「数日ぶりですね、ハルさん、鍾離先生」
「綾華お姉ちゃん!」
神里府に行くと、綾華が待っててくれて俺は駆け寄った。
数日ぶりの綾華はいつも通り可愛くてテンションが上がる。
「ようやく良いお知らせが出来ますね」
微笑んだ綾華に俺はぱっと期待した表情を浮かべる。
「もしかして空君たちに会える?」
「はい、お二人と今日、とある場所で落ち合う予定です。ですが少し気になることがありまして……」
「気になること?」
ずっと気になってたけど、今ストーリーでどの辺だろ?木漏茶屋に行くタイミングは何回かあったと思うんだけど、と頭にストーリーを思い浮かべる。と言っても結構うろなんだけど……頑張れ俺の記憶力!夢にリソース割きすぎか?
「実は……トーマという私の側近の姿がないのです」
「トーマ……?」
あっ、ってことは、トーマが捕まった所だ!
すごい緊迫しているシーンじゃん!空君たちがいるなら大丈夫だと思うけどどうしよ……と俺は綾華を見上げる。
「まずはお二人を木漏茶屋にご案内しますね」
神里御用達の木漏茶屋に入れる!こんな状況じゃなかったらめちゃくちゃわくわくしてたんだろうな、と秘密基地めいたあの場所のことを考えながら、俺は綾華の案内についていき、木漏茶屋の戸をくぐる。
「わん!」
中に入った瞬間、そんな鳴き声が俺たちを出迎えてくれた。
「イヌチャン!!!!!!!」
太郎丸だ!!!
カウンターにもっふりと座っている太郎丸に俺は駆け寄る。
「綾華お姉ちゃん、撫でても大丈夫?」
「はい、彼は太郎丸です。太郎丸にも聞いてみてください」
そう言われてそうか、と俺は太郎丸に向き直る。
「初めまして太郎丸。俺、ハル!撫でてもいい?」
「わん!」
うっっっっかっっっっわいい!!!!!
カウンタースツールに乗りあがって、ふもふわしゃわしゃと撫でてるとぺろぺろと舐められる。うわー!!かわいい!!!
「趣のある茶屋だな」
太郎丸にはしゃいでいる俺の後で、鍾離先生は感心したような声音で言った。
「ありがとうございます。せっかく来ていただいたのに、おもてなしできず申し訳ありません」
「ああ、気にせず行ってくると良い。ハルと太郎丸とで待っていよう」
「はい、それでは」
綾華はきちんと胸に手を当てて礼をしてから、急いだ様子で木漏茶屋を出ていった。
二人でカウンター席に座って俺は太郎丸を構い倒した。
「一人で留守番なの太郎丸は賢いね」
「わん!」
誇らしそうな太郎丸は絶対俺の言葉わかってるよな!
いいな〜〜〜一人暮らしの大学生は流石に犬は飼えないので道端ですれ違うイヌチャンが癒しだ。フリスビーとか持ってたら全力で遊びたいところだった。
それにしても、と俺は今後の展開のことを考える。うーん、この後、将軍と空君は初めて邂逅するわけだけど、俺はいない方がいいっていうか、先生どうしよ!?
他国の神様が来ているって知ったら流石に将軍もうごくかもしれない。急に緊張してきて俺は手を握る。
「何か不安ごとか?」
「あ、」
先生が声をかけてきたのに、俺は首を横に振った。先生に心配を掛けるわけにはいかないし、相談できる内容じゃないしな……。
その俺を先生はじっと見つめて、そうか、と頷いた。うわ、余計にどきどきしてきた。先生なんかなんでも分かってます、みたいな雰囲気があるから隠し事してる意味あるっけ?ってなるんだよな……。
そして俺は、カラカラと木漏茶屋の戸が開いた音に振り向いた。
「こんにちはー」
パイモンの声に、椅子を飛び降りる。
「そ、」
