41私たちは呪術師の運転手さんが運転する車に乗って移動した。
着いたところは携帯ショップだった。
「悟は携帯持ってるよね?」
「俺のじゃなくて実用のを買う」
「えー?!必要性感じてないし端末代と他にも毎月お金かかるのにいらないよ!」
「今時携帯くらいみんな持ってるから」
「買わないよ!」
「俺が買って俺が契約して俺が払う」
「えぇーーー?!そんなのダメだよ!」
「俺に必要なの!俺に!!なんかあったらすぐ連絡欲しいの!!俺の為なの!!」
そっち……
店内で店員さんに、とりあえず見せて欲しいと伝えてからディスプレイしてある携帯電話を見る。
たくさんあって見てるだけでも楽しい。
「どれがいい?」
「どれがいいって聞かれてもよく分からないからなんでもいいよ」
「かわいいとか操作が簡単とか軽いとかいろいろあるだろ?」
「あ、なるほど。じゃあ小さくて邪魔にならないやつ」
「邪魔ってゆーな」
「だってー」
その時女性の店員さんが近づいて来た。
「いいものございましたか?」
そう言って悟を見た瞬間店員さんは固まった。
久しぶりに悟を見た人が固まるのを見た。
「んーとねー、で?どれにする?」
「あー、じゃあこの白くて小さいの」
「ソニーね。オッケー。あ、店員さん、これお願いします」
「はい!こちらですね?!かしこりました!こちらへどうぞ!」
そう元気よく言って私ちをカウンターに案内してくれた。店員さんの目がすっかりハートになってる。またも私は空気だ。
在庫を確認して参ります、と店員さんはバックヤードへ行った。
「悟って、メデューサだよね」
「メデューサ?なんだっけ?」
「目を見ると石にさせられちゃうやつ」
「あー、あれ髪の毛が蛇じゃなかったっけ?しかも女の怪物だよな?」
「それそれ。悟を見て石になる人たくさん見てきたもの。今の店員さんも固まってたし目がハートになってたよ」
「ふぅん?やっぱりオフの時もサングラスするかぁ」
「あぁ、高専にいる時はずっとしてるもんね」
「まぁいろいろ理由があって仕事の時はかけてるけど、実が嫌な思いするのは嫌だから今度からかけるわ」
「別に嫌な思いはしてないけど?」
「へ?そう聞こえたけど」
「してないもん!」
「はいはい」
二人並んで一つずつの椅子に座っていたが、悟が椅子をずらしてぴったりくっついてきた。
「なによう……狭いんですけどぉ……」
「別になんでもないですけどぉ?」
そこに店員さんが戻って来た。
ぴったりくっついている私たちを見て嫉妬の炎が見えるようだった。
そのまま契約を済ませ、端末代はカードで一括で、と言って悟が財布からカードを抜いた。
「あ、黒いカードだ。まさかAMEXじゃないよねー」
冗談で言ったつもりだったが
「よく分かったね」
と言われて仰天した。
「それ……島も買えるカード……初めて見た…」
「そうなの?みんな持ってるんじゃないの?」
このボンボンが……
背中に痛い程の視線を受けながら私たちはいつも通り手を繋いで店を出た。
「帰ったらソッコー充電してアドレス帳に番号入力する。俺と親三人と自宅と高専の番号だけ入れればまずはいいな。あ、メールアドレスも入れなきゃか」
「メール!それはやってみたい!」
「操作、頑張って覚えろよ」
「頑張るー!」
悟は家に帰ると宣言通りにすぐに充電を始め、充電をしながらアドレス帳にカチカチと入力をしてくれた。私はその間にクイックマニュアルを読むよう言われた。そんなに難しくはなさそうだ。
「はい、じゃあ俺にかけてみて」
充電中の携帯電話を渡される。
「えーと、アドレス帳開いて……悟の名前……ないけど??」
「あるだろ!ダーリンってなってるだろ!」
「ぶっ……本気??」
確かに「ダーリン」ならあった。
笑いが止まらない。
「いいから早くかけて」
通話ボタンを押すと少ししてから接続中の音が聞こえ始め、悟から「ブーブー」とバイブレーションの音が聞こえてきた。
「オッケー。じゃあこの番号を俺も登録して……はい完了!」
「ありがとー!」
「実、これ、携帯電話だからな?」
「うん?」
「不携帯電話にだけはするなよ?」
「……自信はないけど努力します……」
月曜。
「携帯はちゃんとチェックしろよ!」と悟に言われたのでお昼休みに携帯を見てみる。
「新着メール30件…???」
「あら。実さん携帯電話買ったのね」
雫石さんがお弁当を広げながら言う。
「あ、はい……」
買い与えられたとは言えない。
「どうしたの?使い方分からない?」
「いえ、使い方は大丈夫なんですが」
新着メール30件、全て悟からだった。
「元気?」
「生きてる?」
「何もない?」
「メール見てる?」
「使い方分かってる?」
「おーい」
「みのるー?」
「事務棟に行っちゃおっかなー」
こんな感じで一言だけのメールが30件。
「ストーカー……?」
「どうしたの?」
雫石さんが携帯を覗き込んで来たので慌てて隠したが遅かった。
「差出人が『ダーリン』!!ダーリンって!!実さん彼氏できたの?!」
雫石さんが珍しく声を大きくした。
休憩室にいた全員がどよめく。
「いやいやいやいや!あの!勝手に入力されたんです!!ダーリンでは……!!!」
いや、ダーリンで間違いはないのか???
