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    タカネ

    @takaneyuki2021

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    タカネ

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    天国体操第一の続き。天国で暮らしてる໒꒱やまさん(小)とじんの日常。

    #迅嵐
    swiftashi

    いつか未来の大天使天使庁保護管理課の昼下がり

    「なあ、うさみ管理官」
    『あ、この度昇進して区分が変わりまして、わたくしのことは管制官(ハンドラー)うさみ、とお呼び下さいね、じん課長』
    「……はい」
    『で、なんですか?』
    「あらしやまのことなんだけど」
    『だと思いました』
    「なんだよー。いつでも相談しろって言っただろー」
    『もちろんです。今月もう3回目ですが全然構いませんよ!私も守護妖精として、じゅんさんのことはいつもいつでも見守っておりますから』
    「いつからフェアリーゴッドマザーになったの?」
    『最初からですよ!気持ちとしては』
    「……あー、ここんとこ、エレメンタリーから帰ってくると自分の部屋にこもり気味なんだよね……。なにかつまづいてるかもしれないから勉強見ようか?って言っても要らないって言われちゃうし」
    『反抗期では?』
    「……ハンドラーうさみ」
    『はい』
    「天使に反抗期なんてありません」
    『どうでしょう?じゅんさんは地上生まれの地上育ちですし』
    「……だから、慣れるまでエレメンタリーの入学も見合わせてしばらく家で暮らしてたでしょ」
    『育休取ってナーサリーにも預けないでイクメン頑張ってましたもんね。天国エレメンタリーにやっと入学なさったときは私も感涙致しましたよ』
    「いやだからさ。それでもやっぱりちょっと羽とか小さいし、からかわれたりしてないか心配で、」
    「わたくし管制官ではありますが、子ども家庭課エレメンタリー部門の内部事情まで覗くの職務規定違反ですから、」
    「ちがう!そりゃあ覗けるなら覗きたいけど!いやそうじゃなくて」
    『授業参観日は?』
    「仕事だよ、ハンドラー」
    『それは涙を飲みますね……私代わりに行きましょうか?』
    「だからちがうの!話逸れ続けてる!」
    『そりゃあ今月3回目ですからねえ』
    「う、」
    『了解です!それでは本日、終業後にお宅に寄らせて頂きますね!困っていることがあるなら妖精(わたし)には話してくれるかもしれませんしね』
    「……よろしくお願いします」
    『で、課長。提出期限過ぎてるこの申請書なんですが』
    「はい……」

