29脱衣所から出た時、私はフラフラだった。
「お前はアホの子か?!アホだったのか?!」
悟は私をソファーに寝かせると、外の自販機にスポーツドリンクを買いに行って飲ませてくれた。
「ごめんなさぁい……」
「アホ!!」
悟が雑誌でパタパタとあおいでくれている。
「……光ちゃんは元気……?」
「めちゃくちゃ元気だよ。おてんばってああいうのを言うのかね」
「ふふっ……かわいい?」
「うん。かわいい。弟か妹ができるって言われた時はいいトシして子作りなんて気持ち悪いと思ったけど、生まれたらかわいかった」
「そんなもんよね、きっと」
「光を見てると、実もこういう気持ちで俺の事見てたんだなぁって思う」
「こういう気持ち?」
「小さくてかわいくて大事にしなきゃって」
「うん」
しばらく無言で見つめ合っていると、涙が溢れた。
「良くならない?大丈夫か?」
「ううん。大丈夫。だいぶ良くなったよ。」
胸の中が暖かかった。
熱情ではなく、ぽかぽかした暖かさ。
「溶けたの」
「なにが?」
「止まってた時間と、気持ちが」
悟が私を見ている。
「悟に会えて、静かに、でもみるみる溶けた」
「悟、愛してる」
「悟を愛してる。ごめんね。また悟に呪いをかけてしまたったよね?でもね、溶けた愛が溢れてどうしようもないの。言葉にして伝えたいの。わがままでごめんね。でも悟を愛してる。一緒にいたいの。傍において欲しいの。どんなに怖くてもどんなに痛い思いをしても、悟が一緒なら乗り越えられる。」
涙と一緒に言葉も溢れてどうすることもできなかった。
「実」
悟は私をソファーから抱き起こすとそのまま抱きしめた。
「悟は何も言わなくていいよ。呪術師は人を呪わないんでしょ?」
笑って悟の体から離れると、悟がじっと見つめてきた。
一切の迷いのない、真っ直ぐな碧い瞳が___
「愛してるよ」
悟の言葉に、私は聞き間違いかと思った。
「え?……なんて……?」
「実、愛してる」
世界中が息を潜めている気がした。
何も聞こえない。
外を走る車の音も、時計の針の音さえも。
動けない。話せない。
悟は私を見つめている。
「お嫁さんになってください」
頭がまわらない。
「……でも……そうしたら……」
「大丈夫。俺、すぐに最強になるから」
「すぐ……?」
「そう。すぐ。」
なんて言ったらいいのか分からない。
「返事は?」
「………………はい。」
ようやくそれだけ言うと、私は悟の胸の中に戻った。
悟の体温と匂いに包まれて、私は心の底から安心した。
ここが私の居場所なんだと安心した。