新しい人へ3(閑話)/当たりくじ新しい人へ3・閑話
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四枚一組のカラー写真データが、複合機から出力された。
午前四時半の経営管理室には誰もいない。
成城の喫茶店からの帰り際、これを持って行けと差し出された。
お会いするたび、いつも頼んでいらっしゃるナポリタンの匂いが思い出された。ぼくも好物になっていた。
フォルダの中身は、動画と写真の束。
、、、何も服を付けず、床の上で淫行に耽る、2人の姿を捉えている。
周囲には、こちらも開放的な、若い女性たち。二十代前半といったところか。
股間と豊かな乳房が丸出しで、涅槃している。......。これはギタリストの彼女だ。
化粧は薄いが、たしかに僕も見覚えのある顔。
下生えと同じ色の御髪をゆるく束ねている。細腕に、締まった太腿と柔らかい腹部。浴衣をはだけ、艶絵のようだ。
グラビアアイドルにはない、肉の匂いと高揚の血の色。お見事。
三、四十畳はある広い室内で、布団が六枚並べてあった形跡。
乱れきっている。
昼間の青い海が、大きな窓に映し出されていた。
全員、うちで契約している音楽家。おおきなため息が出た。
どうして御年九十二歳の名誉顧問が所持しているのか。社内サーバに残すことはためらわれる。
USBから持出し用HDDに転送した。
腹に夏布団をかけて、愛睦まじく、向かい合って添い寝する。
但し男性同士だ。
おやまあ、、、。
今より少し細い。四年前の記録だという。
造形の出来はどうでも良い。
敢えて、好みはどっちといわれたら、猫背のほうかな。実は精悍な顔付きなんだと知る。
四枚五枚、、次ページ。なぜこの2人ばかり。
おっと、これは!
大きいな。大笑いした。ふたり共か。片方は破顔している。ベストショットだがどうしたものか。
ゴルフや焼肉パーティーの様子なら周囲に見せるが。
おれは正直、彼女たちのいいところにチェックして、漁り続けている。
接合が見えているものが何枚かあった。顔が見切れていたり、全身のものも。
そして、もう一つ。動画。
うまく撮れてしまっている。思わず音量を絞った。二台使いだった模様。これは腰高の固定。
ドラムの子。素晴らしい、素晴らしい腰つきじゃないか。
騎乗位。昼の光。フェラチオ。
年甲斐もなく催した。一人で処理した。
こんなことは社内でやらかすのは初めて、でもないかな?ハハハ。
職業柄、この手のバカンス写真は時々遭遇するのだ。
大昔だが、現場に連れ込まれた記憶もある。
だてにディスコやファンクに塗れて生きてる訳じゃあない。
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犯罪ではないのだ。彼女たちも存分に楽しんでいる様子。おかしな顔色はない。
たのしい海水浴の、思い出の一コマだと。
自活している成人なのだから、後ろめたくもないだろう。
さて、男二人はどうする。、、、
現役時代、わりと不憫な思いをさせたからな。今の基準なら武道館やアリーナツアーくらいやれるのだ。このくらいご褒美をやってもよかろう。
甘い考えですか?
