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    20210616 イブ候補達をそそのかす愛抱夢と感慨無く全員滑り勝つランガ 少し互いのことが見えていない分他人を通して愛を証明するところ、あまりにも迷惑カップル

    ##微妙
    ##全年齢

    ひどくてむごくて止められない どうもおかしい。催涙ガスを撒き散らす対戦相手から距離を取っても小さな違和感は消えず、半無意識に首をひねった。うなじにちりちりと痺れるような感覚。なんとなくそのまま前に倒せば投げつけられた缶が後ろ髪を払ってコース外へ落ちていく。
     対戦相手が次に取り出した武器を見たことがあった。警察密着系番組。もしくは以前の対戦者が用いた凶器の一つとして。マトモに当たれば間違いなくリタイアどころか病院送りも視野に入る、そういう代物だ。勿論卑怯なんて言うつもりはない。ここはSだ、むしろそうでなくては面白くない――と言ってしまうと少し語弊があるかもしれないが。
     あの男ならこんなことを口にしてもさまになるのだろう。ここに居ない影。
     ――見ている
     電話越しの声を思い出したことで生まれた隙、それを相手は見逃してくれなかった。振りかぶり、躊躇無く下ろす。間違いなく髪の数本は持っていかれた。
     相手が更に距離を詰めてくる。今度こそと言わんばかりのギラついた目が、通りの客のざわつきに怪訝に歪んだ。
     客が腕を振り怒号を叩きつける先は彼ではない。自分だ。戦闘手段を持たない自分はこういった状況では逃げの一手しかない。早く逃げろ。早く避けろ。客の声が、生存本能が急かすのを放置した。違和感の正体を確かめるチャンスだ。
     横凪ぎの攻撃に上半身を屈め、相手の懐に潜り込む。フードの下の顔がようやく見えた。
    「……やっぱり」
     知らない顔。しかしこちらに対する苦々しい表情には、痛いほど見覚えがある。
    「あなたも、あの人の?」
     乗り手の混乱が伝わったかのように相手のボードがひどくバランスを崩した。野次の対象が自分から、攻撃どころでは無くなった対戦相手に移る。睨む目、騒々しい罵声、そのどちらにも背を向けて跳んだ。問題ない。きっと相手はリカバリーを間に合わせ、自分を追ってくることだろう。
     彼らにはどうしても勝たなければならない理由がある。それは自分も同じだった。
     
     
     ドアを開き、腰掛け、足をたたみ、閉め、背筋を伸ばし、顔を向ける。そんな自分に男が笑う。この瞬間を気に入っているらしい。彼曰く順序立てが面白いほどきっちりしているうえ
    「こちらに」
     促せば簡単に崩れるからだとか。良い趣味だとは思わないが、丁寧に作った姿勢をぽいと捨て教わったまま身を預ける自分もどうかと思う。おあいこだ。
    「見た?」
    「ああ。最高だった。惜しむらくは相手だね。アレがもっと食らいつけば……僕の見込み違いだ。すまない」
     意味深な発言に心は少しも揺らがない。まあそうだろうなあと思っていた。
    「何はともあれ栄光ある勝利おめでとう。僕のスノー」
     ご褒美だよと伸ばされた手に好き勝手撫でられながら、この妙な遊びの始まりを思い出す。二月ほど前のことだ。妙なプレーヤーが紛れていると言い出したのは確かシャドウだったはずだ。
    「俺が知ってんのは二三人だが間違いない。全員『そう』だ」
    「速い?」
    「速かった……ってオイ、ワクワクすんじゃねえ!……あ?」
    「なに」
    「……や、その、何だ」
     おそらく愛抱夢の目論みに一番早く気づいたのも彼だった。握りかけた拳を止め、かわりにこちらの肩に手を置き。
    「まあ頑張れ」
     唐突な激励の意味はわからなかった、その「紛れ込んでいるプレーヤー」から次々ビーフを申し込まれるまで。
     彼らは自分達が『そう』なのだとことさら主張しない。だが共に滑れば否応なく気づく、それだけの能力は当然備えていた。だからだろうか。彼らは積極的にビーフを行わずSに来てはひたすら自主錬に励み爪を研ぎ続け。そしてある日突然、自分に戦いを申し込むのだ。とんでもない要求を引っ提げて。
     満足したのか手が去っていく。にんまりと口角を上げたまま愛抱夢が尋ねた。
    「どうだった」
    「楽しかった」
    「それはなにより!さて」
     見てと出てきた小さな画面に映るのは、数日前のビーフ。
    「中盤の映像だ。相手の彼に明らかな動揺が見て取れる、動きが悪くなったのもここから。何があった?」
    「ん……多分俺が気づいた時」
    「気づい……まさか彼、隠して君と対戦を?」
    「うん」
    「呆れた。騙し討ちでも狙ったのかな」
    「そうみたい」
     自分へどころかキャップマンに尋ねられても、数週間前始めたばかりの初心者でSネームも無いのだと誤魔化していた。それにしてはやけに慣れていたし、よく考えればあんなに武器を持ち込む初心者が居るわけ無いのだが普通に騙された。だが。
