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    20220129 イミテーションラブコメ
    題はこれで合ってます

    ##明るい
    ##全年齢

    好き(偽)好き(偽)大好き(偽)気になってる( 簡単な自己紹介なんて日本へ来たばかりの頃以来だ。あの時よりは今の方が楽に出来そう。何故なら今度は話すことが指定されているから。名前と大事なものと、あともう一つの三項目。どうしてその三つなのかはわからないけど。
    「馳河ランガ。大事なのは家族と暦。あとスケートと……他にも沢山。それで、好きなのは」
     まあいいや。彼がして欲しいのなら、お願いされた通りに。
    「愛抱夢。あなただよ」
     丁度良いところに下がっていた手を取り当たり前に言えば、愛抱夢の後ろで仲間達がそろって同じ顔をした。変な顔。まるで何か言いたいみたいだ。
     仮面のせいかもしれないけれど唯一変わらなく見える愛抱夢もやっぱりどこか変に思えた。もっとしっかり確かめたくて、片手を取ったまま足を踏み出す。
     あと数歩分あった距離が近づき仮面の奥が少し覗けるようになったけれどまだ彼の瞳をはっきりと見られはしない。もっと顔を近づけてみようか。たとえば鼻が触れるくらいに。良いかな。良いだろう。愛抱夢にはそれくらいの距離に来られたこともあるし、こっちから行くのも何の問題も無い。だって自分は彼のことが好きなのだから。
    「愛抱夢?」
    「……」
    「どうしたの。俺に何かできること、わっ」
     背中をぐっと押したのは多分愛抱夢のもう片方の手だった。彼の肩に乗った顔がこっちにわっと近づく仲間達を見て、かと思いきや大回転。自分を抱いたまま愛抱夢が振り向きついでに後退したのだと気付いたなら、しばらく良い子でいてねと小さく囁かれた。わかった。良い子でいる。
    「突然だが皆今夜はここでお別れだ。僕は少し忙しくてね、また会える日を楽しみにしていてくれ」
    「おう。持ってるものは置いて行けよ」
    「それは出来ない」
     賑やかな声をバックに愛抱夢はどこかへと走っているようだ。道の先に車が停まりなんだかすごい速さで扉が開いた。抱かれた両足をきゅっと折り畳まれる。このままあの中へ滑り込むつもりらしい。
    「ランガをどうする気だ」
    「別にやましいことはしない。ただ愛したり愛でたり愛おしんだりはするかもしれないが」
    「逃げろランガーッ!」
     逃げるのは良い子では無いだろうから悪いけどできない。どうにか言うと真っ赤と真っ青の中間に位置する顔がもう一度叫ぶ。
    「じゃあせめて吐き出せ!」
    「吐く?何を?」
    「何ってさっき飲んだ──」
     聞き終える前に視界ががくっと暗くなった。車内に入ったのだ。窓の向こうみるみる遠ざかっていく仲間達。皆がまだ元気に声をあげている一方で愛抱夢は再び黙ってしまった。おかしな様子の彼を心配しているのは自分だけではないらしい。運転席からかけられた声はそろそろと迷っていた。
    「……あの、愛抱夢……何故スノーを連れて……」
     返事はやっぱり無かった。
     愛抱夢は何も言わないけれど重いだろうこの身体を膝からおろそうともしない。折角なのでもたれかかってみる。ぴったり近づけばふわりと何かが鼻をくすぐった。知らない香りだ。知らないのに何でか心地好い。浸っていると、近づいてくる手がひとつ。手袋の外れたそれに頬を寄せる。指先に耳の柔らかいところをくすぐられるとむずむずする。
    「ふふ、なに?」
    「ランガくん。一つ質問をしてもいいかな」
    「何でもいいよ」
    「……君、いつから僕のことを好きなの?」
     ええと確か十分くらい前だったと思う。僅差で負けたビーフ、勝者ことこの人から渡された代償は異様な程ピンクだった。不味かったら嫌だなと怯えながら栓を開け。気合いで飲み干し、そして。
    「ジュース飲んだときくらい」
    「そう、ありがとう。……と言う訳だ。例のが効いて彼はこうなった」
    「例の……しかしあれは偽物で」
    「調べておけ」
