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    20210828 ワンドロお題「アイス」お借りして 誠実になろうとすると不器用になる人とそもそも器用でない人
    何だかんだ百年これで一緒にいそうだから明るいのでいいでしょう

    ##明るい
    ##全年齢

    不溶性人間ふたり 食べよう。とにかくそう決意した。
     メニューは何でも、ただしなるべく調理に時間がかからずそれでいて食欲をそそりかつ先ほど夕食を食べたばかりなので軽いものが良い。我ながら注文が多いが応じる他ない。それもできるだけ早く。事態は急を要するのだ。
     冷蔵庫は調味料類と飲み物を除けば空。冷凍庫は豊富だがその殆どがミールキット。重い。無し。探る指先が積まれたカップ容器に当たった。アイスクリーム。なるほど悪くない。
     ひとつ適当に取り出し蓋を開ける。白いからバニラかミルクか、どちらにせよ無難な味がするのだろう。いまいちハッキリしないのはストックの内容をハウスキーパー兼買い出し係兼家主代理に任せきりだからだ。逐一報告などはされないがあれはここを頻繁に訪れているらしく、本当の家主である自分と同居人予定のもう一人より余程内情に詳しい。
     どうにも歯がゆい話だが仕方ない、ゆったり過ごす時間など中々作れない一人と一人だ。当然部屋を作ったところでこうなると分かっていた。だがそれでも、と通した一生ものの我が儘を手放す気には今のところなりそうもない。
     直食いで問題ないと理解しつつ、何となく落ち着かずに食器棚を開く。目についた白い器を取れば、棚に残るよく似た片割れがその身に光の線を走らせた。訴えているようだ。引き離すなと。器は偶然立ち寄った工房で手に入れたもので、そっと手に取り光にかざすさまが奇妙なほど輝いていたので即決だった。二つで一揃いなのも良い。値段に怯えているのか使っているところはほとんど見ないが、時折眺めているのは知っている。自分は与えて満足する、彼は観賞して満足する。用途としては間違いだが互いの望みは叶っているので問題ない。そういった何もかもを許すためにこの部屋はあるのだ。
     ――正解でない方法を、正しさから遠い生き方を、それでも君にだけは肯定してほしい。
     我ながら浅ましいことを言う。あれほど強く他人を抱きしめたのはあの一度だけだ。半泣きでお願い、なんて恥ずかしい真似もきっともう一生しないだろう。一度で望みは叶ったので。
     うなずきひとつ。それだけで自分達は誰にも言えない秘密を背負うことになった。
     まあそうして作った部屋でこんな事になっているのも馬鹿馬鹿しい話だが。
     部屋の隅をちらりと見る。側にソファがあるというのにクッションもなしに蹲る影は、指先でフローリングをいじいじと。見ていられない。
     皿にアイスを乗せただけの白一色、このシンプルさは如何なものか。こんな素朴なうつわでは理由として機能するかどうか、何か足したいところだが生憎こういった知識は乏しい。以前そこの小さくなってるのから送られた画像ではカラースプレーが大量にかかっていたがあれはどうも自分の好みではないし、彼の親愛なる友人の二番煎じというのが嫌だ。与えるなら新鮮な喜びが良い。感情を見せない瞳が揺れる瞬間、それをこの手で作る快楽を知ってしまった日からずっとそう思っている。
     一先ずキッチン周りを物色。添えるなら缶詰類。かけるならシロップその他。飲み物でアクセントを付けるのはどうだ。紅茶、コーヒー……コーヒー。そうだ。そうしよう。
     滅多に飲まないインスタントは手軽さだけなら勲章ものだ。少量のお湯とかきまぜれば調な香りが部屋に広がる。無論彼にも届いたのだろう、丸い背中がぴくりと動いた。良い反応だ。
     コーヒーベースもどきを器にふり物色結果を少々添え完成とした。
     ちょくちょく刺さる視線には気づかぬふりでソファに座る。するとむくりと立ち上がる気配、続けてフローリングが僅かにぺたり。背後をわざわざぐるりと大回りした気配はソファの反対端で膝を抱えた。分かりやすく一ミリも接触する気の無い距離。
