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    20211101 いいいぬのひ 猫科男性の犬っぽさが唯一発揮される相手が放任系ぼんやり少年なの、いいよね…(いい…)

    ##明るい
    ##全年齢

    君に愛されヒトになる 案内もとい背を押され連れて行かれたコンテナ。本来Sにある筈もないそれにしかし疑問はわかず“あの日”から片づけていなかったのかと不精さにただただ溜息が出るばかり。
     安っぽいデスクとその上に置かれたノートパソコン以外無いそこそこ狭い空間へ自分に続きどやどやと、Sに出入りするプレーヤーの中ではまあ見どころの無いことも無い連中が入ってくる。今のところ総数は四名。成人男性三人に未成年一人では愉快な仲間扱いするにしてもあと一人足りず、それに付いているだろう自分の隣に居るべき存在も見えない。加えてコンテナ内に居る彼らの顔は総じてにやけづら一歩手前。何か企んでいるのはほぼ確定であり、そして自分の予想が正しければそれは大層ろくでもない事に違いなかった。 
     隠すつもり、隠し通せるつもりも無かったが、自分とあるプレーヤーがそういう仲になった事を彼らはすぐに知った。他ならぬそのプレーヤーくんが即報告してしまったので。当初こそ慌てふためいていたものの大分時間が経過した今となっては各々落としどころを見つけたのだろう、彼等は個人単位ではこちらへ手も口も出さなくなり――代わりに集団として自分達二人へちょっかいを掛けてくるようになった。中高生より成人の方が多い集団が青春真っ盛りのように冷やかしてくるのはどうなんだと思うし鬱陶しいことこのうえないが正論詰めや通報なんかよりは余程御しやすいので捨て置いている。 
     そういう何だかんだ甘い奴らもしくは倫理観に欠けた男達なのだ。思いつくおちょくり方も隙がありどこかずれている。たとえば先日。そう“あの日”。あの日のアレは酷かった。 
     彼と愛し合いに、ついでに他の奴らで少々遊ぼうかとSへ出向いた自分へ、切羽詰まった雰囲気を出そうとして失敗したのだろうどんくさい走りで寄ってきた赤毛がいきなり「た、たいへんだあ」と見事な棒読みを披露してきたのだ。
    「はい嘘」
    「嘘じゃねえし!ランガが」
    「は?それを早く言いなよ。何、彼がどうかしたの?」
     彼の名が出た途端あっさり食いついた自分もまあ浅はかだったが赤毛の対応もまた杜撰だった。手元できゅんきゅん鳴いていた子犬をさっと突き出し。
     ――これがランガだ、ランガは犬になった。 
     そう、用意された台詞を大層たどたどしく読み上げたのだ。
    「あれなあ。ランガ絡みならレキにやらせんのが一番自然でいいと思ったんだが、あそこまで大根なのは予想外だった。お前の顔がみるみる冷めていくから皆でがっかりしてたんだぞ」
     知るものか。 
     一連の流れで大体察した自分は、しかし彼らの馬鹿に乗ることにした。適当に驚いたふりをすると簡単に騙されたらしく赤毛は子犬をこちらへ任せどこかへ――今思えばこのコンテナがある方向へと消えた。 
     それを見届けた後自分は嘆いた。それはもう大いに。 
     こういう悪ふざけは大概どこかで観察されている。そしてその場には当然本人も来ているものだ。昔ならいざしらず、根気をもって対峙し大切な人間のカテゴリーに自分という男を入れさせることに成功した今のランガ、人間に割く意識こそ少なめだが優しい心を持った少年が騙され涙する可哀そうな自分を放置出来るわけもなく。赤毛が去った方向から走ってくる姿は実に良かった。良かったが。
    「……まさかと思うが、君達」
    「そのまさか、だ」
     今日のドッキリはこれ、と壁に貼られる紙。わざわざ本職がしたためたらしい達筆を誇張した明るさで猫が声に出した。
    「突然愛抱夢が犬になったら、ランガはどうするか~!」
    「今すぐ中止だそんなもの」
    「残念だがそりゃ無理だ。もう始まっちまった――ほら」
     ノートパソコンが映すのは突っ立つランガと駆け寄る赤毛。この映像、アングル的に監視カメラのそれのような。何故こんな事が。 
     あっさり犬は譲渡され赤毛は映像外に去った。ランガはといえば胸元で犬がよたよたと小さな手足を動かすのを眺め続けている。状況をまだ飲み込めていないのだろう。しかしそれも時間の問題。完璧に把握する前に止めるかとも考えたが、コンテナのサイズに比べ人間が多い。密かに抜け出すのは難しそうだ。 
     態度に出ていただろうか。もう少し信じてやれ、とそんな類の言葉を投げられた。言葉で返す気にもならず鼻で笑う。 