名前を呼ぼうとした俺は、入り口で俺をみて立ち尽くした空君にびっくりして足を止める。
「ハル?」
「う、うん」
空君の金色の目がまんまるになってる。パイモンもあ、と口を開けていた。
怒られる!!?とドキッとした俺に、パイモンと空君が一気に駆け出してくる。
「ハル!」
「ハル〜〜〜!!!心配したぞ!!」
ぎゅう、と二人に抱きしめられて俺は驚いて硬直した。
「そ、空君、パイモン……」
「無事で良かった!本当に心配したんだからな!」
ぐすぐすと鼻を啜るパイモンと、苦しいくらいに抱きしめてくる空君の腕に、俺は自分が思っていた以上に二人に心配をかけていたことを実感して、動揺したのと一緒になんでか泣きそうになる。
「空君、パイモン、ごめん……」
「無事だったなら良いよ。おかえり、ハル」
──なんだか。
なんだか、その言葉に、俺が本当にこの世界にいるような気がして、目が潤んでしまった。
「ただいま……!」
ぐす、と若干涙声になった俺に、うわ、格好悪い、と思っているけど、空君は安心した顔で微笑んで俺の頭を撫でてくれるので、それでもいいか、なんて思う。
「空はおまえが生きてるのを感じるっていうから、生きてるって思ってたけど、本当に心配したんだぞ」
「うん、ごめん、パイモン」
「俺もちゃんとハルのこと抱きしめてなくてごめん。怖くなかった?」
「すぐ気絶しちゃったから。あと……」
あ、と俺はふと、落ちる際に見えた金色の光のことを思い出す。
「先生が守ってくれたから」
「ああ。本来なら追いかけて飛び込むべきだったかもしれないが、既に稲妻の嵐の中にいた。力を使い、バアルに気付かれては全員の命を危険に晒す可能性があった」
あの瞬間にそこまで考えられるんだ、と俺は先生を見上げる。
「ありがとう、先生も。すぐにバリア張ってくれたの、気付かなくてごめん」
「構わない。お前が無事で良かった。良い縁もあったようだからな」
「縁?」
空君の疑問の声に、俺は八重神子のことを説明しようとして、空君たちはまだ会ったことがないことに気づいた。
やっべネタバレするところだった!俺はネタバレはされても良いけど配慮する人間です!
「鳴神大社の巫女のお姉さんに助けてもらったんだ。それで綾華お姉ちゃんのところにお世話になることになって……」
「そうだったんだ。綾華に後でお礼言わないとね」
空君が綾華って名前呼んでるのなんかちょっと良いよね。空君が見た目が同い年くらいの子達と仲良しなの可愛いよな。タルタリヤって呼び捨ててるのは格好いいと思う。タルタリヤには兄ちゃんなんて絶対つけないからな。
話に一区切りついたところで、丁度茶屋の戸が開く。
飛び込んできた綾華の焦燥に満ちた顔に、俺はぎゅっと胸が締め付けられる感覚がした。会ったことないけどトーマ大丈夫かな。
俺の想像通りに、トーマが捕まったらしいと告げた綾華に、俺は物語が大きく動き出しているのを感じる。
「空君……」
不安な声になっていた俺に、空君はしっかりと頷いた。
「大丈夫。トーマは俺が助けるよ。ハルはここに居て。先生も一緒に居てもらって良い?」
「ああ。お前たちなら大丈夫だと思うが、無事を祈っている」
「ありがとう」
一緒に行きたがる綾華を説得して、空君たちはマントを揺らして茶屋を駆け出していった。後ろ姿を見送り、俺は戸を閉めた。
心配そうな綾華を見上げる。
「大丈夫だよ。綾華お姉ちゃん」
俺の言葉に視線が合う。
「空君強いから!」
笑顔笑顔。とにぱっと笑うと、綾華は少しだけ笑ってくれる。ショタで良かった!ちっちゃい子の信じてる姿って元気になるもんな!
