45初めて領域に入った夜、悟に聞かれた。
「何欲しいか決めた?」
「あー」
忘れてた。
「マジで?本当に忘れてたの?」
「出掛けるのは覚えてたけど、欲しいものがないからなぁ……」
「なんかないのー?プレゼント~」
「んー。誕生日かぁ……。モノだよねぇ?」
「モノより思い出でもいいよ」
「……あ」
「なに?なんかあった?」
「……いや、いい。なんでもない」
「気になるから!言って!」
「……バカにしない?」
「しないしない!」
「…………たい」
「え?聞こえない」
「…………に行ってみたい」
「もっちょい大きい声で!聞こえない!」
「ラブホテルに行ってみたい!」
悟がポカーンとする。
「へ?ラブホ?」
「だから言いたくなかったのに!!!」
「行こう。是非行こう。絶対行こう。」
突然宣言される。
「いや、でもね?護衛の人に申し訳ないけし!やっぱりやめておこう!」
「皆さんにはお休みをさしあげよう」
「えぇーーーー?!」
「んで、泊まりね。朝早く迎えに来てもらおう」
「荷物増えちゃうよ」
「下着だけ持てばいいって!で?それだけでいいの?こんな時くらい甘えていいよ?欲しいもの」
「じゃあ……これはダメならダメでいいんだけど……。多分縛りが強いだろうし……」
「縛り……って事は指輪?」
「……うん……できればペアで……」
顔から火が出そうだ。
「実、顔が真っ赤でかわいい!」
抱き締められてすりすりされる。
「ダメならいいの!」
「買う!お揃いで買う!」
「いいの??」
「今さら実との縛りなんて気にしない!ただ、俺は指輪にチェーン通して首から下げるけどそれでもいい?」
「十分です……」
こうして明日のデートコースが決まった。
「じゃ、明日朝7時にまたここでよろしく」
運転してくれた呪術師の人にお礼を言って車を降りた。
「じゃー行こっか。こっちこっち」
連れて行かれたのは超がつく高級宝石店だった。
「待って悟!ここは私でも知ってるブランドだから!!絶対ダメ!!」
小声で言って悟を出口に引っ張る。
「え?いいじゃん別に?」
「パパみたいなことしないで!!」
「見るだけ見ればいいじゃん。目の保養になるんじゃない?」
「普通に百貨店に入ってるメジャーなのでいいの!早く出よう!」
入り口付近でわちゃわちゃしてると店員さんがやって来た。
「いらっしゃいませ。どうぞ店内ご覧になってください」
素敵な笑顔で声をかけられる。
「ほら、見ていいって」
「見るだけだからね!」
「どういったものをお探しですか?」
年の頃は私より少し上だろうか。優しく洗練された雰囲気がある。私たちは思いっきり普段着なのに至って普通に接客してくれる。
「ペアリング見たいんですけど」
悟がそういうと、ショーケースに案内してくれた。
「結婚指輪ですか?」
「いえ!違います!」
「実さぁ……そんな思いっきり否定しないでくれる?いずれ籍入れるのに」
「あ……ごめん」
「結婚指輪はまた別だからね?」
「いいの?」
「当たり前でしょ。これは誕生日プレゼントなんだから」
「誕生日プレゼントなんですね?石はついていた方がよろしいですか?」
「いえ……なるべくシンプルなのがいいです……」
なんだか恥ずかしくて変な汗をかいてきた。
「では、こちらのシリーズはいかがですか?」
案内されたショーケースの中には、シンプルな指輪がペアで並んでいる。
しかもこの形はもしかして_____
「インフィニティシリーズです。」
やっぱり。無限のモチーフだ。
「インフィニティは無限、無限大等の意味ですが、わたくしどもは永遠、永久等の思いを込めてこちらのシリーズを作らせていただきました。」
なるほど。同義語という感じか。
「いいんじゃない?」
悟が身を乗り出して見ている。
「うん……素敵だね……って待って!値段!!たっか!!1つでもたっか!!」
「だからそれは気にしなくていいし、言うほど高くないと思うけど?」
やっぱり金銭感覚おかしい……。
「こちらはいかがですか?」
店員さんが白い手袋を嵌めて1つショーケースから出してくれ、ベルベット張りのケースの窪みに大事そうに嵌めた。
このシリーズの中でも一番シンプルな指輪だ。
石もついていない。
「え……と、どの指に嵌めればいいんでしょうか……?」
「結婚指輪でなければ、基本的にどの指に嵌めていただいても構いませんよ」
ちらっと悟を見る。
「じゃあ……結婚指輪は左手の薬指にしたいから……右手の薬指で……」
私は指輪を嵌めた。
「あぁ、お似合いですね。お肌が白くていらっしゃるから、プラチナが馴染みます」
「うん。似合うよ。無限って俺らにぴったりだし。」
悟も笑ってる。
まじまじと指輪を眺めてしまう。
悟が指輪を買ってくれる日がくるなんて夢にも思わなかった。
いつか入籍したとしても、指輪には関心がないと思っていた。
彼氏に指輪を買ってもらう彼女は、みんなこんなに幸せな気持ちになるんだろうか。
「じゃあ、あとは俺の分と、首から下げる為のチェーンかな」
俺の分という言葉にはっとする。
「え?これ?これにするの?これでいいの?」
「いいよ?似合ってるし、実の目がキラキラしてて俺も嬉しい」
「うぅ……ありがとう……ございますぅ」
「決まりね。じゃあこの3つでお願いします」
