Application 奇妙な「ゲーム」も5日目ともなれば慣れてしまうもので、スペイン坂へと続く通路を封鎖する巨大な格子を見上げながら目線は自然と赤いパーカーの男を探していた。
探し人は少し離れた飲食店の軒先、壁に寄りかかって立っていた。声をかけようと近づく前にスマートフォンが震える。半ば無意識的に画面を持ち上げてメッセージを確認する。
『よう。そこ通りたい?』
「なになに、またスワロウさん?」
「いや、壁解放の連絡?みたい」
肩越しに覗こうとする友人には直接、スマートフォンには素早い文字打ちで返事を返す。カイエさんといい、どうも話すのが苦手な死神というのは一定数いるものらしい。
『なにすればいいですか』
『ハイハイ、じゃ死神クイズ!』 『3問正解したら通してやるよ』
『わかりました』
「クイズだって」
ミッションの出し方は個人の裁量権が大きいものらしい。 ノイズばかり倒していれば良いかというとそうでもなく、あの服を着ろこのブランドで固めろと、どうも服装の指示ばかり受けている気がする。自分たちのファッションはそんなにダサいのだろうか。
「オッケー、じゃ協力プレイで行きましょ」
「ナギさんもお願いします」
「リンドウ殿の頼みとあらば」
次のエリアに向かうためにはなるべく最速で答えにたどり着きたい。いつものように「もう一人のメンバー」はどこかへ行っていたが、彼の場合は頼んだところで協力してくれる保証も無い。3人でこのまま進めてしまうことにする。
『いちもんめー』
「きた!…………って何これ?」
「……えっ?」
図々しくスマートフォンを覗き込んできた友人の顔が怪訝そうに歪む。自分にとっても十分な意外性を持った問題が画面に現れていた。
『サボテンダー = 1○7』
「何?暗号?」
「全くわかりませんな……」
「多分、ポケコヨのモンスター……なんだけど、意味わかんね」
「まじ、リンドウしか分かんないじゃん」
死神の私権濫用はどこまで許されているのだろう。少々呆れてしまう。
「リンドウ殿、ワイのレガスト経験から鑑みるに……モンスター図鑑的な番号があるかと?」
「あー……ありますね」
急遽ポケコヨのアプリを開き、図鑑を確認する。プレイはできないが、ログは残っていた。図鑑番号を確認し、そのままRNSに文字を打ち込む。ナギさん、ありがとうございます。
『117』
少し間を置いて『正解!』の文字が帰ってきて、3人でほうと安堵の息をついた。もしこの調子で3問解くだけでいいならノイズ退治もなくてだいぶ楽である。
『次の問題ー』
再び3人して緊張の面持ちになり、一つのスマホ画面をじっと覗き込む。続いてピコ、と軽快な音を立てて吹き出しが現れる。
『アダマンタイマイ×カーバンクル』
「掛け算だわ、リンドウ調べて」
「ハイハイ」
馴染みきった操作で検索ボックスに名前を打ち込む。堅そうな甲羅の大亀と、つぶらな瞳を持つ猫のような兎のような小動物が画面に現れる。
「アダマンが152、カーバンクルが53」
「152×53で……8056!」
「どうも」
フレットが自分のスマホで素早く計算を済ませた。そのままメッセージを送ると、即座に『またもや正解!』と帰ってきた。
「今回チョーシいいじゃん」
「次も最速を期待」
「ナギセンもがんばろー」
「……」
なんで無視すんのぉー、と悲しげな様子もなく嘆いてみせる声を聞いているうちに、すぐ3問目のメッセージが届いた。……届いたが。
「あれ?ナニコレ」
『デブチョコボ!』
それだけだった。解釈に困る。とりあえず図鑑で太ったヒヨコを検索する。No.7。
「デブチョコボ……??」
7、と打ち込んで送ると『残念、不正解』と即座に帰ってきた。
「え、打ち間違い?途中送信?」
「き、聞き直してみては……」
『問題あってますか』と打ち返すが、『それで合ってるよ』と帰って来るばかりだった。目線を上げて赤パーカーの方を見やると向こうも顔を上げてこちらをじっと見つめていた。心なしか口元がニヤついている。してやったり、といった表情だ。ムカつく。
「えー……意味わからん、何だろこれ……」
「もしかしてどハマり的な……?」
「……カイジョウ」
「おわっ!?」
突如黒い影が3人の後ろにヌッと現れた。黒いフードを目深に被った長身の男—-ミナミモトさんが焦れたようにこちらを見下ろしている。ミナミモト様、と異常にうわずった声でナギさんが感嘆を漏らし、すぐさまその意の翻訳をこちらに伝えてくれる。
「階乗……階乗ですリンドウ殿!」
「か、カイジョウ……!?」
「3×2×1……」
「あー、こないだ習ったばっかのやつ!」
「あ、それか!」
直前の数学の授業で習ったばかりだった。nを1ずつ減らしながら掛けていくやつ。7、6、5……と電卓アプリに打ち込む。後ろから「5の階乗で120だよね」とショートカットの指示や「その程度暗算だ、ゼプトども」と忌々しげな声が聞こえてくるが、計算ミスで時間を無駄にするよりはマシだと割り切って1つずつ数字を打った。
『5040』
『正解!通っていいぜ』
ガチリ、と音がして格子が解除され、スペイン坂までのルートが確保された。視界が晴れ渡り、奥まった道の先にやや急な階段の坂道が見えている。
「やたー!協力プレイじゃん!」
「ミナミモトさん、ありがとうございます」
確かに彼が戦闘以外で明確に助力してくれるのは珍しいように感じた。改めて長身の男に向き直り、軽く頭を下げる。再び見上げた視界に入ったのはいつも通り、鬱陶しい、とでも言いたげな表情でこちらを見下ろしてくる冷酷な瞳だった。
「演算能力のないヘクトパスカルども」
プツ、と呟き彼はキャップの鍔を下げ直した。またどこかへ行ってしまうのかと思ったが、捨て台詞のようにもう一言言い残す。
「もっとマシな計算をしろ」
「……?」
彼の言葉は基本的に意味不明だが、今の言い方だと自分宛の言葉に感じる。フレットが補足して茶化してきた。
「数学頑張れってことでしょ、リンちゃーん」
「……ワイもそう思います」
「……フン」
少なくとも否定ではないトーンでミナミモトさんが鼻を鳴らした。だとしたら……返す言葉もない。
「……はい」
帰ったらやらなければいけないことが沢山ある。1週間分の課題を片付けて、復習も1週間分になるのだろうか。しばらくは忙しくなるんだろうな、と少々気が重くなった。