追憶の若陀龍王を相手に立ち回る空君と先生とタルタリヤを遠くから眺める。
先生に躊躇いはないし、空君も一度倒したせいか危なげない動きだ。タルタリヤはいわずもがな。
三人が俺から距離をとって若陀龍王のヘイトをとっているおかげで、変身後の全体攻撃だけ気をつければよさそうなのはありがたかった。もう一枠空いてるけど、空君は稲妻に急ぎたいこともあって、他のメンバーは呼ばずに三人で行くことにしたらしい。
友。友人。ってか俺には友達って言い方が気楽だわ。友っていう先生にとって友の定義って何だろなあ、と考える。流石に若陀龍王と戦ってる先生にそんなこと聞くほど空気読めなくはないけどね!
俺にとって友達といえば、海に行ってサーフィンに挑戦して挫折したり、焼き芋のためにボランティアに参加して清掃作業のあと枯葉貰ったり、広場を貸し切ってガチ缶蹴りしたり、クリスマスにチキンのでかい箱を買って酒とチキンだけで二日くらい過ごしたりとか、同じノリで遊んでくれる人間のことが出てくる。
何でも思いつきで始めるけど、この手の遊びの難しいところは場所探しなんだよな。
「ハル!ぼっとしてちゃダメだ!」
「えっ?うわわわわ!!!」
余計なことを思い出してたら、いつの間にか炎に変化していた若陀龍王の攻撃で地面に模様が浮かび上がり、俺は慌てて走りだす。
「ほら、危ないよ」
颯爽と走ってきたタルタリヤに横に抱えられて、俺は抗議にばたつきたい衝動を抑えた。
「公子!」
パイモンの声が横からするが動けない。
「タルタリヤ!俺抱えてていいの!?」
「良くないかな。ほら、背中に乗って」
邪魔じゃないのかな、と思いつつ、タルタリヤの腕のサポートで背中にしがみつく。肩越しに前が見えるように必死で体勢を整えた。
「それに、消耗してたから抱きついててくれるとありがたいしね」
言いながら若陀龍王を見遣って、ひゅう、とタルタリヤは口笛を鳴らす。
「こんな戦いがいのある相手は久しぶりだよ」
背中に子どもを背負ってようと、楽しそうでなによりだった。
俺が背中にいても、タルタリヤの弓にブレはない。華麗にステップを踏むように、攻撃を避けながら水の矢を放つタルタリヤは正直に言ってカッコよかった。なんか負けた気分だった。
咆哮が空気を震わせる。地響きが心臓にまで届く。
すげえ迫力で、これが若陀龍王4DXか……。なんて感心した。いやこの前友達と見に行った4DXすごかったんだよね。あんなに顔びしょ濡れになることある?
臨場感のある夢をみるのに経験ってだいじだよなあ、この熱気は絶対キャンプファイヤーから来てる。
タルタリヤが上手に顔のあたりに矢を打ち込む間に、空君と先生が攻撃しているのが見える。いや、そんな至近距離で!こわ!もしかして先生完凸してます?HPゲージも見えないし、ダメージも回復値も見えないからどうなってるか全くわからん。流石に適当なダメージ数まで思いつくほど頭は回らないだろうし、それはそうなんだけど、空君がどれくらい強いのかとか正直気になった。あ、あとで先生に破天みせてもらお!デザイン一番好きだ。
緊張感はあったが、先生のバリアサポートとタルタリヤの火力追加で若陀龍王は呻き声と一緒に消えていき、花になった。
空君が手招きをするので、タルタリヤの背中から滑り落ちるように降りて、空君の元に駆け出す。
「空君!」
「怪我しなかった?」
「うん、パイモンと……タルタリヤがいたから」
「あはは、不満そうだね。意地悪したからもっと怖がられると思ってたけど、その程度でいられるなら君も良い戦士になれるよ」
嬉しくない褒め言葉だった。ってかあれは意地悪で片付けられないだろ!
空君が花の前に立つその横に立つ。花が軋むように開いていく光景はやっぱりすごく感動した。
「あ……」
何かが脳裏によぎったような気がした。それが何かを確かめる前にその変な感覚は消えていく。え?なんだ?もうちょっと頑張って考えて俺の脳!中途半端じゃね?!!
「何か変わった?」
「わ、わかんない……」
曖昧な夢の主でごめんな空君!
