トロフィー代わりの景品一名「ハンデは?」
「要らない」
「本当に?」
「要らない」
「なら今日も僕が勝っちゃうんじゃない?」
「……要らない」
強情な子供だ。
「やっちまえランガ!」
「暦――うん、今度こそ勝つ」
「……はあ」
勢いがあるのは悪いことではない。けれどいい加減戦いに工夫ってものをしてみたらどうなんだ。滑る時の大胆さも緻密さも今のランガからは一切見いだせない。そこで押せ押せの応援ばかりしている赤毛だって、姑息な手の一つや二つ出してやればいいのに。
大体何だくすぐり勝負大会って。キャップマンの困惑しきった報告を受けそんな物Sでやるなと言いに行ったところ「何?お前弱えの?」と舐めた口を叩かれ即参加即優勝したまではまあ良いとしよう。二回三回と続くとは夢にも思わなかった。つい勝利してしまう自分も自分だが、毎度のことながら出場メンバーが軒並み弱すぎる。自分とランガの一騎打ちになると解ってどうして彼らは何度もこんなおかしな大会を催すのか。理解に苦しむ。
「行けランガ!その男に引導を渡してやれ!」
「昔脇腹が弱いって言ってたぞ!狙え狙え!
先ほど倒した連中がうるさい。脇腹はその後で克服した話もしただろうが。
こんな阿呆なイベント強引に潰してやりたいが、これも理解できないことにそれなりにギャラリーが居る。何なんだ本当に、騒げればいいのか全員。
「そこまで言うならハンデ無しだ。始めようか……!」
背を押す歓声に逆に気が抜けそうだ。自分のエンターテイナー気質が恨めしい。
「……」
サッとランガが背を丸めた。弱い腹部を隠しこちらの懐を狙う表情は真剣そのもの。
「……ランガくん」
「なに」
「これいつまで続ける気?」
「もちろん、勝つまで」
それだと一生終わらない気がするのだが。
悪寒がする。危険で刺激的なSが馬鹿のパーティー会場になりつつあることへの恐怖だ。
やりきれない思いが脳を回った、一体どうしてこんなことに。
「それじゃ二人とも準備して――始め!」
少年がじりじりと近づいてくる。軽く息を吐くと一気に身を繰り出すが。
「甘いなあ……」
「――!」
そんな予備動作、かわしてくれと言っているような物だ。背後に回るついでに襟を掴む。彼の持ち味である瞬発力を活かすのはいいがもっとやり方が――いけない、自分もこの狂った状況に大分毒されている。
容赦なく膝下を崩し地面に伏せさせた。太もも裏に足を乗せる、唯一抵抗できる手がじたばたと動くが無駄だ。
勝敗は決した。あとは適当にくすぐって笑わせれば終わり。これで自分の優勝。そして後日またこの心底下らない大会は開かれる。それでいいのか、いや良いわけがないだろう。かかる時間が長いわけではない、あっさり負ける奴らの顔は愉快だ。だがそれより自分は、この今もがいてる少年と少しでも長く滑りたい。
未だ戦意の衰えないランガが抜け出そうと暴れるせいで襟が強く引っ張られる。柔らかそうな後ろ髪の先、覗く白いうなじに心中の欲がわずかに疼いた。
ああそうだ、参戦の理由はただ煽られたからじゃない。あの時自分は勝負にかこつけて彼に軽く触れようと思ったのだ。何もかも浅はかだった。
悔しいが敗けだ。理性の敗け、本能の勝ち。
ギャラリーに見えないよう、四つん這いに近い体勢で彼を覆う。肘で腕と顔を固定させつつ壁を作り、その首筋を。
「――」
ひ、だかぃ、だか解らない声をランガがあげた。さっさと立ち上がる。
「……はいくすぐったがった。僕の勝ち」
静まる全員を置き去りに早々と輪から抜け出し、さて帰るかと出口へと向かおうとすれば真っ先に正気を取り戻した赤毛に呼び止められた。
「お、おい!何だよ今の、よくわかんねえけど反則じゃねえの!?」
ルールもろくに整備されていない大会に反則なんて物はない。鼻で笑って振り返る。
「そうそう」
だめ押ししておこう。
「次から僕はああいった方法で君達を倒すとしよう。それが嫌ならこんな大会、二度と開かないことだ」
戦場を囲むギャラリーの円。そこにぽっかりと今しがた自分が通ったせいで道ができていた。中心で首を押さえてへたりこむ少年、その顔の実に赤いこと。優勝した本能に相応しい褒美の品だと言える。