さわらぬ恋路に 馳河は休みか。教師が聞くとクラスのほとんどがこっちをチラ見した。俺が言えってか。
「あー、あいつ保健室なんで。後から来ます」
納得したらしく教師は背を向け、カッカッとチョークの音が響きだす。無事ランガが到着したのは数分後。「聞いてるから座っていいぞ」の声に素直に従った相棒は教科書を出すのも後にしてこちらを向くと、ぱくぱくと口を動かした。「ありがとう」か。こいつも俺だと思ってんだな。まあ悪い気はしないけど。
それにしても目立つな。その顔ど真ん中の絆創膏。
「……それ、五つ目だよな」
「……うん」
真顔で頷く手の中、六つ目の菓子パンが開いた。
確かめたくなるほど異常な食欲だが、今日に関しては解らなくもない。俺も珍しく弁当だけじゃ足りなかった。全て手伝いで来た体育主任が異様に準備運動とかやらせたがるタイプだったのが悪い、おかげで全身ヘトヘトだ。
「ふう――ごちそうさまでした」
「って、もう食い終わったのかよ」
いつにも増して食べるスピードが速い。よっぽどランガの身体がエネルギーを欲していたのだろう。
「はー……」
「そんで寝るのか……」
仰向けの友人から出たか細い「つかれた」は空に届かずそこらで落ちた。しかめた鼻に合わせて絆創膏にもしわが寄る。
「やっぱ痛いか、鼻の」
「全然」
ハッキリ否定するわりにはどうも顔が暗い。意外とこういうの引きずる方だったのか。確かにアレはいつものランガなら避けられてた気もする珍しいミスだったが、完全に偶然の事故でもあった。必要以上に気にすることでもない。
「まあそんなしょげんなよ」
「……しょげって何」
「え、んー……とにかく落ち込むなってこと」
「落ち込んでない」
「いいから。俺だってあんな事になったら落ち込むって」
「だから、落ち込んでない」
「……マジで?」
こくんとランガが頷く。本当に一切気にしてないらしい。
「痛くないし落ち込んでない。ぶつけたこと、あんま覚えてないし。手当てしてもらった時のほうがよっぽど焦ったし落ち込んだ」
マジかこいつ。サッカーボール二つ顔面と腹に同時にぶつけて気絶した感想がそんな感じなのか。
「それより疲れた」
「オマエすげーな……」
ごろごろと灰色の床を転がる友人が疲れたと何度もぼやく。
「そうだな。疲れた。キツかったな」
「うん」
「あいつマジで容赦ねえよな。全身おかしくなりそうだわ」
「うん。普段使わないところばっか使わされた。おかしくなる」
「もう何回やらせんだっつうか」
「ほんと。何度も頼んだのに……」
「……頼んだ?」
「明日体育あるからやめてって」
今日のランガはやけに喋る。腹がふくれているからか、眠いからか。はたまたボールが顔面直撃した後遺症か。
「目ぇ覚めて、首に何もないから安心してたのに」
――これ、俺が聞いていいやつ?
「服めくったらあんなことになってるなんて。聞いてない」
「なあランガ、そろそろ……」
「すごい焦った、先生が湿布貼ってくれるって言うけどこんなの見せられない、絶対わかってやった」
「おいランガ!」
言葉は届かずランガの回転速度は上がり続ける。
これはまずい、とりあえず意識を戻させよう。そう思って必死で作った露骨な話題逸らしは、失敗どころかとんでもない虎の尾を踏んだ。
「あー……腹、そんな酷いのか?」
「…………見る?」
むくりと起き上がったランガが真顔で服に手を掛ける。
「見ない、見ない見ない見ない!」
「いいよ別に。ほら……」
「わーっ!」
インナーをめくった下。白い腹には、ああこれは痣になるなと思わせる大きな赤い痕と、それの周りに散らばる小さな――。