喘息もう、ここで行き止まりで良いのでは。
※※※
子供たちにプレゼントを贈り、通知箋の結果で喧々諤々し、夜は歌番組やドッキリを見ながら団欒し、二十六日は御殿場の日帰り温泉に出掛けるなどした。
露天で雪がちらつき、皆はしゃいでいた。
仕事納め。
俺の仕事。
………。足元にこぼれ落ちた愛を、桶に汲み担ぎ、御座の裁きへ。
今年の俺の、ご無礼の数々。
誰もが、許されたくて。
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とうとう、マンションの門をくぐった。
ここまで来るのに、二十年以上。
実家でない、二十一世紀の彼の居城。
俺のアパートには昔何度か呼んでいた。
訪問を受けた時、自分を見失い、彼を殴って追い返したことがあった。
今日の道行も、本当は間違っているのかもしれない。
十二年経って、謝っていない。
靴を脱がずとも、そのことだけ、会ってちゃんと済ませることができれば。
※※※
「信心深いね」
「うちの町、お稲荷さんしか無かったからな。こっち来て、いろいろ勉強したの。」
「あー、そうだ、神田明神でライブしたんでしょ」
「ホールは出来たばかりでピカピカだったよ。面白かったな。御茶ノ水は普段近寄らないし。また行きたいなあ。」
ああ、タバコ吸ってもいいよと言われ、紙巻きを一本頂いた。
窓を開けるためナカコーくんはコタツの外へ。
「長野いいね。軽井沢以外は、しばらく行っていないな。」
「諏訪のあと、伊那に行ったし、今度早太郎温泉も行きたいなと。」
「アッ、山犬が化け物を退治する奴だ。」
「よく知っているね。」
「付き合いのある奴、伊那とか飯田とかの出身のが何人かいて。」
「へー。」
和んでいるような、少し、よそよそしいような。
良いお土産を貰って、まだ栓は開けていない。
軽く飲んで、気持ちよく帰っていただくのもアリか。
天板に、両腕を伸ばして乗せる。
頭をその間に。
「殴ったりしてごめんね。」
……。唐突すぎた。完全に忘れていた。
「いつの話さ。別に気にしていないよ。大丈夫。僕も悪かったよ。」
「いや、神前では、ちゃんとしておいたほうが良いと思って。」
「なるほど。」
心もスス払いしたいと。良いんじゃないの。
袋をゴソゴソやって机上に。こちらも、いただきもののミカン。酒に合わないかもだが、大きくて甘く、たいへん美味しい。
房を割って、渡した。もぐもぐしている。
「あの札はねえ、」
諏訪湖の神様が、僕をもてなしてくれて、そのお返しに納めたの。
初めて来たのに、宴会も出せず、寂しい思いをさせたから、せめてと言って。優しいね。
「意味深!
何、神様と、どこで会ったの」
宿の、枕元に現れたよ。
ほうほう、子守唄でも聞かせてくれたの?
「それは内緒。」
ケラケラ笑っている。僕は酌をする。
「そっくりだったよ。上手いもんだなあと思って。」
「誰の歌マネ? "うっせえわ"演った?」
どうだったかな。俺も聞きたい。
adoさんのマネをする、淳ちゃんのマネをする神様……。解りづらいな。
※※※
いつの間にか、半分、部屋のカーテンが引かれていた。窓も閉め切られ。
昼の一時から、室内に照明が点いていた。
「泊まった部屋、畳敷きでさ、おれがさて寝るかと布団をめくったら、淳ちゃんそっくりの神様が隠れてて、」
びっくりしたよ。
一人で寂しくしてたから、嬉しくて、
嬉しくて。追い出すなんて、とんでもない。
僕はこたつ布団の下に隠して、彼の訪問を喜び、充血して、左手で、お祝いしていた。
「俺が同じ部屋で寝たら、どんな姿で現れンのかしら。面白いね。なかなか気が利く神様だな。」
「一人で往くことはきっと無いでしょ。来年には、ニンゲン同士で楽しく酒盛りできるだろうし、そんないたずらみたいなことは辞めるんじゃない?」
「えー!会いたいんだけど」
「神社のお布施が減って、営業活動に来ていただけだもの」
――あのときの、神様にそっくりな面持ち。笑っている。
トイレ貸して、と立ち上がる。
玄関へ向かって右の茶色いトビラ、素っ気なく返す。
※※※
淳ちゃんは背を倒し仰向けになった。
敷物の感触を左手の甲で確かめている。
「これ新品じゃない?」
「そうそう、この前、大そうじのあとに買ってきた。」
新婚さんぽいね、とからかわれる。
……。照れ笑いで返すが、それ、半分間違っていますね。
これ、彼女の前では、特にコタツの下では、使わないと思うんだ。
「汚しちゃまずいな。」
「そうねえ、飲み過ぎで吐いたりしなきゃ、別にそこまで気にしないで。」
「…やっぱ、おれは怯えているな」
「昔のことに捕らわれて?」
「いや、ナカコーくんに、奥さんができること。」
「そうかい」
「今まで、『幸せになりたくないのか』とか、散々問い詰めたくせになあ。ダメだね。勝手な人間だ。」
「でも。夢には。神様の前で正直者になったら、淳ちゃんが来てくれて。」
「作り話でしょう。」
「嘘のほうがマシ。その後、布団の上でヌいたとき、これは参ったって。」
ツアー中、他の街でも、彼女あてに果物やらお土産をたくさん送り届けたんだけど。
妙に気まずくて。
「うん。オトコじゃなきゃ、って気持ちになるときはあるよ。しゃあないね。」
「変わりたくても、難しいことは。」
じゅんちゃんは、ヘソの回りをくつろげはじめた。
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一人暮らしが、もうすぐ終わる。