何となく先生の方を見上げると、先生は俺を見下ろしてたらしく目が合う。
「先生、ついてきてくれてありがとう」
「いいや。旅についていくと言ったのは俺だ。そのための準備は必要だろう」
おおらかな先生の返事に、先生は大人だなあ。と思う。
「ハル、俺にお礼は?」
それに比べてこいつは……。
「…………タルタリヤもありがとう…………」
複雑なのが声にでてしまったのをおかしそうに笑って、俺の頭をわしわしとするタルタリヤは完全にお兄ちゃんだった。いやでも実際どれくらい年齢差あるんだろ?タルタリヤと同じくらいかな。……スペックの差が悲しいので考えないことにした。
パーティメンバーの一番歩調の遅い人に合わせることにしているらしく、来るときは俺を気遣ってくれて申し訳なかったんだけど、か、体が軽い!軽いぞ!
スタミナ回復料理でもキメたみたいにずっと動けるようになっていた。若陀龍王ありがとうございます!
身長伸びねえかなあと密かに思ってたけど、伸びはしないようだった。オッケー!全編ショタで進行ってことね!ちくしょう!俺だって足長族になりたいです!
先生とタルタリヤがよく喋る人間なので、道中も退屈しなかった。というかタルタリヤは俺を見てるせいか、家族の話が多く、この戦闘狂で家族愛が大きいという属性ずる……となるなどした。悪いやつが実は家族思いだったとか恋人に優しいとか、こう、くるじゃん!
璃月に到着して、タルタリヤが仕事があるからとあっさり離脱していったのを見送る。
空君が程よく邪魔にならないところで、空中を覗き込むような仕草をしたのに首を傾げた。ごそごそとしているのに、も、もしかしてどこでもポケットならぬ空君バッグ!はーんなるほどこういう演出になるわけね。ちょっと空君が不審な動きをしているけど、不思議道具はわくわくするので問題なし。
「あれ」
空君が不意に声をあげたのに俺は空君に近寄る。
「どうしたの?」
「見慣れない聖遺物がある」
聖遺物?そりゃ存在するか。
空君が取り出した聖遺物は、俺も見たことがない聖遺物だった。形的に羽だ。ちょっと翠緑に似てるけど、白ベースに緑の線が入っている。
「もう一個ある」
今度は冠だった。おっ、これシロツメグサの花冠じゃん!こ、これはもしかしてオリジナル聖遺物というやつじゃね!?俺もとうとう書き手側に回る妄想力がついてきたかもしれない。
「ああ、春来華だな」
「春来華?」
聞いたことない名前だった。
「冬の終わりに咲く花だ。璃月でこの花が咲くと、春がすぐに訪れることからその名が付けられた。古は別の名称があったが、その名はもう廃れている」
「へえ……」
空君の手の中にある聖遺物をまじまじと眺める。デザインはシンプルなもので、まあ俺が考えたならこれが限界だろう、みたいな感じだった。でも結構可愛い。
「HPだしハルにつけとこう」
「えっ」
え!?俺聖遺物つけられるの!?っていうかHP依存!?
と思ったけど多分攻撃されても多少大丈夫なようにHPを盛ってくれるって感じだろう。
花冠をそっと頭に乗せられてちょっと照れてしまう。羽も胸に差してくれた。次の瞬間には見えなくなってつけてる感覚もなくなる。
「あれ?」
「聖遺物、つけると見えなくなるから」
あ、そっか。そういえばそういう仕様だった。
なんか変わったかなあ、と自分の体を見下ろすけど何もわからん。鈍いショタでごめん空君。
「ハルもかなり動けるようになったみたいだし、明日からは稲妻に行く方法を探そう」
「おう!鍾離も一緒に来るか?」
「いや、俺は旅支度を整えておこう。進展があったら連絡してくれ」
ではまた、と去っていく先生の背中を見送って、俺は空君と宿屋へと帰った。
稲妻に行くってあれだよな。北斗さんの船に乗っていくやつ。あっ、っていうことは万葉にも会えるんじゃね?!北斗さんに会えるのも楽しみだけど、ござる口調キャラに実際に会えるのも楽しみな訳で。
俺は初めて空君とパイモンにおやすみと言って、自分から眠りについたのだった。
翌朝、元気いっぱいの俺は空君たちと食事をしたあと、稲妻から命懸けで璃月に来た人の話を聞きにいった。流石に俺でも、いかだとか乗ったことないわ。アドベンチャーゲームじゃん……?と感心した後で、死兆星号に行くことになっ…………俺飛べなくね?飛行免許がないどころか、風の翼も持ってない。
困って空君を見上げると、空君は頷いた。
「俺が抱えて飛べるから大丈夫」
「空君……!」
推しが頼もしすぎる。でもそれって落下攻撃できないよね?もしもの時は俺も一緒に落下攻撃するのかもしれないと思ってアトラクションに乗るくらいの緊張感があった。つまりわくわくなんですが……。
「ハル、あんまり怖がってないね」
「ハルは度胸があるよな。あんまり怖がらないし。小さいのにすごいぞ」
それはこれが夢だからですね!パイモンに小さいって言われたのはちょっと面白かった。
「空君よろしくお願いします!」
正面から抱きつくと、抱え上げられて空君はふわりと崖から足を踏み出した。ぐ、と重力がかかる感じがして、それを力強い空君の腕が支えてくれる。
と、飛んでる……!すげえ!