    ***

    「それで、なんでいるんですか?今日は残業あるんじゃなかったんですか、じん課長」
    「ハンドラーうさみ。テレワークって知ってる?」
    「じんさんの業務に関係ないことは知ってます」
    うさみが事実を答えると、じんはがっくり肩を落とした。
    『できなくはない。導入したい。おれは家にいて仕事したい。あらしやまに毎日おかえりを言ってやりたい』とかなんとかぶつぶつ言っているじんと、連れ立って天使庁の門を出る──妖精であるうさみはじんの上着の胸ポケットに納まっている。この方が喋りながらの移動が楽なのだ。
    アッシー扱いと言えなくもないが、天使庁の制度的に役職の序列に関係なく管制官の方が立場が上だから良いのだ。まあ、今はすでに勤務時間外だが。さておき。
    「それで、じゅんさんはどんな様子なんですか?」
    「今週の始めからかなあ。なにか新しい課題でも出たのか、珍しく難しい顔して帰ってきて。部屋に入ったっきり呼ばないと出てきてくれないんだよね」
    「じんさんはお部屋を訪ねないんですか?」
    「……入れてくれない」
    ご飯だよ、お風呂だよ、と呼びに行っても『行くからあっち行ってて』と言われてしまい、ドアの前で待っていると出てきてくれない……と、じんはすっかり意気消沈している。
    「う~ん。お部屋になにか隠してるんですかね?あ!子ねこ拾ったとか?」
    「天国には捨てねこも捨ていぬもいないでしょ……」
    「そうでした」
    『保護管理課は地上での案件ばかりだから感覚がズレちゃいますね』と得意のてへぺろ☆で星を飛ばしておく。
    「エレメンタリーに行ってらっしゃる間に覗いてみては?」
    「それはだめ」
    「まあ確かに。そんなことしたら嫌われちゃいますよね……」
    きっぱりした返事に思わず深刻な相槌をうつとじんは微妙に涙目になった。
    「嫌われてないし……!寝るときは呼ばなくてもちゃんとベッドに来るし……!」
    「あ、一緒に寝てるんですね」
    「まだ小さいからね。ひとりじゃ寝れないんだよ」
    「人間のお子さんみたいですね~」
    「だからまだまだなんだって。別におれが過剰に心配性なわけじゃないよ」
    「それはどうでしょう?」
    明朗な笑顔で否定したうさみは、そこでふと首を傾げる。
    「一緒に寝るって、どうやってですか?普通、幼生の子たちはハンモックで寝るでしょう?」
    まだ翼が生育途中で未熟な子ども天使たちは寝ている間に羽がつぶれないようにハンモックで寝るもなのだが。
    「え?ああ、うちは普通のベッドだけど」
    「翼の成長に良くないのでは?」
    「あらしやまはうつ伏せで寝てるよ。おれは別に羽しまって寝ればいいから。ラッコみたいな感じ」
    「ラッコ?」
    「だから、おれが仰向けで、あらしやまはおれのお腹の上にのってるの。寝入るまではだいたいそんな感じ」
    『子どもって一度寝入っちゃえば動かしても朝まで起きないからね』といたって普通な調子で答えるので、さすがのうさみも閉口した。
    「……斬新な寝かし付けですね」
    「そう?」
    そんなやりとりをしている間にじんの自宅前に到着する。
    天国不動産に依頼して探してもらった、エレメンタリーにも天使庁にもアクセスのよい瀟洒な一軒家だ。白い壁に赤い屋根。無垢材の窓枠に広い緑の庭。文字通りのスイートホームである。
    正直すごいセンスだなあ、と思わなくもないのだが、まああの小さなかわいらしい天使が育つ環境として悪くはない、とは思う。
    ただ今のところ広すぎて使っていない部屋が多々あることも知っている。さすがエリートの経済力、というのを見せ付ける代物でもある。
    あと、ひょっとしたらいつかあらしやまのお友達が遊びに来ることもあるかもしれないから、恥ずかしくないように、という無いはずの『親心』の発露なのかもしれない。
    ともかく、あらしやまはこの家から毎日元気にエレメンタリーに通学している。
    ──まあ、エレメンタリーに『通学する』というのは例外的な措置なのだが、とうさみはあらしやまを天国に迎えてからのあれやこれやを思い出す。
    天使はすべからくかみさまの子どもであり、かみさまのたまごから生まれた子ども天使たちは、成体になるまでひとところでまとめて育てられる。
    その『子ども天使の家』以外で暮らす幼生体はごく稀で、あらしやまはつまり特殊な例外なのだ。
    じんは今のところ、あらしやまの『保護者』を自認しているが、そもそもその概念自体が人間寄りのものなのだ。幸いじんが所属する部署は人間界に理解があるので『育児休暇』なるものが通用しているが。
    まだまだ人間の子どものようなあらしやまを、立派な大人天使に育てるのが、かみさまの特別なたまごを探し出したじんの『使命』である、との認識のもと皆がサポートしてくれている。
    良い部下たちに恵まれているのはじんの実績と徳によるものではある。あるのだが、別にそれは『使命』ではない、とうさみは知っている。
    じんの個人的な都合。使命というよりは『運命』の長期育成計画だ。しかも見通しはたいへん『甘い』。いろんな意味で。
    ここまでを思い出して、じゃっかん胸焼けしたうさみの内心など気にもとめないじんが悩ましげにため息をつく。
    「子育てって難しいよね……」
    「じんさんのはいわゆる『子育ての悩み』じゃないことも多いですよ」
    うさみは生温い微笑みで言う。
    人間界ではそういうのノロケって言うんです、と職業上、人間界に詳しいうさみは何度か突っ込んだが、残念ながら理解してくれる天使は少ないのであった。ハンドラーの仕事は大変なのだった。


