初めて自らの意思で手にしたケープは
目の覚めるような、鮮やかなターコイズブルーでした。
ーーー星の子して産まれ落ちた私の周りには、幸いにも多くの星たちが居た。わからぬまま温かな色の炎を手にすれば、何も言わずにそれを重ね合わせ、そっと手を取ってくれた。
先に産まれたらしい星の子達の手に引かれながら、気付けば美しい空の色も、穏やかな水の音も、時が止まるような星の輝きも教えて貰った。
そして、拙いながらに空を舞いながら、そして笑い過ごす日々を送っていた。
けれども、私の名を呼び手を差し出す星たちの姿はあまりにも自分と違いすぎて、時々言い知れぬ羞恥心に襲われる時があった。
何気なくポロリと本音をこぼせば、彼等は笑いながら空を見上げ、浮かぶ星座を指差しながら
「貴方が使命を果たした分、ここから贈り物が貰えるんだよ」
そう穏やかに言いながら頭を撫でられた感覚に、胸の奥が微かに高鳴る。
その日から私は、何度も見上げながら、目の前に舞い降りた精霊に光を渡し、少しずつ少しずつ星座を解放していく事にした。
初めて貰うものは決めていた。
手を取り、舞った空の色と同じ色のケープ
華やかな飾りがあるケープにも憧れはあったが、初めて手に入れるのはあれが良かった。
毎日、少しずつ少しずつキャンドルもハートも集め続け
そして受け取ったケープは、思っていたよりもずっとずっと美しかった。
光があたれば色味を変え、吸い込まれるような青を身にまとえば何だが、すっと背筋が伸びるような気がした。
急いで仲間の所へ駆ける、風にケープが揺れ視界の端に映るたびに嬉しくて頬が緩んだ。
いつも手を引いてくれる友人達は口々に褒めて、私の頭を撫でる
誇らしいような気恥ずかしいような気持ちで、何度かくるりと回る。
「あとはズボンがあれば、また変わるんだけどね」
不意に頭上から降ってきた声がストンと胸の一番暗い場所に落ちる。
周りの仲間達もわかるわかると口々に笑いながら呟くのを聞きながら、チラリと視線を向けると
華やかなケープとそれに見合った髪型やズボンが目に入った
急速に周囲の音が遠のくような感覚と、溢れ出した言い知れぬ感情に目の前が揺れる。
そんな自分に驚き、動揺を誤魔化すように曖昧に笑って足早にその場から逃げ出した。
さっきまであんなにも胸が躍り、何度も振り返って見ては、その綺麗さに顔を綻ばせたケープが、やたらと肩にのしかかって重く、思うように飛べない。
逃げるように、ただただ目的も無く飛び続ける。途中エナジーが無くなって飛べなくなった後はがむしゃらに走りに走った。孤島の穏やかな光の中で嫌味なほどに映えるケープが憎く
自分があまりにも惨めな姿をしている気がして、ぐっと唇を噛んだ
光の差す、静かな洞窟の中に座り込んだ瞬間
耐えていた涙が目から溢れ出たのがわかった。
それは羞恥だった。
どれくらいの時間そうしていたかわからない、不意に背中が温かくなっている事に気付き顔をあげると、黒い影がそっとこちらに火を差し出していた。
誰とも何もしたくなくて、離れようと立ち上がったが、そのまま微動だにせずこちらを向いたままの影になんとなく気が引けて、そっと火を近付ける
姿が見えた彼は、深い深い紺色のケープを肩に掛けていた。光が当たる部分がほのかに緑色を帯びて美しい。
鳥のような面を付けていて表情は読み取れなかったが、口元は優しく笑っていて
何故か妙に安心した。
「うずくまって動かなかったから、少し心配になって」
彼は一度大きく鳴き、羽を回復してくれた。
急にすみませんと、一度頭を下げて去っていく背中に何も言えず立ち尽くしていたが
「そのケープ、本当に綺麗ですよね」
そう楽しそうに告げられた言葉に、