それでも、彼らには感謝している。
ブランドを構築するってこういうことだよな。この二十数年、存分に見せつけてくれる。
当時上にいた、過小評価した俺らは賭けに負けたほうなのだ。
幸せそうだ。これは参ってしまう。
溶け切っている。背面座位のすごい一枚があった。
声が聴こえそうな。
着乱れた浴衣、全身で感じている表情。女優さんだ。いや、立派なものがそそり立っているが。
もうまともに顔は見られないな。あの番組すら。
2人共、既婚者のはずだが、そういうものであろう。
確かに、撮りたくもなる。
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当たりくじ
乱交。湖のほとりで。
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一生に、数え切れぬほど足が向く、勧誘の地。
千二百年以上、女性を受け入れなかった場所。
平然と、四つ足、と呼んでいた。
廃れるべくして――。
みちのくの、最も古い神様のひとり。
大洋、八戸湊から、能代ヘ、八郎潟へ、日本海へつながる、因縁の行路。
僕らの街の方角よりも、大館や、あるいは八幡平、鹿角、弘前に、長い歴史ある町で、湖にまつわる風習は濃淡をつけて残る。
ここは渓流の行き着く先の運河、小さな集落。
僕らはいつでも湖に帰りたい。それだけのこと。
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もうすぐ十一月になる。
家でも、スタジオでも、バンド時代の曲をときどき歌っている。
彼に、愛しているよって目の前で告げるの、随分時間がかかった。
最初にエッチして、ボロボロになって帰ったあとも。
結婚式で会ったときも。
熊野神社に行くために、温泉のところに行ったときかな
本局で、僕の無責任な生き方が、厳しく問われたときに。
導師は、心を尽くしてなぐさめてくれたが。
――もうすぐ午後六時。
今日も、誰とも会えなかった。テレビなんて絶対に点けない。
たとえどこかで淳ちゃんの曲が流れてても。
ネットですらしんどくて、今はPS4だけが頼り。
少し歌っていなければ、どうにも心が持たない。
ベランダで頬杖を付いていた。
タバコが一本終わる。
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「本局行って、そのあと熊野に行こう。」
淳ちゃんは来月、八戸に行くという。
一緒に帰らないかという誘いがあった。
僕が子供のいる一家に帯同する訳にもいかないし、どういうことかと思ったが。
「俺は一人だよ。世話になった学校の先生の退官祝いに行くの。
行きはバラバラで、駅で合流すれば良いかな、と。」
「なるほど。じゃあ、日時教えて。」
彼は、僕が最近東京を離れがちなのを知っているのだろう。
常に高速道の上にいるか、鉄路や空路の予約を消化している。
あちこち呼んでいただけるのは本当にありがたいけれど、この時期、空港や乗車内で風邪を貰うのが少し怖かった。
二月が終わる。
朝七時四十分、東京駅22番ホーム、新函館北斗行はやぶさ6号四号車の席につき、蓋付きのコーヒーをホルダーに据えサンドイッチの包みを開け、漫画の続きを読み、そういえば前日寝ずの番で、二時間爆睡した。
盛岡より長く続くトンネルを抜け、暗灰色の天に晴れ間覗く。
北風、粉雪打ち付く八戸の入口が車窓に映る。
午前十時。頬杖を外した。タバコを吸いたい。
襟巻きをつけ、マスクをかける。
これは経費を精算できない移動だと気づいたのは、降車後である。
エスカレータに乗る時。
あれ、持ち上げたカバンが軽い。
うわっしまった!!
今日ぼくは仕事のPC持ってきてない!!
そういやどこの現場に行けば良いんだっけ??
...。問題はなかった。寝ぼけていた。靴箱の上にPC置いてきたんだよな。
デートをするんだという自覚がないまま、予備日含め5日間のカレンダーを埋めてしまった。
外で一服し、今トイレを出たところ。
見上げると種差海岸の大きな観光写真。コンコースの電子案内板に目を移す。現在、外気はゼロ度。内陸はもっと冷え込んでいる。
コートの懐中でチャイムが鳴る。東口へ向かった。
””
淳ちゃんは頬だけ赤く、あとは青白い面持ちで、二日酔い気味だった。ちょっと姿勢が悪い。
でも機嫌は良い。ホテルから出て、鋭い冷気で調子が戻ったという。
直ぐそばのレンタカーの営業所に荷物を預けていると。
「ちゃんともってきた?」
「...。ああ、あれですか。」
目を見て、ゆっくり頷いてくれる。
自宅でどうやって管理しているのか、心配なんだが。
責任を持って僕が預かり洗濯すると言っても聞かないのだ。
奥さんにバレたらどう説明しているのか。
風呂の手ぬぐいだと言いはっても、紐がまずいでしょう、紐が。
だいたい俺が洗濯番で、自分でベランダに干すからバレないと言う。
「子どものハンカチと一緒にアイロンかけるからね。」
...。大事にしてくれる分には、ありがたい。贈った甲斐が有る。
「俺はナカコーくんの事が大好きだからさー。」
「なるほど、使うのが勿体ないな。」
僕は、家族へ向けるはずの愛を脇からかすめ取り、生きのびている。
" 俺の愛の泉はつねに潤沢だから、溢れた分を誰に与えようが支障はない "
と言うが。
一盗二卑三妓、、、。
卑しい。僕のことだ。
一応籍は入れているとはいえ。
これから、確かめにいく。
たとえ余罪を問われ、折檻され、気を失っても、淳ちゃんが娑婆へ引き上げてくれる。
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(続)