54「実。ちょっと実験したいから硝子呼んでもいい?」
家入さんとはあの時以来会っていない。家入さんの前でハグされたあの時だ。
「実験?」
「うん。実のバリアが領域内でどうなるのか知りたいし、領域の事もちゃんと説明しておきたい」
「いいけど……家入さん?」
「硝子の反転術式は自分以外も治せるから念のため。あと五条の血縁じゃない人間がいた方がいいから」
「分かった」
「お披露目会まで時間ないから平日の夜でもいい?」
「構わないけど、家入さんは大丈夫?」
「硝子は学生だし大丈夫だと思う」
家入さんは翌日の夜に早速やってきた。
「前回の事ちゃんと謝りたかった。ごめんね」
家入さんは開口一番そう言った。
「いえ!私の方こそ大人げなくて申し訳なかったです!」
「じゃ、みんなで庭に行こうか」
三人で庭に出る。
夜なので庭で仕事をしている人もいない。
完全に私たち三人だけだった。
「まず俺の領域について実に話しておくね」
1、領域内は無下限の内側で、脳内で情報が完結しない
2、そのため脳が情報量の多さに耐えられず滞在時間が長ければ廃人になる
3、領域内では必中効果により無限は意味をもたなくなり、相手の呪力を含む攻撃は全て当たる
4、領域の影響を受けないのは悟自信と悟が触れている人間だけ
5、相手の領域の効果は術式の開示がされるまで通常はわからないが六眼では分かる
「ざっと説明するとこんな感じ」
「なんとなく分かった」
廃人というのが怖すぎる。
「硝子、なんとなく分かっただろうけど俺たちは実のバリアを消すことより強化する事にしたんだ」
「なるほど」
家入さんがタバコに火を点ける。
「実のバリアの説明するけど他言無用で」
「オッケー」
「まず、実の通常のバリアで俺は絶対に弾かれない。無限があっても無くても。でも、強化したバリアは無限がないと俺でも流血沙汰になる」
「無限があれば弾かれないのか?」
「そう。理由は不明なんだけどね」
「ふうん?」
「で、今日は領域内で実のバリアが機能するか知りたいんだ。万が一領域に入れなきゃいけない時の為に分かってた方がいいから」
「領域内で五条が怪我をした時に私に治して欲しいわけか」
「そう。自分で治せるけど硝子の反転術式の方が早いし、絶対に避けたいけど実が怪我をしたら俺じゃ治せない」
「オッケー。それは任せて」
「それと」
「私にも強化したバリアに触れて欲しいんだろ?」
「絶対ダメだよ!それは私が断固拒否するからね!」
「そうなんだよ。実が絶対許可しないし硝子が怪我するかもだからやめとこって言おうと思ってた」
「それならいいんだけど」
悟の考え方が時々怖い……。
「私は別にいいけど」
「は?」
私と悟の声が重なる。
「五条が流血程度なら私の呪力量ではそんなにひどい怪我はしないだろう」
「流血沙汰っつっても指がもってかれそうだったんだぞ?」
「ははは。反転術式使えて良かったな」
家入さんも時々怖い。
呪術師ってみんなこんなんなのか。
「硝子がいいって言ってるし、俺も硝子はたいした怪我はしないと踏んでる。実はやれる?」
悟に自分を守りたいなら自分の力を知らなきゃダメだと言われた事を思い出す。
「……やってみる」
「オッケー。じゃあまずは三人で領域に入ろうか。硝子も俺のとこに来て」
「実さんはいいの?五条が私に触ってなきゃダメなんだろ?」
「……?」
私は何を言われているのか分からなかった。
「俺が他の女の子の体を触ってるの平気かって」
「あぁ!全然平気だよ?!」
「そんな元気に言われると俺が凹むんですけど……」
「あ?ごめん?」
家入さんがケタケタ笑っている。
「じゃあ肩ならなんの問題ないだろうから」
私は悟の右隣にいたので家入さんが悟の左隣にくる。悟は家入さんの肩に手を置く。
「あ、印を結ぶから最初は実が俺の腕掴んでて」
「ん。分かった」
私は言われた通りに悟の右腕を掴んだ。
「領域展開 無量空処」
以前と同じ空間が現れた。
「なるほど。これが領域内か」
「硝子は領域入るの初めてか?」
「初めてだ。物凄い量の五条の呪力で満たされてるな。これは限られた術師しかできないのも納得だ。六眼で呪力の消耗も限りなく0に近いんだろ?」
「ご明察。さて、じゃあやりますか。実は大丈夫か?」
「うん……。でも早めじゃないとまた前みたいになりそう……」
「前?」
「硝子には出てから説明する。実は通常モードのバリアだな。硝子、実に触ってみて」
悟の領域の説明通りなら普通に触れるはずだ。
家入さんが私に手を伸ばしたので私も手を出す。私たちは普通に手を繋ぐ事ができた。
「やっぱり領域内なら通常のバリアは機能しないんだな。黒いバリアで俺が弾かれると実から手が離れるからやらないでおこう」
悟は領域を解いた。
「実?大丈夫?」
「この間より短い時間だったから平気」
「で?前に何があった?」
「悟様」
母屋から声がした。
「お客様がおみえです」
屋敷の敷地内で結界を張ってくれている呪術師の人だ。
「こんな時間に?誰?」
「五条桜子と名乗っておりますが……」
「実、呼んだ?」
「呼んでないけど……」
「あ、ここまで案内して」
「承知致しました」
呪術師の人はさっと消えた。
「五条桜子?」
家入さんがタバコに火を点けた。
「んー。五条家のご意見番的な?」
「ふぅん?まぁいいけど。前に領域内で何があった?」
「俺たちもよくは分かってないんだけど、実がメロメロになって失神しかけた」
「メロメロって…」
「事実じゃん?」
「おそらく魂が共鳴したのでしょう」
声がした方を見ると桜子さんが近くまで来ていた。
「おう。来るタイミングがいいな」
悟が声をかける。
「皆さんが集まるのが分かりましたので来てみました。おかげで珍しいものが見れましたよ」
三人で桜子さんに注目する。
「悟様の力に実さんの力が吸い込まれているようでした。あれでは長時間留まれば失神してしまうでしょうね。」
「桜子さん……どういうことでしょうか……」
私の力が吸い込まれる?