良かった良かったとみんなに祝福される。
しかし仮にダーリンでもいいが、こんなストーカーみたいなメール送ってくるってどうなんですか。
取り敢えず返信しておかないとあとで怒られそうだ。
『ストーカー?暇なの?』
送信完了、と。
「で、どんな人なの?」
「いくつなの?」
「仕事は何してる人?」
「呪術師じゃないよね?」
矢継ぎ早に質問がとんでくる。
「あの、ですから、ダーリンでは……」
「照れなくていいんだよぉ」
「あーいいねぇ。若いっていいねぇ」
休憩室がすっかりほのぼのしてしまった。
もういい。とりあえず彼氏ができたことにしておこう。アドレス帳の名前が『五条悟』でなくて本当に良かった……。
「実サーーーーーン!!ちょっといいですかーーーーーー!!」
勢いよく休憩室のドアが開いて悟が入ってくる。
「五条さん!ドアは静かに!」
毎回雫石さんに怒られるのなんとかならないか。
「あ、五条さん聞いてます?実さんに彼氏ができたんですよぉ」
「めっちゃメール来てるらしいですよぉ」
宍戸さんと堀さんがウキウキしながら言う。
「はぁ?彼氏ぃ?」
悟は完全にお怒りモードだ。
「実サァン?!ちょっと来てもらっていいですかぁ?!」
「えぇー?!嫌ですぅ!!」
私は事務棟の外に強制連行された。
悟が小声で怒る。
「あのメールひどすぎない?!」
私は応戦する。
「ひどいのはどっちよ!!家を出てから5時間で
30件もメール寄越されても仕事中は見れないわよ!!」
「俺はストーカーじゃないし暇でもなくて心配なの!!」
「なにかあったら連絡するわよ!!」
「それとなに?!さっき言ってたけど!!彼氏って誰!!」
「彼氏なんて悟しかいないでしょう!!」
「………………うん?」
「差出人の名前を見られたけど『ダーリン」って名前のままだったから悟だとは思われてないけどね!!」
「……もっかい言って?」
「……なにを?」
「彼氏は俺しかいないって」
「……はぁ?!」
急に恥ずかしくなった。
一緒にいて当たり前だったが、そうか。私たちは世間一般的にはそういう関係なのか。
「無理です。ごめんなさい。恥ずかしくて無理です。勘弁してください。」
私は両手で顔を隠した。
「さっきは言ってくれたじゃん」
「勢いだから……」
「………………。」
気まずいけどフワフワした沈黙。
「実……今すぐハグしたい」
「ダメ……私もしたいけど……とりあえずお昼休み終わっちゃうから戻るね?」
「うん……じゃあまた家で……」
私は走って事務棟に戻った。
「実さん、大丈夫?顔が赤いよ?」
ぎょっとしたが隠せないし仕方ない。
「晩ごはんの事でちょっと悟くんとケンカしたので興奮してるんだと思います!」
そっかー、あははとほのぼのしている。
ダメだ。
キュン死しそうだ。
その日の夜は付き合い始めたばかりのカップルみたいにぎこちなく、でもめっちゃイチャイチャしました。はい。