私たちは隅のソファーに案内され、バックヤードから持ってきた新品の箱の中身を1つずつ確認させてもらい、保証の説明を受けた。お会計を聞いて卒倒しかけたが悟は普通に「一括で」と、例の黒いカードを出した。
頑丈な紙袋に入った指輪はお店の入り口を出たところで渡された。
「こんなところで申し訳ない」と、前置きして、接客してくれた店員さんが口を開いた。
「久しぶりに素敵なお客様をお迎えできて光栄でした。」
なんのことかと二人で首を捻ると店員さんは続けた。
「私、お客様の空気が見えるんですよ。嘘かと思われるかもしれませんが、皆様色んな色や温度があって、どういう状況でご来店されたかなんとなく分かるんです。」
私たちなら容易に信じる事ができる信憑性のあるお話のようだ。
「お二人はなんというか、おんなじ空気を纏ってらっしゃって、ふんわり暖かいです。きっと、長いこと一緒にいらっしゃって、これからもずっと一緒に過ごすのだろうと思いまして……。それでインフィニティシリーズをご紹介させて頂きました。」
まさにドンピシャだ。
「お姉さん、結婚指輪も買いに来るからまたよろしく」
悟が笑う。
「お待ちしております」
店員さんはそういって深々と頭を下げた。
私たちは歩きだす。
「ああいう店員さんの事をカリスマ店員っていうのかしらね?」
「見えるのが本当なら営業成績は抜群だろうな」
「多分本当だと思う。彼女、極力私に触れないように気をつけてた気がする。私に触っちゃいけないって本能が教えてるみたいだった。」
「呪力が見せる空気と温度か。何色か聞けば良かったなー」
「桜色かもね?」
そのあとは普通にプラプラし、疲れたら甘いものを食べ、人目を全く気にしなくて良いという理由で映画を観た。アクション映画だったが、久しぶりのスクリーンと爆音で楽しかった。悟はずっとキャラメルポップコーンを食べていた。
「夜ご飯はお店予約してあるから」
そう言って悟はタクシーを止めた。
着いたのは星がつくホテルで、五条家が祝宴をこじんまり開きたい時等にこのホテルのレストランを使っているらしい。
すたすたとフロントに向かう悟。
「五条です。支配人いますか?」
突然支配人呼んじゃうのか。
少しして年配のスラッとした男性が出てきた。
「五条様、お久しぶりです。本日はレストランのご予約を頂きありがとうございます」
「うん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんでございましょう」
悟はちらっと私を見て支配人に耳打ちで何か話し始めた。支配人は一瞬驚いた顔をしたが、「そういう事でしたら承知致しました。お帰りになるまでに済ませます」と言った。
「じゃあよろしく。実、行こう」
「何を話してたの?」
「ん?ここから一番近くて綺麗なラブホ探してスイート予約しておいてって」
「はあ?!」
思わず出た声が意外と大きく私は手で口を覆った。
「なんてこと頼んでるのよ!」
小声にして怒る。
「だってネットで見てもよく分からなかったし、俺が選んで実の趣味と合わなかったら嫌でしょ?宿泊施設の事は宿泊施設のプロに聞くのが一番」
「いやいやいやいや」
「ラブホ行ったことないって言ったら快く引き受けてくれたし」
「恥ずかしくて帰りは顔を見せられないよ……」
「知らなかった事にしとけばいいじゃん」
「そうする……」
レストランはフレンチだった。
しかも個室に案内された。
「誕生日のお祝いだから適当に何かコースで」
とちゃちゃっとオーダーする悟。もしかしてこういうところ慣れてる?
「じゃあ、誕生日はまだちょっと先だけど当日は親父と光もお祝いしたいだろうから二人でお祝いは今日って事で」
「ありがとー!」
「指輪開けよう」
ごそごそと紙袋を開ける悟。
1つの箱は細長いからチェーン。もう1つの大きい箱に指輪が2つ入っている。
小さい方の指輪を悟が取る。
「はい。手ぇ出して」
「え……ちょっと恥ずかしい……」
「はやく」
私は右手を出した。
悟が薬指に指輪を嵌めてくれる。
「うん。いいね。似合うよ」
「ごめん……感動して泣きそう……」
右手にそっとキスをされる。
「こんなに喜んでくれるならもっと早く買えば良かったな」
「嬉しい……」
どうしても涙が溢れてしまった。
「よしよし。じゃあ俺のもチェーン通す前に嵌めてくれる?」
悟の指輪を取り出して、悟の右手の薬指に嵌める。
「ありがとう」
悟が微笑む。
綺麗すぎだよ……。
「じゃあ忘れないうちにチェーン通すから着けてもらっていい?」
チェーンを取り出し、指輪を通す。
私は席を立って悟の後ろに回って着けた。
「うん。ちょうどいい長さ。」
悟の後ろに立ったまま、悟の頭を抱いた。
「悟、ありがとう」
「キスしてくれる?」
悟が上を向いたので、私はそのままキスをした。
豪華な料理だったけど、胸が一杯で味はよく分からなかった。悟はもりもり食べてた。
帰りにフロントに寄ると、支配人は悟に住所のメモを渡し、フロントで私の名前を伝えてください。私の名前で予約を入れました。次は当ホテルに泊まってくださいね、と笑顔で言った。「オッケー」と悟は軽く返していたが、私はどんな顔をすればいいのか分からなかった。
ホテルからタクシーにのり、ホテルに着いた。ギャグかと思った。