    「そういうのが好きで上達の早い初心者なのかなって思ってたんだけど」
     フードの下から睨む目、そこに滲む感情に違和感があったのだ。じっとり熱のこもったそれからは、トーナメント優勝者に勝って名を挙げたいのではなくランガという一個人を倒したい、そんな思いを感じた。
     この二つは似ているようで大きく違う。殆どの挑戦者は前者。そして。
    「ああいう顔を向けてくるのってあの人達くらいだし」
     近づきハッキリと視認すれば確信に変わった。皆が皆何故あんなに同じ表情をするのか、いまいち理由はわからない。
    「顔ねえ。ふふ。それで?」
    「あなたもそうなのかって聞いたら驚いてた。動きも変になって」
    「この時?」
    「うん。あ……」
     映像が切り替わった。数分後、丁度相手がコーナーを曲がりきれず転落していくところだ。いつまで経っても追い付いてこないと思ったら、まさかの。今でも悲しい。
    「すごいビーフになると思ったのに」
    「君の失望が解るよ。わざと落ちるなんて、僕だってがっかりだ」
    「え?」
     コース取りを間違えたわけではないのか。
    「どうして」
    「勝つ気が失せたんだろう」
     ぶつりと映像が切られ、端末は放り投げられた。足を組み直した愛抱夢がわざとらしい溜め息を吐く。
    「アレは生真面目な男だった、普通のスケートが好きで純朴な……。だが勝利を欲するあまり搦め手を選び反則行為に走り、あまつさえそれを君に看破されて。その場で負けを認めても何らおかしくはない」
    「そんなつもり」
    「君に無かったとしても。そういう難儀な性格の持ち主なんだよ」
     解説はやけに気安く聞こえるが。
    「……仲良かった?」
    「いいや?だがここまで情熱的に求めて来られれば多少はかわいく……ああすまない」
     唐突に抱きしめられる。不安にさせたと男の声がした。
    「心配しないで。君の方がかわいい」
     不安も心配もしていないがまあ一応受け取っておく。
    「どうも」
    「しかし隠すプレーヤーが出るとは。そうまでして君に勝ちたいものか」
    「……ひどいな、あなた」
    「ふふふ」
     流石に人間以外を見る目を向けてしまった。気にせずはにかむ顔が心底恐ろしい。彼らを扇動した張本人が、どうしてそんな表情をできるのか。
     プレーヤー達は賭けるものは違っても、こちらに求めるものは全員同じだった。自分の『位置』。Sのスノーであり馳河ランガの立つ場所、居場所。つまり、
    「どうだいランガくん。君から見て、僕はそれ程価値がある男かな」
     彼――愛抱夢であり、そうでない男の横。彼らは皆それを欲していた。
    「なんて聞くまでも無いか。ね、連戦連勝のチャンピオンくん」
    「まあ」
     それはそうかもしれない。何をどう答えたところで、自分が彼らと戦い勝ち続けている事実よりも強い証明にはなりえないだろう。正直ただビーフがとても楽しくて止められない、という部分もあるがそれを言って男が納得してくれるとは思えないし。
    「安心して欲しい、次からはこんな事無しだ。僕も少々腹が立っている」
    「愛抱夢が?」
    「ああ。知ると知らないでは君のモチベーションに差が出てしまう。観客にもだ。盛り上がりに欠ける勝負なんて僕は望んじゃいないからね」
    「……そう」
     結局これは遊びだ。半分はSの支配者として客が喜ぶような刺激作り。もう半分は彼自身の趣味。
     人を焚き付け自分にぶつける。本当は君を選びたかったんだなんて言葉を完璧な笑顔と共に、時には嘘の涙も添えて。何故知っているのかと言えばその映像もわざわざ見せられたからだ。「もちろん全て嘘だよ。僕は君が良い」付け加えられた言葉は、どれ程信じていいものか。
    「いっそリストアップでもしようか。そしたら君も気づけるだろう」
    「んー……あと何人くらい?」
    「さあ」
     咄嗟に答えられないほど沢山居るのか、もしくは本当に覚えていないのだろう。どちらにせよ。
    「じゃあ多分無理」
     暗記は苦手だ。日本の人名とか尚更。
    「あ、でも一緒に滑ったら忘れないかもしれない。練習とかダメかな。愛抱夢、集められる?」
    「練習?本番があるの?」
    「えーとだから、二回勝負というか」
    「なるほど。ははは」
     良い考えだと思ったのだが笑い飛ばされてしまった。
    「これじゃ僕を責められない、君もなかなかひどい男だ」
    「えっ」
    「解らない?」
     ひたひたと頬を指が叩く。目をぐっと弓なりに曲げた愛抱夢は楽しげ。
    「君の提案はこのうえなくグロテスクだよ。集めろと言ったね、君を一方的に恨む彼らを、君の前に」