     話が終わったようだ。内容は分からなかったけど別にいい、けれど愛抱夢が苦い顔になってしまったのは良くない。
    「愛抱夢」
    「ん、ああ何か……」
     時々離れかける度繋がれ直されている手を握って、もう片方の手は彼の背中へ。香りまで一緒になりそうなくらいぎゅうっと抱きしめた。満足したなら体勢を戻して、ついでに目を合わせる。
    「元気出して」
     まだ苦いままでも抱きしめる前よりは明るく見える顔にこっちは嬉しかったのだけれど、何故か愛抱夢はこれは駄目だとかなんとか絶望たっぷりに呟いていた。
     
     ベッドふかふかで気持ち良い。もうそれくらいしか考えられない程体も心もくたくただ。
    「……あ、愛抱夢だ」
     いつ頃戻って来ていたのだろう。さっき見せられた変装姿でベッドに近づいてくる。そうしていると普通の、知らない人みたいだ。髪を撫でる力加減だけが同じ。
    「ただいま。僕が居なくて寂しかった?」
    「うん、さみしかった」
     あちこち寄った終わりに今日はここに泊っていきなさいとこの部屋へ自分を連れて来るなり彼はどこかへ行ってしまったから。言うと小さく謝られた。いいんだ、と意味を込めてベッドに腰かけた彼が撫でて来るのにただ身を任せる。
    「例のジュースだが世に出回っている分全て正真正銘偽物だった。君の飲んだ物だけ本物とも考えにくい。検査結果も異常無し、となるとやはり……」
    「そっか」
    「……君、分かってる?」
     あんまり分からない。長い検査を乗り越えた頭はもう休息だけを求めている。言わなくても察されたみたいでわしゃりと髪がかき回された。
    「まあいいや。僕が分かっていればそれで」
     乱暴な筈の仕草が気持ち良くて目をほとんど閉じて、気付く。声も一緒だ。
    「すまない」
     いいのにとまた思う。
     愛抱夢はどうも責任のようなものを感じているらしい。自分へ瓶を渡したのが彼だからだそうだ。飲む直前に偽物と説明したのも良くなかったあれで君の警戒心が解けてしまったのだと彼は唇を噛んだけれど自分はそうは思わない。何があっても負けは負けだ。飲めと言われたら飲む。味が予測不可能なら尚更一気に行くだろう。それに何よりあの瓶の中身で自分が彼を好きになったからといって自分は彼が好きだから何の問題も無い。だからあなたは気にしなくていいのだと言うと声音が和らいだ気がした。
    「眠ればまた何か変わるかもしれないしね。ひとまず朝まで様子を見て……」
    「愛抱夢」
    「うん?」
    「ありがとう。俺のこと考えてくれるの、嬉しい」
     こちらを向いた顔にはほんのり疲労が滲んでいる。あれだけ滑ったのだ。彼だって疲れていない筈が無い。だというのに今まで、こんな夜中に自分のため何かしてくれていたならそれはとても嬉しいことだ。思えばそわそわしていろんな形で気持ちを伝えたくなってくる。
     名残惜しく思いながら彼の手の内を抜けて体を起こす。少し驚いた顔は見慣れなくて、そんなものを見せてくれたのがまた嬉しくて。頬とかが良いかな、と寄せた顔が戻ってきた手に止められた。
     念入りに押さえられた唇は彼の名前さえ呼べない。どうしてこんなことするのだろうか。分からないのは愛抱夢の表情もだ。さっきまでとまるで違っていて滲むだけだった疲れが顔全部を覆っている。
    「……約束してくれれば手は離そう」
     約束って、と訊きたかったのに全く言葉にならなかった声はなぜか通じた。けれどあちらから出された約束はちっともこっちの心の中に届いて来なかった。
    「キスはしないでくれ」
    「いいね?」と言ってからこっちが全然約束する気が無いのに気付いたらしい。愛抱夢は溜息を吐くと何故か手を離す。しても良いのかと思ったのに違ったようで身体がくるりと回って寝かされた。膝に乗せられた頭が流れるように彼の両手に固定される。
    「離して。動けない」
    「離したらどうする気?」
    「あなたにキスする」
     正直に言ってもご褒美は無かった。
    「決めた。君はしばらくそのままにする」
    「えー……」
     それではこの心の中いっぱいの感情を自分はどうすればいいのだろう。
    「あ」
     思いついた。