     何も分かっていないからそんな事が言えるのだ。 
     馳河ランガという少年の稀有な特性をひとつあげるなら、世界との間にはられた薄膜であろう。彼はいつもどこか遠い目でこの世界を見つめている。あの冷たい宝石に似た瞳がスケートや何かとても興味深いもの、あとは悔しいが今コンテナ内に走り込んできた凡人が起こした奇跡などに反応し見せる煌めきは何にも代えがたい。逆に言うと、興味の無い事柄に決して瞳は温度を持たず――だが、それこそランガの稀有さといえよう。少年はそこに否定の意味合いを含めない。ただ飲み込むだけ、一線の向こうから見るだけ。受容と呼ぶにはあまりに特別で愛おしく、そして自分のような“良い人間”になれない者として見ればとても利用しやすいそれは――しかし時としてこちらをおおいに振り回すのが問題だ。 
    『……愛抱夢?』
     きゃんと犬が返事をした。信憑性を高めるんじゃない。 
     真剣な面持ちでランガはしゃがみ込むとボードの上数センチに犬をかざす。ぽてぽてと動く犬の手足がボードに掠めるのを見て深く頷く様子を見るにすっかり信じてしまったらしい。違うランガくん、それはおそらくただの反射だ――こちらの声は当然届かず和やか動物ふれあいタイムを続けていたランガだったが、突如わ、と小さな声をあげた。宙づり状態に飽きたらしい犬がボードに降りたがっているかの如く暴れ出したのだ。 
    『ダメだ愛抱夢、今のあなたには危ない。こっち』 
     抱きこむように犬を止めたランガがふと何か気づいたように呟く。 
    『……そっか。犬だと滑れないんだ』
     嫌な予感がするが耳を塞ごうものなら気づいた周囲に何をされるか分からない。ただ受け止めるしかないだろう。たとえ身体が拒否反応を起こしていようとも。
     関係を深めるにあたり目を逸らせなかった事実。あの子供はこちらへ抱く想いを恋だと信じているがそれは自分がとても丁寧に君の感情はそういうものなのだと教え込んだからであり自分の見立てでは実態はもっと複雑だ。恋慕に似たものも一応は感じるが好奇心や未知の存在に対する興奮という側面があるのも決して否定できないうえ、感情の根底には彼と自分がスケーターであるという前提が確実に存在している。つまり滑れない自分は彼にとって魅力半減いやそれ以下の可能性がある、あるのではないか、いや絶対にある。何故そう思うかといえば自分がそうだからだ。滑れなくなったランガを、彼と滑れなくなったSを、その後の一切を変わらず愛せるかと問われれば自信は無い。抱く感情を正確に愛だと認識している自分でさえこれなのだ。彼が同じでいられるとはとても考えられない。 
     犬の自分をランガは受け入れるだろう。道端で会えば挨拶くらいはするかもしれない。けれどもうあの瞳を、あの輝きを向ける事は無いのだ。仮定、冗談。有り得ないとはいえ直視するのは――ああ、少し堪える。 
     ランガが何か言おうとしている。スローモーションに感じる視界。ほんの少し触れた薄膜から突き放される瞬間に備え、ひっそりと息を抑えた。 
    『……どうする?』 
     ひゅ、と漏れた息は笑っていると思われたのだろう。誰のも反応されることなく床に吸い込まれたそれにランガの声が被さる。
    『まあすぐには決まらないよな。暦が戻ってきたら一緒に考えようか』
    「何考えるんだよ」
    「それにしても普通に話しかけるな」
    「通じてると思って……思うか、ランガなら」
     やいのやいのと好き勝手言いながら映像を注視する男達。彼らの視線外へと少しずつ身を引いていく。邪魔が無ければ今すぐ飛び出したいくらいだ。
     こちらを見ずに一人が言った。 
     あんなに信じられて、お前も可哀そうだな。
    「いいや。そんな事無いさ」
     どうしたって何も分からない彼らを愚かだとは思わない。きっとこんな事自分以外全員、たとえランガ本人であっても分からないだろう。 
     信じて――二度と彼の望みに答えられない生き物に自分がなったとして――どうするのか、とランガは訊くのだ。ごく当たり前に、自分との“そのあと”を何も変わらない声音で知りたがるのだ。それを喜べるのは、そうでないことに不安を抱いた人間だけ。自分だけだ。 
     誰も知らなくていい。馬鹿げた余興の最中に、ほんのわずか自分が救われたことなんて。
     あと一歩でコンテナ外に出られる。犬のように一目散に走り犬には出来ないトリックを見せつけてから、あの子に感謝と、それから愛を伝えよう。驚きで少し大きくなった瞳が端だけでも輝いてくれたなら思わず尻尾だって振ってしまうかもしれない。
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