    「あれ?」
    玄関のドアを開けたところでじんは足元を見た。白い小さな花が落ちていた。
    家の中に花を飾ってはいなかったけれど、と屈んでそれを広い上げると、玄関マットの上にも二輪ほど落ちていた。目線を上げると、その先にもまた別の花が散らばっている。
    「お花、奥までずっと落ちてますよ」
    じんのポケットから出たうさみがスーっと辺りを見て回って報告してくれる。『ヘンゼルとグレーテルみたいですね』と言う。
    つまり、あらしやまの仕業だろうか、とじんは廊下の奥を見やる。突き当たりはあらしやまの子ども部屋だ。
    「じゅんさんは?」
    「もう帰ってきてるはずだけど」
    水色に塗られたドアの前に立つと、そっとノックする。
    「……あらしやまー?ただいまー?」
    返事がない。
    「寝ちゃってるんでしょうか?」
    「珍しいな……」
    少し心配になってドアに手を当てて部屋の中の様子を伺うと、何かいつもと違う気配がした。ドアの向こうに満ちる、妙に明るい濃密な空気の感覚。
    「あらしやまー?開けるよ?」
    ドアを押す、が何かが引っ掛かっているのか開かない。
    「え?」
    ぐいぐい押してすき間ができると、うさみがそこからするっと中に入った。と『……あらー』と感嘆したような声が聞こえてくる。
    「え、なになに?!わっ、」
    力任せで一気に押し開く、と部屋の中から溢れ出してきたものに足を取られた。
    それは花だった。大量の色とりどりの花たちが洪水のように溢れてくる。
    足の踏み場もない部屋に、おそるおそる花を踏みつつ入ってみると、庭に面した大きな窓の前に据えた子ども用のベッドのそばで、うさみが『しー』の仕草をしていた。
    きらきらと生命力に溢れた花たちが埋め尽くした花園のような部屋の中、ベッドの上はより一層の花の祭壇と化していて。
    その真ん中で小さな天使が眠っていた。
    じんは一瞬、事態を忘れてその光景に見とれてしまった。長いこと天国で暮らしているが、これ程目を奪われる光景にはお目に掛かったことがない。
    花に一面覆われたベッドの上。窓から差し込む明るい光にほのかに縁取られた丸い頬。つやつやした黒髪も、白い翼も花びらに彩られている。
    「……お花すごいですね。これじゅんさんが?」
    うさみの小さな声に我に返る。状況的にそれ以外ありえないが、それにしたって大量だ。
    すうすう、と良く眠っているのを起こすのは忍びないが仕方ない。
    「あらしやま?あらしやま、おきて?」
    そっと肩を揺するとむぅ、と息を吐いた子ども天使が寝返りをうつ。
    「……ん、じん……?」
    「おきて?羽がつぶれちゃうよ?」
    「!」
    じんがそう声を掛けると、あらしやまははっと目を開けて飛び起きた。勢いでベッドからいくつも花がこぼれ落ちる。
    「……じん!おかえり」
    「ただいま」
    緑色の瞳をぱっちり開いたあらしやまがじんを認めて嬉しそうに笑う。あらしやまは寝起きは良い。
    「これ、どうしたの?おまえがやったんだよね?」
    花の中から抱き上げようと腕を伸ばしながら言うと、あらしやまは慌てて辺りを見回した。
    「『はじまり』のお花ですか?ずいぶんいっぱいですねえ」
    うさみが感心したように言うと、子どもは急に肩をすくめて小さくなった。
    「……っ、学校で、エレメンタリーでしけんされるんだ……でも、俺はうまくできなくて、」
    涙声で言う子どもをじんは慌てて抱き上げる。じんの腕をぎゅっと握りしめて、あらしやまがぽつりぽつりと言った。
    「ずっと、練習してるけど、どうしてもうまくいかなくて……」
    『このままじゃらくだいしちゃう』と言うと、小さな天使はこらえきれずにとうとう泣き出した。