と、綾華を安心させたところで、なんだか今度は俺が妙に不安になる。
展開が変わることなんてないと思うけど、実際変わってないし、いつもの楽観的な感覚が戻って来ない。
さっき涙ぐんだからかな。
隣の鍾離先生が落ち着いた様子なのが心強くて、そういや俺人生であんまり緊張したことないかも、と思い返す。
ま、空君なら大丈夫か!なんたって主人公だもんな。
「早く帰ってくるといいね」
太郎丸が心配そうに鳴くのでよしよしと撫でながら、俺は先生とじっと茶屋で待った。
「はい、トーマ。この子ぎゅってして」
空君に抱き上げられてトーマに差し出される俺。
「え?」
戸惑うトーマ。そりゃそうだ。
外で大きな音がした後、空君たちはふらふらにの足取りで茶屋に戻ってきた。
「空君!」
怪我をしているっぽい空君に慌てて飛びつくと、空君は俺を抱きしめ返して、ふう、と息をつく。
「大丈夫。ちょっとびりっとしたけど」
雷の攻撃を受けたもんな。でもびりっで済むのが空君のすごいところだった。
すごくホッとしたけど、帰ってきたトーマの手首には縛られた縄の跡があって痛そうなのにもどきっとする。
「早くぎゅっとしないとハルが困ってるだろ」
パイモンの言葉に俺が困ってるのは、トーマに抱きしめられないからじゃないんだけど!と思いながら痛そうなので、ん、と両手を広げると、トーマはおずおずと俺を抱きしめる。
数秒して、あ、とトーマは声を上げた。
「痛くなくなっていく……!」
「へへ。ハルは回復役なんだぞ。ぎゅっとすると傷を回復出来るんだ」
俺のことなのに得意げなパイモンも可愛いので許した。
「へえ、すごいんだな君。でもそれならそうと説明してくれれば良かったのに」
そのまま俺を抱えて座り込んだトーマに疲労を感じて、ちょっと心配になった。命というか覚悟が懸かってたもんな。神里を支えるトーマからも、他の神の目を持っている人からも奪われちゃいけないものだ。
俺は雷電将軍というか影ちゃんも好きなので複雑な気持ちになる。
じっとしているトーマがあったかくて、微妙に眠くなりそうだ。体はショタなので仕方ない。
でもトーマはハグされても嫌じゃないな。ちょっと揶揄い癖があるけど良い奴だし。俺トーマが最初に出てきた時こいつ絶対裏切るだろって思ってたんだけど、結果的に良い奴だった。こいつとダチだったら楽しそうだよな。
と思ったところでわしわしと頭を撫でられた。
「ありがとう、ハル。人心地ついたよ」
ふう、と息をついたトーマは、疲れてはいそうだったけど、まだ目には溌剌とした光がある。
「どういたしまして」
役に立てると結構嬉しいわ。とにこにことするとまた頭をわしわしと撫でられた。お前なあ!俺が髪型を気にするイケメンショタだったら怒ってるぞ!
元の体だったら肩叩き合ってんのかな、と思いながらトーマと空君たちが、このまま茶屋に隠れる話をしているのと、抵抗軍に行くように勧められているのを聞いていた。
抵抗軍か〜。ってことは心海とゴローに会えるな!?すげえ楽しみじゃん!心海のふわふわ浮いてるモーションとゴローの尻尾気に入ってるんだよな。
あ、でも連れてってもらえんのかな、とちらちらと空君を見てると、ハルはどうする?と空君に聞かれるので食い気味で答えた。
「行く!」
「分かった。じゃあ一緒に行こう。先生も来る?」
「ああ、共に行こう」
先生がついてきてくれるなら安心だな。俺も回復出来るし。
でも戦争しているところに行くのはちょっと気が重い。でも終わる戦いだ。
なんて思っていたのが甘かったことを、俺はすぐ知ることになった。
「…………」
空君たちが、抵抗軍の所在地について調査しているのに着いていきながら、なんだか俺は落ち着かなかった。
足元に残る抵抗軍の旗の残骸を見れば、戦闘があったことがわかる。
実際に話を聞いていると、みんながどれほど困っているのか、不安に思っているのかが分かってちょっと苦しかった。今俺の目の前には居ないけど、もっと辛い思いをしている人たちがいるのが、ありありと想像出来るのがなんというか、俺の想像力もうちょっと手加減してもええんやで。
「ハル、顔色が悪い。大丈夫か?」
先生に声をかけられて、先生の顔を見上げる。
「うん、大丈夫」
「ずっと歩き通しだし、少し休憩しよう」
「大丈夫だよ。ただ、ちょっと……」
何て説明したら良いのか分からずに口籠ると、空君はそっと頭を撫でてくれた。
「ハルは優しいね」
「そう……かな」
優しいわけじゃないんだよな。
でも空君がそう言ってくれるならしっかりしてないと、と思って顔を上げる。
「あっ」
その時、風に流れてきた剣戟の音に、俺ははっと気づいた。
もしかして、このあたりって哲平が襲われてるとこじゃね?!
「空君!こっち!」
「あっ、ハル!一人で行っちゃ危ないぞ!」
飛び出した先で、男が数人の幕府軍に囲まれているのを見つける。一人が刀を振り上げたのに俺は無意識のうちに刀を取り出していた。
「やめろっ!!」
体が風みたいに軽い。一瞬で男の元にたどり着いて、小さい体を相手と男の間に滑り込ませる。
「ハル!」
誰かが悲鳴のように俺を呼ぶのが聞こえた。
ガキン!と音がして俺は相手の刀を受け止めた。ま、間に合った!
「うっ……」
と思ったけどめちゃくちゃ重てえ!!
「な、こ、子供……!?」
怯んだ調子になんとか押し戻して、俺は体勢を整えなおす。背を伸ばしてじーちゃんに教わった通りに息を整えて刀を構える。
その俺の前に、空君がひらりと駆け込んできて、剣を構えた。うおおお今のめっちゃかっこよかった!!テンション上がる!