    「なら愛抱夢からして」
    「……何を」
    「キス。俺にして欲しい。だめ?」
    「…………だめ」
    「なんで。俺にキスしたいってこの前言ってた」
    「あの時は指先にと言った筈だが」
    「じゃあ指先で良いから」
     捕まえられていなかった手を彼の顔近くでひらひら。するとビーフ中かと思う程鋭い目が向けられた。驚いて引っ込める。今は指先にもしたくないらしい。
    「……なんで?」
     指先だけどキスしたいとか、抱きしめるとか、他にも色々。愛抱夢にされたことも言われたことも沢山あって、だから彼は自分にそういうことをしたいのだと思っていた。けれど違うのだろうか。
    「俺のこときらい?」
    「……いいや」
     思わずした質問の答えが優しく響きながら降ってくる。
    「知ってるだろ。したいくらいには好きだよ」
    「でもしてくれない」
    「そりゃあだって君、きっと後悔するから」
    「しないよ」
    「今の君はそう言うだろうね。けれど正気に戻れば必ず思うさ。どうしてあんなことをしたのかと」
     思わない。だって自分は愛抱夢が好きだ。言えばかさかさの声で愛抱夢は一度だけ笑った。嬉しそうで寂しそうだった。
    「僕も。君が好きで悲しませたくないんだ。だからどうか、お願い」
    「お願いかあ……」
    「だめ?」
    「……ううん。だめじゃない」
     お願いは断りづらいうえ顔もとてもずるかった。諦めた途端に顔の固定が外れ、起こされた身体を軽くハグされたかと思えば二人ごろりと横に。せわしない。
    「キスはしてあげられないけど、これくらいなら」
     言うなり額と額を合わせられる。くすくすと彼が笑ったなら息が唇を掠めるくらいの距離、けれどお願いされてしまったので動けない。意地悪かと問えば否定する愛抱夢の顔は、分かりやすく楽しげだ。
    「ね。どうしてそんなにしたかったの」
     ぱっと頭に浮かんだ答えを言いかけて止めた。それだと少し雑に思えたのだ。好きだからしたいけど、じゃあ何でキスが良かったかというと。
    「疲れたから」
     立ち上がるのも面倒だから。ボードに乗ったところでちゃんと動けないだろうから。
    「本当はあなたとスケートがしたい。でも今日はもう、ちょっと無理だし」
     こんな状態で滑ってもお互い満足出来なくて困ってしまうだろう。スケートはできない。けれど気持ちは伝えたい。
    「そしたらやっぱりキスかなって、だって俺達それ以外全部してる」
    「全部?」
    「うん」
     好きな人、それで多分向こうもこっちを好きな相手にすることで自分達がしていなかったのってそれくらいではないだろうか。
    「全部ねえ」
     近付きすぎないように顎を押さえていた手が突然動き出し唇の間に何か異物が。指だと気付くころには指は離れたけれど爪になぞられた舌先はまだじんじんと不思議な感覚を帯びている。戸惑うこちらへ彼は何故か呆れたような顔をしてまた同じ言葉を繰り返した。
    「知らない訳は無いし単に意識から抜けているのだろうけど……そうか全部か……」
    「他に何かある?」
     言葉の代わりに返事が背中へ回りぎゅうと力を込めてくる。潰されるかもと思うくらい強かったのに、体も心も彼にそうされることをあっさり受け入れていた。
    「愛抱夢、俺こんなの初めてなんだ。別れてる間ずっとあなたに会いたかった。会ったら今度は触れたくなって、触れたらそれだけでドキドキするのに、もっと触ってほしくなって」
     今までも長く愛抱夢と会わないと少し気になったりはした。彼に限ってありえないかもしれないけど、スケートやめるのかな、やだな、なんて。けれどこうはならなかった。彼を好きになった瞬間から知らないなにかに心臓を動かされている。
    「変だね」
    「変で良いよ。許してあげる」
     速くなる鼓動をごまかすみたく彼の肩へ顔を押し付けた。気持ちがどんどんこぼれていく。くぐもったそれら全て愛抱夢には聞き取れるようで沢山僕もと返ってきた。
    「いつかの君にもそう言われたいものだ」
    「いつでも言う」
    「だと良いけど」