     そんなにか。
     愉快な気分には到底なれないまま、スプーンで掬い一口。正直味どころではないが。
    「……あーおいしい。おいしいなあ」
    「!」
     無い耳がピクリとはねる。
     かかった。
     ずり、ずりずりと、布地を引きずるように獲物は距離を詰める。それを見過ごしながら口に運んではうまいうまいと唸ってみせた。あくまで食べているだけですよ、なんて程度を越えたわざとらしさで。
     慎重な待ちの成果により肩が触れるまで近付いたところでほんの少し顔を動かせば丁度ばちんと目が合った。突然のそれは心臓に悪い。うっかり手の物を落としかけた。
     予期していなかったのは彼もだったのだろう。おろおろと瞳を揺らしていたが
    「……」
     観念したように畳んだ膝の上に手を置くと、顔をあげぎゅうっと目を閉じ、口を。
    「……あー、……」
     ぱかりと開いたそれへ一匙掬った冷菓を落とす。こくりと動く喉を見ながら上手いこと運んだなと他人事のように思っていた。
     部屋の中ではあらゆる禁忌へ触れようと躍起になっていた時期があった。いま振り替えると、少々疲れていたのだろう。
     もう一回運んだそれも、口は素直に飲み込む。
     外での己に影響の無い堕落を一昼夜煮詰めた結果がこれだ。餌付け。まず気に入りの物を目の前で食べて見せる。次に口を開けろと指示して素直に開ければ食べさせる。そんな事を繰り返したものだから彼がすっかり文字通り味を占めてしまったとしても何も責任はない。さすがに全部こちらが悪かった、人間はここまで己の欲をだだ漏れにできるらしい。
     責めはしない。当時は心から良い考えだと思っていたし他候補は軒並みこれ以上の最悪だった。それに今ではこうして役立ちもする。
     冷たいアイスに熱いコーヒー。ぬるかろうそれを次々味わいながらもその頬は未だ赤い。照れているか、もしくは泣いていたからだろう。
     少々やり過ぎた。
     この世には相手をどれだけ愛していようと“対立”や“平行線”となると戦わずにはいられない生粋の頑固者が存在する。例えば自分であり、彼であり。
     喧嘩はいい。彼が相手ならいくらでも。ただしヒートアップした場合は別だ。対話から一方的な攻撃へうっかり切り替えれば、後はもう終わり。
     彼は真摯だが言葉選びは下手で隙を突くのは容易くそして自分は他者を傷付ける方法を良く知っている。二人の喧嘩は対等になり得ないのだと、理解しているつもりで後何回間違えるのだろう。
     参ってしまう。あまりにもどうすれば良いか分からないのだ。ごめんね、いいよ、なんてやり取り、してこなかったから。
     食べさせながらかける言葉を思案していることはおそらく気づかれているだろう。食べる彼がこちらの様子を伺いともすれば話を振ろうか悩んでいることにこちらが気づいているように。
     二人とも実は多くのことを察している。けれどやり方も相手の気持ちも分からないから、言い訳が無いともう一度近付くこともできない。食べるふり。欲しがるふり。気づかないふりを、気づかないふり。
     共に居ようとするたび、こんなふうに傷付いて、悩んで。これで良いのかと苦悩しながらそれでも謝って済むならそうしたいと、まだ一緒に居たいと思う。まるで普通の人間だった。正しくなりたくないから逃げたのに、結局互いを愛したいという人として正しい欲求からは逃れられなかったのだ。
     笑ってしまう。けれどやはり部屋を無くそうとは思えないだろう。
     ゆっくりと味わう時間は泣けるほど甘く溺れるように苦い。溶け混じりあう白と茶色、それになれない一人と一人。間違いを埋められぬまま不器用に、ままごとのような恋をしている。
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