空君が来てくれたなら大丈夫!と入れは後ろを振り返る。
「お兄さん大丈夫?」
「あ、ああ、ありがとう」
急いで立ち上がった男は、怪我もしているようすはなく、間に合ったみたいでほっとする。
そこで、あれ、俺が飛び込まなくても空君が間に合うシーンだったんじゃね?とちょっと思ったけど、まあ結果オーライってことで。
いやでも哲平の顔ってモブ顔だったせいか全然記憶にない。こいつだよな?
空君たちがあっさりと幕府軍を追い払ったのに、俺はほっと息をついた。
「ハル」
空君がちょっと強い調子で俺を呼んだのにびっくりした。
「な、なに?」
「次からはあんなに危ない方法を取っちゃダメ。すごくびっくりした」
「あ……、ごめん……」
何だか分からないけど、間に合うって思ったんだ。大丈夫って。
「ハル、戦えるようになったんだな?オイラもびっくりしたぞ」
「あ、うん、綾華お姉ちゃんのところにいたときにちょっと教わって、あとは先生と一緒に修行もした。まだそんなに強くないけど……」
俺はおずおずと続ける。
「空君の力になりたくて」
俺の夢なんだから、俺が足でまといになるのはちょっと、って感じだしな。
すると空君は目を丸くしてから、俺のことをぎゅっと抱きしめてきてびっくりする。え!?怪我してた!?大丈夫空君!?
「ありがとう、ハル。でももう俺の力になってるよ」
そんな風に言ってくれる空君にじんとする。
空君は優しいな!報酬扱いだったけど、そのせいかちゃんと面倒を見てくれている。責任感が強いよなあ。でもちょっと役に立てるようになったのは普通に嬉しかった。
「そうだぞ!ハルはオイラたちの仲間だからな」
パイモンも腰に手を当てて心配したんだぞアピールをしてくる。可愛い。
「うん、気をつけるよ」
その間先生が腕を組んでじっと俺たちを眺めているのをちらりと見る。あんまり普段と表情変わらないけど、あたたかい目をしている気がする。
うーん、正体知ってると神様感すげえ。見守られてる感じがする。
「助かったよ。みんな強いんだな」
哲平が口を開いたのに、俺は空君とのやりとりを見るために黙った。
間違ってたら同しようと思ってたけどやっぱり哲平だったらしい。哲平は空君たちの強さに喜んで、軍営に連れて行ってくれると言ってくれた。
話はシナリオ通りに進んでるな。多分だけど。意外と細かいところ覚えてない。ゴローと会うんだっけ?
ゴロー様って呼ばれてるのなんか新鮮、と思いながら、そういえば綾華もお嬢様だったもんな。トーマのお嬢はちょっと意味合い違う気がするけど。
軍営に到着して、俺はどきっと足を止めた。
近くにゴザみたいなのを敷いて横になってる人とかいる。怪我してる……。
哲平には慣れてる光景なのか寄ってきた仲間に空君たちが凄かったと話をしている。そして話は傷薬に移り、オニカブトムシの……オニカブトムシ!!あのでけえカブトムシ見られるじゃん!!えっ、めっちゃみてえ!でも傷薬にするって……。想像するのはやめました。
俺も空君たちと虫取り行きたいと思いながらも、どうも横になっている怪我人が気になってしまう。
「空君」
俺の呼びかけに空君は、ん?と俺を振り向いた。
「俺、ここで待ってる。怪我してる人気になるから……」
「……無理してない?」
「大丈夫!」
元気よく答えると、空君は頷いた。
「怪我人だけど、ハルが手伝ってくれるって」
「え?どういうことだい?」
「ハルは抱きしめた相手の傷を治す力を持ってるんだ」
「どれくらい回復するかは分からないけど……」
今までそこまで重症の人には会ったことがなかったけど、まあ、これも修行パートの一環だろ。
「任せて!」
胸に手を当ててそう意気込んだあと、俺は先生を見上げる。
「先生はどうする?」
「俺はハルと一緒に居よう。旅人、心配せずに行ってくるといい」
「分かった。ありがとう先生。じゃあ、ハル、行ってくるから」
「でっかいオニカブトムシ見つけたら、見せるからな!ハル!」
手を振って空君たちと別れる。
さーて、がんばりますか!
「おおっ!坊主!お前すごいなあ」
「楽になったよ。ありがとう。あっちに傷のせいで熱を出してる奴がいるんだ。そっちにも行ってやってくれないか」
「ありがとうございます……!これでまた戦えます!」
「ありがとうな、坊主は救世主だなあ」
へっへへへへへへへ!