     きっと言う。自分の言葉ひとつで愛抱夢がそんな顔をすると知ったなら、そうせずにはいられない筈だ。だって。
     
    「……」
    「起きたね。もう少し寝ていても構わなかったが、うん。早起きなのは良いことだ。僕に会える」
     そう言う愛抱夢は余程早く起きたらしい。ソファに掛けた姿は既にきちんと整えられている。
    「おはようのキスは必要?」
    「いらない」
    「そう。具合はどうだい。痛みや異常は?」
    「大丈夫」
     殆ど平常だ。強いて言うなら頭が少し痛いけど吐き気などは感じないので悪いものでも無いだろう。原因もはっきりしているし。
    「……愛抱夢……」
    「ん?なにかな?」
     原因の三割くらいを占めるだろう男はこちらの視線を受けてもにこにこと笑顔のまま、まるで自分が次何を言うか分かっているかのようだった。多少もやもやとはするものの言わない理由にはならない。この人が自分に何をしたか考えれば。言うべきだ。
    「……ありがとう……」
    「良いんだよお礼なんて。僕も君のあんな姿を衆目に晒すのは忍びなかった」
     もしあの場で愛抱夢に連れ去られなかったならあの状態の自分をもっと長い時間皆に見られていた筈だ。結果どうなっていたか、想像するだけで疲れてくる。
    「動画の類も今のところ出回ってはいないから安心してくれ」
    「うん……それと、あの……他のことも」
     眠る前は分からなかった彼の言葉達がしっかり理解出来るようになった今、ひたすら昨夜の彼には感謝しかない。
     もう一度言ったありがとうを愛抱夢は受け止めて「いいよ」と目を細めた。
    「僕はじきに出るが君はもう少しゆっくりしていくと良い。帰る時はこの番号に。指示が来るから従って」
     見せられた画面を撮る。時刻はいつもの起床時間から一時間ほど手前で夜中に寝たにしては確かに早い。それなのにぐっすり寝た後みたいに身体が軽いのは何故だろう。愛抱夢が居たから。まさか。むしろ彼と寝るなんてなったら少なくとも昨日までの自分は緊張し通しだった筈だ。何をされるか分からなくて。
    「あのさあ、なんで?」
     昨夜と意味合いが全く異なることは伝わったらしい。はぐらかすことなく愛抱夢は淡々と。
    「キスだけで済ませられそうに無かったから」
     急に笑みの消えた顔が真実味を帯びさせている。
    「一度すれば間違いなくなし崩しに行為に及んでいた。あの状態の君からなら労せず同意は得られただろう。正気に戻っても忘れられないくらい愛してあげたなら予定よりずっと簡単に僕は君を手に入れられたかもしれない。でもそれってつまらないと思わない?」
     添えられた手にくいと顎を上げられたなら視線が交わった。赤い瞳をうっすら弓のようにしならせて愛抱夢は言う。
    「言わせてみせるさ。その口から僕を愛していると、あんな偶然など無くともね」
     反応に困る宣言を終えると彼は「ところで」と急に満面の笑みを。
    「僕は我慢したんだ」
    「……そうっぽいね」
     目元に薄くだけどくまのようなものが見える。彼の方は早起きどころの話では無かったのかもしれない。
    「ああ。だからご褒美があっても良いだろう?」
     ねだられたご褒美は大分意味が分からなかった。
    「しないんじゃないの?」
    「今の君とならしたい。……したくないなら無理にとは言わないが」
     露骨に悲しそうにされると何かとてもひどいことをしているような気分になる。色々と親切にされたことを思えば罪悪感が無いことも無い。それにあれだけ駄目だと言われたものをしていいとなると興味も湧いてくるような。
    「わかった。する」
     決めたらすぐが良い。何か言われる前に顔を寄せる。
     お願いされたのは頬だった。けれどもう自分は彼を好きではないので素直に聞かなくても大丈夫。
     さてどうなるだろう。言葉だけであんな顔をしていた彼がこんなふうにされたなら一体その反応は。唇を離して顔を見る瞬間がなんだかとても楽しみだ。
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