    ***

    「あのですね、そんなしけんの一回や二回でらくだいはしませんし、そもそも天国エレメンタリーにらくだいなんてありませんよ」
    花まみれにしてしまった子ども部屋からは、じんが抱っこで連れ出してくれた。
    リビングの大きなソファに下ろしてもらって、ふう、とため息をつくと大きな手で頭をひとつ撫でてくれる。それからじんは『お昼寝してたなら喉乾いたでしょ?』と言ってキッチンへ行ってしまった。
    怒ってないのかしらと思う。部屋中、あんなに花だらけにしてしまって、とあらしやまはまた悲しい気持ちでからだの力が抜けてしまう。
    ソファに寄りかかりそうになって、あわてて背中をしゃんとした。
    あぶない。寄りかかったら羽がつぶれてしまう。あらしやまはまだまだ大きな翼がほしいのだから、気をつけなくてはいけないのだ。
    背すじを伸ばしたあらしやまを見て、妖精のうさみがにこにこしているのに気づいて、そうだった、と思い直す。
    「……らくだいしないの?」
    「しませんよ」
    「そうだよ。それにエレメンタリーのは試験てほど厳密じゃないでしょ。個体の向き不向きを見極めるくらいの話で」
    「ですね」
    キッチンからトレーを持って戻ってきたじんがミルクの入ったコップを渡してくれる。うさみにはお人形用みたいに小さくてかわいい花模様のついたカップだ。このうちにはうさみ用の食器がちゃんと用意してあるのだ。
    あらしやまはミルクをごくごく飲んだ。冷たくておいしかった。天国のミルクはたくさん飲んだ方がいいのだ。
    それからじんの言葉を聞き返す。
    「むきふむき?」
    「どんな力の使い方が得意なのかな~ってことです」
    うさみが分かりやすく答えてくれる。
    「とくい……」
    あらしやまは花を咲かせるのはとくいだと思っていた。そこにつぼみがいなくても、咲いてほしいと思えば花をよぶことができたし、たくさん咲かせることができたから。
    あらしやまはエレメンタリーでの出来事を思い返した。
    ──だけど、一度にひとつでいいのだ、と言われて。
    ひとりにひとつのつぼみを渡されて、咲かせてみましょう、とせんせいが言って。
    でも、あらしやまがやると、他のみんなのつぼみも全部咲いてしまうのだ。
    あわてて直そうとすればするほど、花はどんどん咲いてしまって、辺り一面、花でいっぱいになってしまって。
    せんせいが困った顔で『あなたはこの課題はしなくていいよ』と言った。でも、あらしやまは『練習しますから』とお願いした。
    だって、じんは『学校に行けば、いろんなことができるようになるよ』と言って、あらしやまをエレメンタリーに入れてくれたのだから。
    あらしやまが『地上うまれ』だから、いろいろ違っていてじんは大変なのだと、あらしやまは知っている。
    エレメンタリーでもあらしやまに『地上うまれのくせに』と言う子ども天使がいるし、せんせいだってたまには『やっぱり地上うまれだからかな』と小さく言うのだ。
    あらしやまはじんを困らせたくない。『天国うまれ』のみんなと同じにできるようになりたいのだ。
    ──それでも、花を咲かせることはとくいだと思ってたのに。
    じんが最初に教えてくれた力の使い方だ。誰にも負けないくらい上手にできると思っていた。
    たくさん咲かせることができて、じんも喜んでくれたのに。
    エレメンタリーから帰って来てから、寝る時間まで一生懸命練習した。でも、どうしてもひとつだけ咲かせることができない。やればやるほど子ども部屋は花でいっぱいになってしまう。
    いじわるな声が聞こえる。
    『あのこだけしけんされるんだ』『できないとらくだいだ』『やっぱり地上うまれだから』
    あらしやまはじんのように出したものを消すことはできないので、寝る前に花たちを集めては庭の端っこに持って行った。それからじんの待っているベッドへ入ると、すぐに眠くなってしまう。
    本当はいつものように、じんに背中を撫でてもらいながらいろいろ話をしたいのに、あらしやまは今日まで毎日へとへとだった。
    「……俺は花を咲かせるのはふむきみたいだ」
    あらしやまがうつむいてそっと言うと、うさみは首を傾げた。
    「どうしてですか?あんなにたくさん咲かせられるのに。すごい力ですよ」
    「たくさんじゃダメだから」
    「え?……あ、あ~コントロールの話ですか?それはこれからできるようになりますよ」
    「これから?」
    「そうです。じゅんさんはまだ一年生でしょう。大丈夫、できるようになりますよ」
    「その前にらくだいしない?」
    「しません。このハンドラーうさみが保証します」
    うさみはじんよりえらい天使庁のゆうのうハンドラーなのだ。じんがいつもそう言っている、頼れるその妖精が言うならそうなのだろう。
    「そうか。よかった……」
    あらしやまは肩からちからが抜けた。またソファに寄りかかりそうになったが、じんの手が止めてくれた。
    「安心した?」
    「うん」
    「毎日、練習してたの?あんなにたくさん咲かせて?」
    「うん、ごめん。今日は片付けられてなくて」
    下からそっとうかがうと、でもじんはただ空色の瞳をまたたいて笑っただけだった。
    「いいよ。毎日えらかったね」
    その笑顔を見たら、あらしやまは本当に安心して、なんだかまた泣きたくなってしまった。
    でも泣かない、とぐっとがまんする。
    あらしやまはがんばって、じんのような大人天使になるのだから。