頬に風が当たって、風を切る感じがグライダーで遊んだ時と似ていた。足元に広がる海原のきらきらした光がすごく綺麗だ。横でパイモンが俺の反応を見てにこにこしていてめちゃくちゃ可愛い。危なげなく死兆星号に降りた空君と俺の目の前には、すぐに北斗さんと……あっ、こいつ!風属性典型性格奴!つまり万葉!
空君が降り立ったと同時に、こちらを振り返った二人は驚きよりも興味深さが強そうだ。空君とパイモンのことを知ってるならそうだろうな、と俺は頷く。
魔神任務に居合わせている感覚に、わくわくと会話を聞いていると、空君とパイモンの印象を話した後に、北斗さんと万葉の視線が俺に移る。
「この子は?」
「こいつはハルっていうんだ。小さいけどちゃんとオイラたちの仲間なんだぞ」
「ハルです。よろしくお願いします」
頭を下げそうになって、慌てて胸に手を当てる。この礼の取り方慣れない。もっとテイワット人の気持ちになってハル!
「お主は……」
万葉はじっと俺を見る。
「雪解けを促す風……、春を呼ぶ匂いがするでござるな」
……それは……俺の名前がハルだから…………?まって!万葉にそんな連想をさせないで!俺の脳もっとこう、風流さを頑張ってほしい!と思ったけど自分の脳に抗議をしている文句も語彙がなさすぎるので期待できなさそうだった。
神の目の抜け殻の話をさらりと万葉が口にしているのを見上げながら、万葉ムーヴ……と俺は感心していた。万葉も好きなキャラだけど、心の中に色々なものを秘めている人間があんまりそれを感じさせないところって、こう、良いよね……。
流れるように南十字舞踏会に参加することになって、参加させようと空君を褒める北斗さんに俺も気分がいい。北斗さんの強引さ、嫌な感じじゃないのがまた格好良かった。ショタから見て香菱ちゃんはお姉ちゃんって感じだったけど、北斗さんは姉御だった。語彙はない。
あっ、この展開って空君の戦う姿を観戦できるやつだし、万葉の万葉ムーヴが見れるやつじゃん!?傍観者の気分で楽しみになっていると、万葉が俺に近づいてきた。
「お主の足音は軽いでござるな」
「え?」
えっ、俺?体重が軽いってことか?痩せてはないと思うというか最近いっぱい食べてるな?
「旅人とパイモンはお主を大事に思っているようだった。きちんと土を踏みつけ、歩んだほうが彼らも心配を減らせるでござろう」
万葉が何を言っているのかよくわからなくて、困って顔を見上げると、万葉はやわらかく目を細める。
「帰るところを持つ旅と、持たぬ旅は、違うものでござるからな」
そんなことを言った万葉に、何か問いかけようと考えた俺は、パイモンの声に引き戻される。
「ハル!オイラたちも出発するぞ!孤雲閣に出場登録しに行かないと」
「はーい!」
返事をして俺は万葉に向き直る。よくわからないけど、心配してくれたってことだよな?
「ありがとう、万葉」
万葉を見上げると、万葉はただのお節介でござるよ。と頷いた。
「モンドでは風の導きがあると言うでござろう?拙者はその流れに乗ったまでのこと」
風流にしてとは言ったけど意味深にしてとは言ってないよ俺!よくわからないけどとりあえず頷く。手を振って一度北斗さんたちと別れた。
さて、空君の勇姿を観戦だ!
