」
「悟!!もとはと言えばお前が____!」
悟は怒りに任せて「蒼」を使った。
「蒼」により、呪霊は悟の呪力のこもった瓦礫で潰れて一瞬で消えたという。
瓦礫は他の呪術師も傷つけた。
「こんなに人間がいる場所で使うな!!!」
「うるせぇ!最小出力だよ!!!」
「実は頭を打ってるかもしれない。お前たち、実は動かさずにそこで結界を張って実を守れ。一人は急いで医術師を呼んでくるんだ」
パパは冷静に護衛に指示した。
私を護衛していた人たちは自らも悟の術でケガをした身で私を結界で守ってくれた。
私は数分で意識を取り戻した。
起き上がろうとすると右腹部に強烈な痛みが走った。
「痛っ……!」
喉が熱くなったと思ったら、私は思い切り血を吐いた。
「実様、動かないでください!」
護衛の人が慌てて私を制する。
しかし彼らもケガをしている。
「我々の心配は無用です。実様はご自分で思ってらっしゃるより酷いケガをしてますので起きないでください!」
私の目の前に立ちはだかった呪霊の姿はどこにもない。
「悟がやったの……???」
「あなたたちは悟の術でケガをしたの…???」
「我々が実様をお守りできなかったのがいけないのです。悟様のお怒りはごもっとも。しかし悟様のせいではありません。全て我々の力不足が招いた結果です。申し訳ありません。」
私は唐突に理解した。
これがおじいちゃんと私が悟にかけた呪いだ。