明朗快活「......マイト、シカトか」
スミヲはスマホ画面を見つめ、溜め息をついた。最初の頃は敬語できちんきちんとレスが返っていたが、この頃は10文字以内の短文がぶっきらぼうに返ってくるばかりである。画面の端に表示されたデジタル時計は午後3時過ぎを指している。完全に手持ち無沙汰になったスミヲは視線を上げ、仮装した人々で賑わう渋谷ストリーム前広場を見るともなく眺める。
「Trick or Treat, スミヲ君!」
近寄る気配もなく背後から明るい脅しをかけられ、スミヲはギクリと振り向いた。どこで買ったのか黒い耳のカチューシャを身につけたリーダーがニコニコと底知れぬ笑みを向けている。勿論お菓子なんて持っていない。リーダーが何を考えているかなどスミヲには知る由もなかったが、経験上あまり良い予感はしない。「頼れるリーダー」だが「信頼できる人物」ではないのだ。それでも何とか笑顔を繕い応える。
「すみません、持ってないっす」
「そう?じゃ、イタズラはしないけどティーブレイクに付き合ってくれないかな?」
「しょ、承知しました」
ニコニコと頬を持ち上げて見せる。うまく心を開かない自分を受け入れ、「無理にでも笑ったほうが信頼されるよ」と教えてくれたのもリーダーだった。そのリーダーは大柄な体格に似合わない軽々しいステップでカフェの自動ドアを潜っていった。
後を追いかけながら思う。あぁ本当に変な一日だな、と。
そう、変な一日だった。
朝一番にRNSのアプリに届いたのは、うんざりするほど見慣れたミッションの通知とはトーンが異なるイレギュラー連絡だった。
"今日はミッション非開催とする"
それだけの一文。起き出したメンバーが目を擦りながら各々スマホを眺める中、QFRONTの液晶画面に金髪の男の姿が映った。
「ごきげんよう、渋谷の民よ。...非常に申し訳ないが、別件が入ってしまってね。今日はゲームを開催できないんだ」
一方的な通知に困惑するメンバーを他所に、男は真紅の瞳を伏せた。
「お詫びと言っては何だが...今日一日は君たちのスマートフォンからRGに接続できるようにしてあげよう。もともとハロウィンとは冥界の住人が現世を訪れる日だと言うからね」
半信半疑でメッセージアプリを開く。早くも「おお、通じてるじゃん」などとはしゃぐチームメイトの声を他所に、誰に連絡を取ったものか少々考え込んだ。親、友達、彼女......親しすぎる人間は、死んだはずの自分からの連絡を不気味に思うだろう。迷った末、大学の同クラのルームに"ハッピーハロウィーン"のスタンプを落とす。3分待ったところで既読がつき始め、何人かは同じようなスタンプで返信してくれた。連絡が取れるというのはどうやら本当。......しかし、取れたところで誰と話せば良いと言うのだろう。
仕事がないと暇を持て余すのか、パーカー死神が街のそこここで欠伸をしている姿さえ見かけた。嫌に間延びした緊張感で街を彷徨い続ける日常にもウンザリしていたが、やることが無ければないで退屈なのである。暇潰しに誘ったマイトにも無惨に振られてしまった。
「スミヲ君は誰かに連絡取ってみた?」
スイーツプレートの端の南瓜のタルトをフォークで切りながら、リーダーが尋ねる。いやぁ取ってません、とスミヲは作り笑いで返した。
「いざ取ろうとすると誰に話していいか分かんなくて」
「死んでるからね、僕たちは」
綺麗な切り分けられたタルトの一口を飲み込み、リーダーは小さく笑みを浮かべる。
「モトイリーダーは誰かと話せたんすか?」
「僕?......僕はね、久々にSNSに投稿してみたよ」
「投稿?」
「そう。知ってるでしょ、僕のアカウント」
笑顔でケーキを切り続けるリーダーを前に、失礼します、と言ってスミヲはスマホを開いた。UGに来て、「ピュアハート」に引き入れてもらってから知ったリーダーのアカウント。青空に飛ぶ風船のアイコンはRGにいた頃からよく見かけたものだった。アカウント名、Another。その最新投稿の日付は今日の13:14を指していた。
"人と仲良くなれるチャンスは大事に"
早くも800以上のハートマークが投稿を祝福している。一旦スマホから目線を上げると、リーダーは早くもタルトを片付け、紫芋のモンブランの解体に勤しんでいた。
「反応デカイっすね、さすがリーダーです」
「そう思う?」
「ハイ!影響力が凄いと思います!」
取り敢えず褒める。思いつかなくても全力で褒める。これもリーダーから教わったこと。しかしリーダーは貼り付けたような笑みのまま、眉一つ動かさなかった。
無言で自らもスマホを取り出し、画面をスミヲに示した。同じSNSの画面。ドラゴンのアイコンのタイムラインが映っている。中学生あたりだろう幼い発言が並び、その一番上には先程のリーダーの投稿があった。
「この子ね、よく僕の投稿を拡散してくれるんだよ」
「リーダーのご友人ですか?」
「ううん?たまたま目についたから追ってみてただけ」
見ている最中にもタイムラインが更新され、新しい投稿が画面の上に現れる。
"久しぶりだけどやっぱアナザーさん好きだ"
「好きだ、だって」
アハハ、とリーダーはやけに乾いた声で笑った。そこそこの大声に、隣のテーブルの女性が怯えたようにこちらをチラリと見た。不審に思ったスミヲは即座にフォローする。
「よ、良かったじゃないですか」
「......良かった、と思う?」
大きな手で顔を覆うように嗤っていたリーダーが指の間からスミヲを見る。口だけは笑っているが眼差しは刃物のように冷たく、その眼光に思わず息が詰まった。
「...スミヲ君は知ってるかもしれないけど、これは僕の言葉じゃないんだよ」
「だとしても、モトイリーダーが言うから意味があるんすよ、きっと」
「僕?......僕なんて意味ないじゃない」
口先だけの笑みを崩さぬままリーダーは再びスマホの画面に目を落とす。ドラゴンアイコンの投稿欄を少しだけ遡ってからスマホを置き、抑え切れないように身体を揺らして嘲笑う。
「借り物なことにも、もう死んでることにも気づきもしない癖に!一丁前に俺が好き、とかさぁ!」
アハハハ、と心底可笑しそうにリーダーは顔を上げた。彼の表情にはあまりバリエーションがない。笑顔か、優しい笑顔か、冷酷な笑顔。最初はその人当たりに憧れ、途中からそれが怖くなった。彼はこの声と表情を鞭のように使い分け"ピュアハート"という狼の群れを見事に統率している。群れに背こうとした者に対してすら彼は微笑みを向け、微笑んだままで「グッバイ」と死刑宣告を告げるのだ。怖いだけに今更逃げ出すわけにも行かない。
彼のボルテージを下げるように、精一杯軽々しい声色で告げる。
「気にしちゃダメですよ、リーダー。それに死んでても誰かを動かせるって凄いじゃないですか」
チームリーダーには怒りも涙も戸惑いもない。最近ではそれが少し可哀想にも思えていた。その彼は一瞬だけ無表情で目を瞬いたあと、少しだけ和らいだ笑顔で言った。
「……スミヲ君のそういうとこ嫌いじゃないな」
「光栄です」
再びモンブランにフォークを立てたリーダーに合わせ、スミヲも自らの南瓜プリンを一口掬う。カラメルの苦さを味わいながら、やっぱり変な一日だったな、と上の空で思った。