悲しみや羞恥よりも先に怒りが込み上げた
「そんな事言わないで下さい、みっともない私を見て馬鹿にしているんでしょう?これ以外何も持っていない恥ずかしい未熟な姿がそんなに面白いですか?そうやって笑って結局は見下してるだけじゃないですか」
口からは驚くほどスラスラと言葉が溢れた
息が荒くなり、止まっていた涙がまた流れ出す。嗚咽で最後はもう何を言ってるかわからなかっただろうけど、息が苦しくて荒く呼吸をしながら、馬鹿みたいな八つ当たりをしている自分が、あまりにも醜くて惨めで、言ってしまった後の罪悪感に足元が震えた。
「すみません」
相手の顔を見ないよう深く頭を下げる
居心地が悪くなり、それ以上は何も言えず
ただただ立ち尽くす私を見て
彼は一度大きく息を吸って、諭す様にゆっくり話し始めた。
「俺は……何があったかも知らないし、何を言われたかも知らないけど、それでも貴方の今の格好は素晴らしいものだって、そう思いますよ」
ふわりと風が吹き込み、2人のケープを大きく揺らした。
「きっと、貴方にはなりたい姿や憧れがあるんでしょうね、それは本当に本当に素敵で素晴らしい事だって思います。それに向かう過程は何にも代え難い時間だと俺は思ってるけど……多分、それと同時に凄くもどかしい時間でもあると思います。
理想と違う自分と周りの姿を比べてしまう気持ちもわかります。でもね、だからって今の自分の姿を否定したら悲しいじゃないですか…それが続けば、きっとどんな姿の自分になったとしても愛せなくなる」
唐突に投げられた言葉に、息が詰まる。
何度も何度も星座を見上げて、手に持ったキャンドルとハートの数にため息をついた日々が頭のどこかで流れ出す。
あの時、どうしても欲しくて恋焦がれたあのケープは
今、私の背を温かく覆っている
「いきなりすみません」
と最後に告げて、彼はふわりと風に乗って飛んでいった。
自分とは違う色のシンプルな紺色のケープは、やっぱり美しくて、思わず見惚れたが。
視線を落とした時に映った鮮やかなターコイズブルーも
やはり、美しく見えた
あの後、友人達は私が帰ってくるなり
私と同じ洋服とケープに身を包んで「写真撮りに行こう」と手を引いた。
一つ違うのは、そのケープの色が色とりどりだった事だろう。
私の妙な劣等感に気付かなかったか、気付いても知らないふりをしてくれたのか
それはわからなかったけど、その日の写真は
私の大切な宝物の一つになった。
あれから、何度も孤島に行き彼の姿を探したが中々会う事は出来ぬまま時間だけが過ぎていった。
その間に、なんだかんだと私のクローゼットも充実していき、憧れを一つ一つ手にしていき、手を引かれてばかりだった私が、誰かの手を引く事も増えていった。
半ば諦めていた、とある日の事
「あの!」
気付けば駆け出し、その腕を掴んでいた。
あの時と同じ鳥面の奥で、驚きに目が見開かれるのが見えた。
やっと見つけた彼の姿に、心臓が早く鳴る
何かを言わねばと口を開くが言葉にならない。
彼はじっとこちらを見ていて、そんな彼の隣に立っていた兎面の男が優しく私の手を解いた。
それもそうだろう、よく考えれば私の行動は突拍子も無く、迷惑な事この上ないだろう。
だって、彼は私の事など覚えていないだろうから
「もしかして」
けれど、私の思いと裏腹に彼が呟く。
「ずっと前、孤島に居た子?」
「そうです!!私です」
ずっと何かを言いたかった、けれども何を伝えれば良いのかわからなくなってしまう
「あの」
ようやく、口から溢れた言葉を攫うように
吹き抜けた風が、私の鮮やかなターコイズブルーのケープを揺らした。
その光景を見た彼が、あの時と同じように楽しげに笑う
「そのケープの色、本当に綺麗ですよね」