これ、俺が神の目なしでも戦える……のは主人公特権だから無理として、神の目を持ってる脳内設定だったら、旅をする時に一緒に戦えたのか?とふと思ったけど、俺に自分が戦うイメージをあんまり持てなかった。でも戦うなら法器が良いなあ。敵に近づかなくていいし。八重神子みたいな雷がいい。敵にバチバチしてえ。あっ、戦う俺もかっこよくね!?と思ったけど俺には神の目をもらうだけの強い動機とか色々なものはなさそうだった。現代人の無気力大学生をなめんなよ……。解散するわ。
俺が適当なことを考えているうちに、空君たちは孤雲閣について、大会への登録をする。
周囲の人間がざわついて、大英雄と空君のことを噂するのに、俺がめちゃくちゃにやにやしてしまった。実際に声が聞こえてくるのめっちゃ良いな!空君たちがちょっと半眼になって面白そうに賞賛を受け止めているのもいい。そうです!俺を拾った空君は大英雄なんです!
受付のお姉さんが一通りの質問を終えた後で、俺を見て気になったように口を開く。
「そちらの子は大英雄の弟さん……ですか?」
「そんなようなもの」
「ああ!お弟子さんなんですね」
お 弟 子 さ ん!!!!!!!空君の弟子!?なりたすぎるが!?弟って言われたのもちょっと照れるわ。ショタで良かった!空君のお兄ちゃんもいいけど、空君はお兄ちゃんだもんな!空君が説明を省くために誤魔化した内容とわかっていてもてれてれとしていると、空君が俺を振り向く。
「ほら、行くよハル」
「うん!」
空君に駆け寄ってご機嫌で俺は参加者の情報を一緒に集めた。
っていうか、やっぱり神の目の有無はテイワットでの人生をかなり左右しているよなあ、と感じる。でも神の目を持ってなくても強くはなれるし、人生は楽しい。準決勝で戦った奴の言う通りなのも、俺には分かる。伊達に17連勤してねえぜ。
パイモンと空君を応援しながら、強い人間と戦って満足げな空君に、俺も誇らしい気持ちにな。うおおお、展開を知っていてもワクワクが止まらねえ!これが臨場感!俺の夢はVR原神だった……?
万葉の意味深な言動に浜辺に行って、万葉と空君が手合わせするのを見る。俺ここでばちばちに警戒して鍾離先生に出てもらった覚えがあるわ……。今では重要なパーティメンバーだけど、聖遺物結構粘ったので空君に俺の万葉の熟知の盛り方見せたかった。あれ?そういえば空君、俺につける聖遺物でHPとか言ってなかった?数値も見えるのかな。俺の適当な設定だからその辺あやふやになってるだけかもしれないけど。
語る万葉の顔をじっと見上げていると、万葉は俺の視線に振り向いて笑んでみせる。視線がバレているのはそうだろうけど、うっ、改めて見ると可愛い顔してるなこいつ……。ショタの俺だって負けねえ!あと空君が一番格好良くて可愛いです!あっ、まってその辺の一位二位は蛍ちゃんと悩むのはそれはそう。
もうちょっと早く夢が始まってれば、ダインとか蛍ちゃんに会えたかもしれない。でも空君が落ち込んでるところを見たら俺も多分落ち込んでたわ。ストーリー進めた時に、ドウシテ……ってなったもんな。
万葉が、心情を上手に隠しながらも思うことを話す姿を見ながら、キャラが生きている感じがしてちょっと変な気分だった。夢みてるときって、妙にリアルなことあるよな。我が頭ながらよくやってくれてるぜ。と思ったけど、そもそも俺が単純なだけかもしれなかった。
とりあえず大人しくしておこ!と知っている通りに、決勝戦に相手が来ない展開が訪れるのを見る。万葉が空君たちに犯人を捕まえるのを手伝ってくれないかと言うのを聞いて、ってあれ?このイベント、俺がいたら足手まといなんじゃ……?
思い当たった俺に北斗さんが声をかけてくる。
「ハル!あんたはアタシと一緒にここに居な」
…………ですよね!!
ちくしょう!北斗さんとまってる間、凝光様の話聞いちゃうからいいもんね!!