22彼女が着物ではない姿を初めて見た。
彼女は病室のパイプ椅子をベッドの横に置き、
「まだ体調が優れないの。座らせてね」
と言った。
体調が優れないのはこっちだ。
一気に優れなくなった。
一体今更何をしに来たのだ。
「どこから話せばいいのか……まずはあなたが持ち続けてる疑問から話しましょうか」
そう言うと彼女は勝手に話し始めた。
まず、ここは分家の人間が経営している札幌の病院です。東京の病院であなたが生死の淵から戻って来たときに誰にも知らせずにこちらに移しました。
あなたの行方を完全に隠し、誰にも知られたくなかったからです。本家では私と当主しか知りません。
当主はケガをした時の悟の指示で一命をとりとめ、今は元気にしています。
悟は_____
悟は瓦礫の中から血塗れのあなたを探し出し、あなたを抱いて泣き叫びました。
まだ息があるからと無理矢理あなたから悟を引き剥がし、あなたを病院に運びました。
実はまだ安全ではないからと、悟が病院に足を運ぶのを禁じました。あなたが病院で生死の狭間をを彷徨っている間、五条家の人間が24時間病院を監視、結界を張りました。
ご両親からは何も言われませんでした。
しかし、たった一人の娘が死んしまうかもしれない、それは本家に関わりすぎたからだと思っていらっしゃる事はひしひしと伝わりました。
私たちは誠心誠意謝罪をし、総力をあげて娘さんを助けます、としか言えませんでした。
あなたが助かったのは本当に奇跡としか言えませんでした。
なんとか山を越えたと悟に伝えた時、悟はまた声をあげて泣きました。
あの日から悟はあなたを自分の術で殺してしまうかもという恐怖と、一人の女性を殺めてしまったという事実に耐えられず、ほとんど食べず、眠らず、学校にも行かず部屋に閉じ籠り、深夜にお社で泣いていました。
あなたが助かりそうだと聞いて、多分久しぶりにぐっすり眠ったのではないでしょうか。
あなたの容態_____
あなたとの子供は望めないということは、悟には言えませんでした。
話は変わりますが……呪術師の中に、御三家も含め完全に中立な立場の千里眼の老齢の女性がいます。
お金さえ積めばなんでも視てくれます。外れたことはありません。
私が本家に嫁ぐ時もお伺いに行きました。その時に「本家の嫁で間違いない」と言われ、私は嫁ぎました。
一度話したことがあったと思いますが、私は嫁いでから5年間妊娠しませんでした。ついに妊娠した時、また千里眼の女性のもとに行きました。その時です。「やはり間違いなかった。お前さんは六眼を持った男児を産む」と言われました。それを聞いた本家は諸手をあげて喜びました。私はそれまでにも増して本家の敷地から出る事を禁じられ、万が一にも子供が流れることがないようにとなかば軟禁状態になりました。
そんな時にあなたに出会いました。
妊娠して身も心も母になっていた私はあなたの事が不憫でなりませんでした。まだ五歳の幼子が母を求めて泣いている。なんとかしてあげたいが当主は留守が多く、先代当主がやりたい放題。私はあの子供を私に預けないなら離縁する、あなたの息子にもあなたの蛮行を伝えると強く先代当主に抗議し、私が世話をすることでなんとかおさまりました。
あなたは本当にかわいかった。よく懐いてくれ、悟を取り戻してくれた。そして本家に残って悟と一緒に暮らしてくれた。ふたりでお昼寝している姿は天使が2人もいると感動したものです。
姉弟と思っていましたが、悟があなたを見る目は姉を見る目ではありませんでした。あなたは悟の事を弟だと大事にしてくれていましたが、悟は生まれた時からあなたを生涯の伴侶と認識しているようでした。
それに気づいたとき、私たち夫婦は本当に抱き合って喜びました。このままこの幸せがずっと続くのだと思いました。
あなたは悟との結婚に反対していましたが、二人とも大人になっても一緒にいるなら結婚するのが自然に思えるだろうと考えました。なので、二人が3年もケンカしてる間もさして心配はしていませんでした。
二人が大人になって、夫婦になって、子供を授かる。私たちは良いおじいちゃんとおばあちゃんになって孫の面倒をみる。
そんな夢を描いていました。
でも、そんな夢はあっけなく崩れ去りました。
忘れもしない、あなたたちが初めて結ばれた翌日に千里眼の女性から呼び出されたのです。
こんなことは初めてでした。しかも、私一人で来るようにと言われたのです。
千里眼の女性はこう言いました。
「六眼と無下限呪術を持ったお前さんの息子は間違いなく現代最強の呪術師になる。でも、このままだと死ぬよ」