人生でこれ以上ないくらいに有り難がれてめちゃくちゃくすぐったくなりながらも、俺は怪我が酷そうな人たちに順番に抱きついていく。
血の匂いがしたり、よく分かんない生薬っぽい匂いがしているけど、気にしないようにした。
みんな大変な状況で物資も不足しているっぽいのに、俺にお菓子や果物なんかをくれようとする。怪我してる方が栄養つけた方が良いのに。多分貰った方がくれる人が嬉しそうだなと思って貰っといた。あとで外に出してもらえなくてつまんなそうな子たちにあげよ!
「ハル」
「ん」
「眠そうだ。そろそろ休んだ方が良い」
「んー……」
と言われても疲れてるし、頑張った成果体がほてっててぼろな木の床の冷たさが気持ちよかった。
体力ついたといっても子供体力なの忘れてたな、とうつらうつらしていると、誰かが俺を抱き上げるのを感じる。
「……せんせい?」
「お前のやりたいことを尊重はするが、そろそろ加減を覚えた方がいい。旅人たちも心配する」
「うん……」
でも、みんな傷が良くなって喜んでたしさ。
せっかく良い夢なんだから、みんなが良い方が良いじゃん。
そんな返事は言葉にならずに、俺は久々に寝落ちたのだった。
「……あ、れ?」
ふと目が覚めると、見知らぬ空間に立っていた。
円形の地面に、また円を描くように赤いもやもやとしたバリアみたいなのが張ってある。少し崩れかけの鳥居がいくつもあって……いやこれ!!見知らぬ空間じゃねえわ!!雷電将軍の一心浄土じゃん!?なんで俺ここにいるの!?夢!?夢の中で夢見てる!?あとやっぱ再現度高え!!こんな感じだったわ!!やっぱ無意識に原神って染み込むんだな!
テンションを上げながら視線を前に戻した俺は、そこでびくりと硬直した。
空中に浮いて冥想している雷電将軍がいた。片足下ろしてる座禅?みたいなのかっけえ。
雷電将軍はそれからふわりと地面に降り立つと、ゆっくりと目を開ける。その目が俺を見据えて妙に心臓がどくりと音を立てた。
「ここで何をしているのですか?」
あの凛とした人を寄せ付けないような声が届いて俺は動揺する。生で聞くとめちゃくちゃ迫力ある。
「えっ、あ、その……」
将軍はゆっくりとこちらに歩いてくるのに気圧されつつも、後にさがったら将軍を傷つけるような気がして出来なかった。これだから慮る日本人は!!
「姿が変わりましたね。ここしばらく、稲妻には訪れていなかったようですが、ずっと璃月にいたのですか?」
えっ……。
俺は雷電将軍をまじまじと見返した。誰かと間違えられてる???
「元々弱々しいとは思っていましたが、今はさらに弱っているように見えます。何があったのですか?」
「なに、って……」
雷電将軍は戸惑う俺の姿に、ようやく何かおかしいと気付いたのか足を止めた。
「どうして何も言わないのですか?普段のあなたなら……」
「ら、雷電将軍……俺は……」
呼びかけると、雷電将軍は目を見張る。まるで将軍と呼びかけられたのが信じられないと言った反応だった。
「私のことを覚えていないのですか?」
その顔が、表情は変わらないにしてもショックを受けているようだったのに俺は動揺した。
覚えてないっていうか、会ったのは画面越しでこうして対面したことはない。やっぱ誰かと間違えてるな!?待ってくれ俺の脳!この展開は読んだら面白いけど実際に遭遇したらめちゃくちゃ心が痛いやつ!!
「ご、ごめん。分からなくて……」
どうしたら将軍を慰められるのか分からなくて俺はおずおずと将軍を見返す。そんなに似てる顔なのかな。どういう設定なんだろう。あんまり俺のついていけない設定で進まないでくれない??????将軍好きだからなんか辛いじゃん!!
「どうしてこの場所に来ることが出来たのですか?」
「それは……夢を見てて……」
「夢?」
雷電将軍は俺の言葉を繰り返してから、ゆっくりと言った。
「あなたに夢は似合いません」
その言葉がやけにはっきりと耳に届いて、俺は息を飲んだ。
「確かに、あなたは永遠の中にはいない。帰りなさい。私とあなたは、もはや相容れぬ者です」
「将軍、まって……」
将軍が俺に手のひらを向ける。
次の瞬間、俺の意識は再び闇へと落ちていった。