記別 その３　…。
　冷静な判断を欠いていた。

　いわゆる忍術、奇術の撹乱。


　大袈裟である。
　そして、めちゃくちゃ笑われた。
　なんてことない。浴衣といっしょに､備付のパンツを、渡されていただけ。
　今はやりの岩盤浴などを楽しむ、たくさん汗を出すお客のために用意しているのだ。
　……知りませんでした。

　さっぱりと、穏やかな笑顔でロビーに現れる。
　結局二名は欠席の旨、折り返し。

　寮の近くまで送っていくよ、という言葉。

　僕は、近場のATMで財布の補充をするから、と遠慮した。

　本当は機材車（ぼくのボロ車）の車検やメンテ用に積み立てたお金。
　年が明けるまで絶対に触らないと決めていたのだけど。


「ひとまずスッキリしたなあ！」
　貼り替えた､背中の湿布の匂いが微かに漂う､車内の助手席。
　カーラジオのFMから、とんねるずの十六年前の曲が流れている。

「……。」
　ぼくは､もろもろ欲求不満である。
　あらためて、冷静さを欠いている。

　傍にいてくれると､むず痒く、体温が〇・五度上がり、嬉しい。
　どっかり座って居られなくなる。



　避難階段を出たあとの光景。

　 音楽が、やっと、聞こえた。



　ただ、この人のために頑張りたい、と。

　可愛がられたい、慰められたい、という気持ちは、それほど。

　何を言われようと挫けず、ベストを尽くせば、そして。

　重い長椅子やベッドを担いで県内をドサ回る必要はなくなる。

　痛みがひどければ休養を申し出て良い。

　僕が草津でも瀞峡でも、ガス代を気にせず､送り届けることができる。

　まだ彼は二十四歳なのだ。
　音楽家はハタチで人生が決まるなんて、うそぶく奴ら、退場しろ。　

　焦りと苦悩の中、潰されぬよう、できれば僕と、長く走り続けてほしい。


※※※


　ゴミ袋片手に、二週間カーテン閉めっぱなしだった部屋を片付ける。


　掃除機のスイッチを止めた瞬間。
　夕方の六時。
　グラウンドからサッカー部の掛け声が、遠く。
　西日と、穏やかな南風。
同じ階のやつの、廊下を渡る、ドタドタした足音。

　FMラジオから、十九歳でメジャー・デビューしたロックバンドの、十二枚目のシングル曲が流れる。

　彼らは結成十年の節目に、解散を決めた。


　僕らは、まだまだ、何もできてない。

　やれることが、沢山、沢山あるよな。

　学校を、この寮を追い出されてから、僕の人生がやっと始まる。中野くんと一緒に。



　パンツを履き忘れた、実在しない、観音様。

　僕に声を掛けてくれて、ありがとう。
　
　 愛しています。

　天竺に行ける日まで、見守っていてください。

　そして、いつか一緒に、セックスさせてね。

※※※