「私も初めて見ましたのでなんともいえませんが……。魂が1つになろうとしている……とでも言えば分かりやすいですかね……?分かれた魂が1つになろうとするのは至極当然の事です。しかし、肉体にはよくありませんね」
「どういうこと?」
悟が厳しい顔をする。
「吸い込まれた力は戻っていません。その分実さんの肉体と魂が弱っています。2度とやらないことを奨めます」
「え……」
あんなに幸せな気持ちになれるのにはそんな理由があったのか。
「あぶねー。もう2度とやんない!」
「ご意見番は本当にいいところに来たんだな。じゃ、とっとと私にも黒いバリアとやらを体験させてくれ」
家入さんが携帯灰皿でタバコを消す。
「あ、はい!」
私が自分の手のひらを見つめると、「ちょっと待って」と悟がストップをかけた。
「手のひら見ながらでないとできない?」
「あ、どうかな。やってみる」
目線をどこにやったらいいか分からなかったのでとりあえず正面を見据えるつもりでやった。すると、徐々に体の芯が冷えてきた。
「硝子、バリアが黒くなったからやってみて」
「オーケイ」
「反転術式の準備忘れるなよ」
「そっちはいつでも大丈夫だ」
私は右手を家入さんの方に差し出した。家入さんも右手で私の手に触れる。
「……!」
シュッと音がした気がした。
家入さんが右手を顔の前で振っている。血はないように見える。
「硝子?大丈夫か?」
「うん。これ見て」
家入さんが私たちに右手を差し出す。
「水ぶくれ?火傷?」
「火傷だね。五条の指がもっていかれそうだったてのは正確には『焼き切れそうだった』だろうな。一瞬冷やっとしたから相当高温だ」
「家入さんすいません!大丈夫ですか?!」
「私の呪力量ならこんなもんでしょ。すぐ治るから心配しないで」
「なるほど。これも珍しいというか……。通常のバリアと黒いバリアは全くの別物ですね」
「え?」
「一般的な術師の目線で言えば、術式を2つ持っているようなものです。通常のバリアは守りに徹していますが、黒いバリアは攻撃しかしません。守っているのではなく、触れようとするものを攻撃しているのでしょう」
「なんか納得した。黒いバリアが無限を弾かないのはどうしてだと思う?」
悟は飲み込みが早い。
「どうでしょう。馴染みがあるからなのか、無限自体を自分と同類と認識しているのか、敵わないと認識しているのか、どれもあり得ますね」
「さ、悟……。ごめん、ついていけてないかも」
「ん?大丈夫。俺が理解してるから」
「いや、私も分かってた方が良くない?」
「今度ゆっくり説明するよ」
「お願いします……」
「こんなもんかな?私はそろそろ帰る」
家入さんがタバコを咥える。
「遅いから誰かに家まで送らせるよ」
悟が言うや否やすっと人影が現れる。
凄い。
「悪いね。じゃ、またなんかあったら呼んで」
そういうと家入さんは手をヒラヒラさせて帰って行った。
「悟様、お人払いをお願いできますか」
桜子さんが声を低くする。
「ん?あぁ、いいよ」
「実さんも、外していただけますか」
「私はいいけど……」
チラッと悟を見る。
「実もダメなの?」
「お願い致します」
今日ここに来た理由は悟に話があったからなのか。
悟に何を話したいのか。
まさか私の事は話さないだろうと思いたい。私の事は桜子さんも納得して黙っていると言ってくれたが……。
「ごめん実。先に部屋に戻ってて」
「分かった」
悟はその夜部屋に戻らなかった。