    ***

    じんが『あらしやま~もう寝るよ~』と声を掛けると、白い一枚シャツの寝間着に着替えたあらしやまが自室から駆けてきた。寝室の大きなベッドによじ登ってじんの隣にやってくる。
    成体の天使であるじんは本当は眠る必要はないのだが、あらしやまとコミュニケーションを取るための時間として一緒にベッドに入っている。
    「今日はまだ元気だね」
    「たくさん昼寝したからな」
    あらしやまは嬉しそうにじんの胸の上にのっかってくる。
    「じん、背中撫でてほしい。話もしたい」
    「いいよー」
    久しぶりだなあ、と快諾したじんは、自分でもゆるみきった顔してるだろうなあ、と思う。うさみが見たらまたなんと言われることやら。
    でも、今日はうさみが来てくれたおかげで事が丸く収まって本当に感謝している。
    頼りにしているうさみの言うことなら、あらしやまも素直に納得してくれる。
    彼女が話してくれなければ、じんはあらしやまを問い詰めてしまったかもしれないし、ケンカになったかもしれない。
    なぜ、困ったときに一番に自分を頼ってくれないのかと。
    自分のそれこそ、子どもじみた不満だ、と分かっているので口に出さずに済んで良かった。
    話を聞いたときは危うく『退学しよう』『そんな学校もう行かなくて良い』『家庭教師を雇う余裕くらいある』等々口走るところだった。非常に大人らしくない。
    「羽もだいぶ大きくなったね」
    背中の翼の付け根をマッサージするように撫でてやると、あらしやまは気持ち良さそうに瞳を細めて『ん、ん』と息を漏らす。
    「……本当に大きくなってるか?」
    「なってるよ。うさみも『天国体操、毎日頑張ってるからだね』て言ってたじゃない」
    「あと、じんが毎日背中撫でてくれるからだ」
    「……それ、うさみに言った?」
    「うん」
    ──早く大きくなあれ、と想いを込めて撫でているのは本当だが。いやはや、とじんは明日のハンドラーの視線を思って内心で頭を抱えた。
    じんの胸に乗っかったあらしやまは楽しそうに膝下をぱたんぱたんと遊ばせている。身長の半分くらいに成長した翼も同じリズムで揺れている。
    ……まあ、いいか。
    この時間の幸福は何物にも替えがたい。
    「あのね、みんなと同じでなくていいよ。おれはあらしやまが毎日元気で、こうやってたくさん話をしてくれた方がいい」
    「……うん。でも、おれはできるようになりたい」
    「うーん。天国体操毎日やってるんでしょ?歌のこと忘れちゃった?」
    ぴくり、と顔を上げたあらしやまに、じんは鼻歌まじりに聞かせてやる。
    ……ほしがはねて、はながわらって、ちいさなうちゅうがはじまるよ……♪
    「最初におれと一緒に花を咲かせたときのこと覚えてる?」
    はじまりの気持ち。嬉しいという気持ちを。
    一緒にはじまることが嬉しい。それが天使の得意なこと。
    「今のおまえは『天国生まれ』のみんなに負けたくないって思ってない?だから、花も負けたくなくていっぱい咲いちゃうんじゃないの?」
    言うと、あらしやまは大きな瞳を更にこぼれそうなほど丸く大きくした。
    「……そうかもしれない」
    「まあ、それはおまえの良いとこではあるけどね」
    この天使はこう見えて負けん気が強いのだ、とじんは知っている。あらしやまならやっていける、と思ったから天国のエレメンタリーに入れたのだ。
    「やっぱりじんはすごいな!」
    「どういたしまして」
    感激したように言ったあらしやまは、ふいに伸び上がってくるとじんと顔を突き合わせた。それからじんの唇に皮膚の薄い柔らかい唇がふに、と合わせられる。
    「?!」
    小さな天使にキスをされて、じんは驚いて固まってしまった。
    硬直したじんの目前の大きな瞳が、世界中の祝福を集めたように輝いている。
    これより美しく輝く緑色の宝石は地上にも天国にもない、と本気で思う。
    「……今のは?」
    「とくべつな相手にはこうするって教えてもらった」
    「だれに?」
    「ハニエルが教えてくれた」
    あらしやまの答えた、優美さと男女の愛の絆を司る大天使の名前にじんは耳を疑った。
    「え?ハニエル?どこで会ったの?」
    「エレメンタリーで。せんせいにきた」
    いやはや。……エレメンタリーに行けばいろんなことを教えてくれるよ、とは言ったけれど、さすが天国。油断がならない。
    存外とおしゃべり雀で口がさない『天国生まれ』の天使たちの育つところ。ややもすると地上育ちのあらしやまの方が無垢かもしれなくて。
    やっぱりもう少し大きくなるまで手元で養育してから入れるべきだったかなあ、などと考えてしまう。
    ……ほしがわらうよ、はながわらって、ちいさなうもうはかみさまのおきにいり……♪
    「じんはとくべつ……おれの、おきにいりだからな……」
    弾むように歌っていた声はだんだん途切れて、いつの間にか揺れていた翼も静かになって、あらしやまはすうすうと寝入っていた。
    そのまましばらく柔らかな羽毛や黒い羽っ毛をすきながら撫でてやっていると、ふと何かが指先に引っ掛かった。
    見ればそれは星の形をした小さな花だった。一輪の小さな赤い花。
    じんは、指先につまんだそれをかざして見つめる。
    首もとに顔を付けて寝てしまったあらしやまの吐息が熱くてくすぐったい。
    じんはふっと笑って。
    手を下ろすと、あらしやまの額に唇を当てた。まぶたに鼻先にほっぺたに唇を落として。それから柔らかい唇にキスをした。
    かみさまの特別なたまごから産まれた、地上生まれのじんの天使。
    これからもずっと、おまえはかみさまのお気に入りだよ。