    「恨んでるのはあなたの言葉のせいだろ」
    「どうかな。僕が何もしなくとも皆君をうっすら嫌いだと思うけど。何せ誰の物にもならなかった僕のハートを、あっさり射止めてしまったんだから」
     こういう台詞を吐いても自信過剰に感じさせないのは、やはりこの男の特権だ。
    「それに彼らはお互いのことも嫌ってる。不思議かい?だが当然だ。恋敵を好きなヤツなんて居ない」
    「あなたも?」
    「勿論」
    「ふーん」
    「ほら、解ってない」
    「わ、わかってる」
     ライバルは好きになれない。それはそう、だが。
    「でも皆スケートは好きなんだから、滑るのは別じゃない?」
    「……」
     返答すら無かった。肩をすくめる愛抱夢を直視できない。仕方なそうに彼はひとつ息を吸い「つまり」と言葉を選び始めた。
    「例えば君の目の前に…………」
     長い沈黙。
    「……愛抱夢?」
    「大丈夫。心の準備をしていただけだから。続けよう」
    「どうぞ」
    「……君の目の前に一人のプレーヤーが居るとする。実力者だ。その隣には……あの、君の友達」
    「暦?」
    「ああ。彼が居るとする。彼はプレーヤーのことをしきりに褒める。アイツが一番だ、最高だ、そんな風に。君には見向きもしなくなる」
    「……」
    「二人は大親友になる。そこで彼が言う。おいランガ、今度コイツと滑ってみろよ……」
    「……ん、んん」
    「何か嫌だろう」
     強く頷く。現在胸の内側は、実力のあるプレーヤーと滑れる喜びを押し退けるほど膨大、かつ漠然とした嫌な気持ちに埋め尽くされていた。
    「君以外全員がそんな心持ちで臨むんだ。どうなると思う?」
     確かにこれは楽しく滑るどころではない。
    「よくわかった。ありがとう」
    「うん……」
     やけにげっそりしている横顔にふと思い立つ。もし彼が同じ様にしたならどうだろう。知らない誰かを連れて、見てくれランガくん今度こそ見つけたんだよこの子が僕の、なんて嬉しそうに言われたら。
    「すっごい嫌だ」
    「そうだろうね……君はそうなんだ……くそ……」
     何故か言葉がしぼみ背中まで丸まってしまった。とりあえず擦るなどして回復を待つ。
     ほどなくして男の背はバネのようにぴんと跳ね上がり、彼らしい声を朗々と響かせた。
    「ともかく!」
    「わっ」
    「そんな蠱毒紛いの真似は無し。解った?」
    「こど……?」
    「解った?」
    「うん、うん、わかった……」
     肩を揺する動きに合わせて首が強制的に振られる。
    「よし」
     手が離れても、まだ揺れてるようで落ち着かない。愛抱夢はすっかり調子を取り戻したらしい、意気揚々と指を鳴らす。
    「それじゃあ軽く特別ルールでも考えてみようか。まずは名前からだな」
    「そこ?」
    「一番大事だよ。君も何か希望があれば言ってみて。何でもいい」
    「ならルール。正々堂々とか」
    「Sで?」
    「Sだけど」
     前回のビーフを思い返すと、どうしても残念で仕方ない。最初から伝えてくれればもっと楽しかったはずだ。それに。
    「ちゃんと戦ったほうがいい。恋なら」
    「それ、相手に直接言うの禁止にしよう。確実に勝ててしまう」
    「は?」
    「……君みたいに思えないヤツばかりなんだよ。なにせ全員手酷くフラれてるから」
     随分と他人事のような言い方をする。
    「あなただろ」
    「そう。僕」
     あっけらかんと愛抱夢は応えた。
    「彼らが居たから君に会えた。今もこうして君の愛を再確認するのに役立ってくれる。良い話だね」
    「違う」
     フって良かったと平気で口にする男はどうにも自分の理解できる範疇を越えている。これを聞いたら彼らはどうなってしまうのか。ライバルとはいえ可哀想だが、とはいえ同情ばかりしてはいられない。
    「戦った結果君が強くなれば僕が喜ぶんだから彼らも本望じゃない?彼らにそこまでの実力があるかは別として」
     残酷な言葉達は、実際わざと聞かせている面もあるだろう。君が負けたら彼らのように扱うぞと暗に脅している。そうすれば自分が律儀に、それはもう躍起になってゴールを目指すと解って言っているのだ。ひどい男。
    「ルールが決まったら次は日にちかな。来週は空いてる?かなりとっておきのが確保できそうで。きっとアレなら君も最後まで楽しめる」
    「いいけど教えて」
    「ん?」
    「俺となら、どっち?」
     男の唇がつり上がる。
    「決まってる」
     ひどい男だ。ひどい男を好きになってしまった。これで来週も絶対に負けられない。
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