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    kesyo_0310

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    読み返せる用 水燎ちゃん【天使のいる部屋】

    これくらいのクオリティで文章書いていきたいけどはちゃめちゃにカロリー消費するんだよなあ

     特別棟の階段を上がりながら、水月はスマホを開いた。思っていたよりも連合での話し合いが長引いてしまい、サロンを出る頃にはすっかり陽が傾いていた。
     水月は手の中の液晶に目を落とす。新着メッセージは二件。どちらも歌唱部のグループメッセージからだ。タップして開く。
     颯馬から『今日は解散します』とメッセージが入っていた。その後に陽太からスタンプが届いている。最近お気に入りらしいメンダコのスタンプだ。送信時間は三十分前。
     そのあとは特に何も送られて来ていない。来る気配もなさそうだ。それでもスワイプして何度も新着メッセージを確認する。しかし先ほどまで話し合っていた内容が部長連合のグループにまとめられただけで、特に何も届かなかった。
     四階の廊下を足早に歩きながら、水月は歌唱部のグループに『了解』とメッセージを送る。
     部室の前に着くとスマホをブレザーに仕舞い、顔を上げた。耳を澄ませてみる。話し声も鼻歌も聞こえない。もう下校したのか、隣の音楽室からもなんの音も聞こえない。静かな特別棟の四階で聞こえるのは、水月の少し上がった息遣いくらいだ。
     ドアに手をかける。拍子抜けするほど簡単に開いた。
     部室に足を踏み入れて、後ろ手にドアを閉める。水月は壁際のスイッチに手を伸ばし、止めた。
     電気のついていない薄暗い室内に、黄金色の陽射しだけが降り注いでいる。
     窓際に置かれたソファから、心地良さそうな寝息が規則正しく聴こえてくる。すっかり特等席となったソファで燎が眠っていた。金色の髪が、窓から吹き込んでくる風にさらさらとなびいている。逆光のせいか、その寝顔はよく見えない。
     水月はデスクに置いたブランケットを手に取って、足音を立てないようにソファへ近づく。
     燎の傍に膝をつき、猫の刺繍が入ったブランケットを掛けた。金色の柔い髪が投げ出されている。水月は手を伸ばし、穏やかそうな寝顔を隠す前髪を梳く。燎の長い睫毛が寝息に合わせて揺れる。
     水月は燎の肩に手を滑らせて後ろ髪に触れた。錦糸に似た艶やかな手触り。指先にくるくると絡めると、するりと逃げていく。水月はその毛先にくちづけをした。
    「……好きだよ、燎」
     囁いた声は風に流れて消えていった。代わりに燎の喉がぐるる、と猫のような音を立てる。
     水月は燎の髪から手を離して立ち上がった。前方のドアまで歩き、スイッチを押す。蛍光灯が数回瞬いて、室内に人工的な明るさが満ちる。衣擦れの音が聞こえ、水月は振り返った。燎が寝がえりを打ち、ソファの背に顔を埋めている。ブランケットを抱き込んでいるらしい。
     窓から吹き込む風が冷えてきた。水月は頬を緩めながら窓に近づく。
     冷たい風が火照った頬を撫でていく。中庭に面した特別棟はグラウンドの喧騒もあまり届かず、どこまでも静かだ。柔い風の音と、水月の心音。燎の寝息。それだけが世界のすべて。
     水月は窓に手を掛けた。音を立てないようゆっくりと閉める。カーテンも閉じると室内は白い光で満ちた。
    「……水月?」
     名前を呼ばれて振り返る。燎がソファから身体を起こしてこちらを見ている。
    「……おはよう、よく眠れたかな」
     燎が一つ伸びをした。金色の髪が、さらりと肩口から流れる。寝ていたせいか、ハーフアップが崩れている。
    「つい寝ちまったわ。つうか来てたなら起こせよ」
     ソファ越しに燎の後ろへ回ると、水月は彼の髪からヘアゴムを抜き取った。手櫛で髪を梳いていく。
    「気持ち良さそうに寝ていたから、起こすのが忍びなくてね」
     燎の後ろ髪を上部だけまとめ、ハーフアップに結び直す。燎が顔を上げた。琥珀色の瞳に見つめられる。
    「もう帰るんだろ?」
    「うん」
     水月はソファから離れ、部室を歩いていく。後方のドアに近づいて、内鍵を閉めた。
    「せっかくだし、今日は寄り道でもする?」
     振り返ると、燎が立ち上がっていた。ブランケットに刺繍された猫を見つめている。
    「どこ行くんだ?」
    「そうだな……」
     ブランケットを畳みはじめた後ろ姿を見ながら、水月は少し考え込む。
    「駅前の猫カフェなんてどうかな」
    「いいな!」
     燎がブランケットをデスクに置きながら声を弾ませた。水月は口角を上げたまま、前方のドアへと歩み寄り、壁沿いのスイッチを消す。電気を落とすと室内は途端に薄暗くなる。
    「忘れ物ないか見てくれる?」
     前方のドアに手を掛けて振り返る。
     水月は息を呑んだ。
     燎はソファを向いていた。カーテン越しにうっすらと射す陽光が彼の髪を照らしている。
    「忘れもん無さそうだぜ」
     ゆっくりと、燎がこちらを振り返る。輪郭が黄金色に縁どられ、その瞳が煌めいた。まるで宝石のようだ。
    「どうかしたか?」
     声を掛けられ、水月の意識が引き戻される。
    「ううん。行こうか」
     水月はドアを開けた。燎が後ろから付いてくる。
    「あの猫カフェ、真っ白な猫ちゃんがいてよぉ」
     燎の話に相槌を打ちながら、水月はドアに鍵を掛ける。数回引いて、戸締りが済んだことを確かめると、揃って廊下を歩き出した。
    「可愛くてさぁ、まさに天使って感じなんだよなあ」
     水月は隣を歩く燎の横顔を見つめた。柔い金色の髪にきらきらと透き通った琥珀色の瞳。
     水月が思わず声を漏らすと、隣で燎が首を傾げた。
     君の方がよっぽど、とは今はまだ言わないでおく。
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