    天使庁ののどかな午後再び

    「なあ、ハンドラーうさみ」
    「なんですか?イクメン課長」
    もはやおなじみとなった語り出しにも、小さな茶器で優雅にお茶を嗜むうさみは動じない。本日は心安らぐカモミールティーを用意しているので、どんなノロケでもどんと来いの心境である。
    「あらしやまのことなんだけど」
    「はい」
    「エレメンタリーの課題で今は浮遊の力を習ってるんだって」
    「今度はちゃんと相談してくれたんですね!良かった」
    「うん。それで練習したいから、おれの羽を一枚ちょうだいって言われて」
    「ああ、羽一枚を浮かべるとこからやりますもんね」
    エレメンタリーの課題で手こずっていたあらしやまをサポートしたのは、ついこの間のことだ。子ども天使の健やかな成長は、天国のすべての大人たちのよろこびである、とうさみは鷹揚に構える。
    「そう。学校で流行ってるらしいんだよね」
    「何がですか?」
    「すきなひとの羽をもらって練習すると、上達が早くなるんだってさ」
    「……はい」
    「それは良いんだけど」
    「そうでしょうね」
    「上達したら、だんだん大きなものに挑戦するじゃない?」
    じんは首に手を当てたポーズで難しいことを考えているような素振りをする。うさみは付き合いが長いため分かるが、それは本当にポーズに過ぎない。たぶんろくなことを考えていないはずだ。
    「ですね?」
    「練習に付き合ってたら、あいつおれのこと浮かせちゃったんだよね。すごくない?」
    「それはすごい」
    花を咲かせる、という課題で部屋を埋め尽くすくらい咲かせてしまう力の持ち主だ。コントロールはともかく、あらしやまが大変な力の持ち主であることは分かっている。今後、どんな風に成長していくのかフェアリーゴッドマザーを自認するうさみにとっても実に楽しみなことだ。
    「いや、ほんとにすごいよね。あの小さな身体であの素質。将来は力天使になるのも夢じゃないかもね」
    ヴァーチャーズ。奇跡を起こして地上にかみさまの恵みをもたらす天使の名前を上げて、じんは真剣に言った。そんな大天使ともなれば天使庁のエリートどころの話ではない。
    眉根を寄せて、その将来を案じているような顔をしているが、うさみはじんの頭の中に浮かんでいる絵面がだいたい分かった。
    じんと同じくらいの背丈に成長したあらしやま。
    その背に携えた純白の羽は大きく立派で、凛々しく美しく成長した顔には優雅な慈愛の笑みを浮かべていることだろう。
    ……まあ、ありえない未来図ではない。
    「どうしようね~……」
    無意識らしい呟きにはうっとりした響きがある。
    「どうしましょうね~」
    適当に相づちを打ったうさみは再びカモミールティーを口に含む。実に良い香りで心が和む。
    じんの『運命』の天使である、あの小さな子がそこまで成長するのは一体いつのことになるのか。
    イクメン課長が、いつか未来の『地上生まれ』の大天使を育てる騒がしい日々はまだまだ続く。
    うさみのサポートもまだまだ必要だろう。
    それはしあわせな日常だ、と妖精はひとりにっこり微笑んだ。
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