あこがれツーショット カシャリ。
腰の脇に低く構えたスマホが小さな機械音を立てた。そっと覗き込んで画面を確かめると、羊柄の赤いTシャツに袖を通し、鋭い目線で腕を組んでいる推しの姿があった。全然似合っていない。だがそれもいい。
眼福ですなぁ、と内心で思う。口角がだらしなく緩むのが分かるが、抑えられない。普段見られない推しの姿というだけではない、シェパくんのTシャツは自分とお揃いなのだ。ファッションに特段興味はなかったが、今日だけは安価で数を揃えやすいこのブランドに感謝した。視界の端で、同ブランドの帽子を被ったリーダーが遠慮がちに推しに声をかけている。
「ミナミモトさん……本当にいいんですか」
「解を導くのに必要なら、構わん」
そしてフンといつものように鼻を鳴らした。
一般人との交流が絶たれたこの奇妙な「死神ゲーム」において、飲食品と服飾品だけはなぜか購入できるのだった。しかもペラペラのTシャツ1枚を着ただけでも、ノイズの鋭利な牙と爪から受ける痛みは格段に楽になる。実に謎が深い。ともかく、手持ちの現金で可能な限り全身を固めようとした結果、リーダーは黒い帽子を、推しと自分は赤いTシャツを、残り1名は下ろしたてのワイシャツを身につけていた。
「……見ーちゃった」
「ヒッ!」
突然横から声がして思わず肩が跳ねる。向き直ると、無表情にこちらを見ていた『残り1名』と目が合ってしまった。その口元がにひ、と歪められる。
「駄目でしょナギセン。盗撮は良くないって」
「……」
軽薄な雰囲気なのに至極まともなことを言う。この少年が苦手だった。明らかに陽の者なのに、割り切れない部分が時折顔を出す。どう向き合っていいか分からないから最初から無干渉でいようと思っているのに、相手の方は無駄に絡んで来ようとするから性質が悪い。
「……あなたに関係ないです」
「そうじゃないよね?俺ってかミナミマタさんに失礼じゃん」
「……そうですが」
「それにナギセン何回かやってたでしょ」
正論だけに返す言葉もなく、ぐっと喉に息が詰まる。急に顔に血が上ってきて熱くなった。彼の言うとおり、これは一回目ではない。最初にやってしまったのは意外に甘いものを好むと知った時。満足そうにタピオカを啜る姿をいつまでも見ていたくて、気づかれないようそっと写真に収めた。着替えることに特に抵抗がないと分かった時は、フェイクレザーのスカートを身に纏ったちぐはぐな姿を保存した。既に「トモナミ様」フォルダには生の写真が20枚程度溜まっていた。
それをずっと見られていた。この聡いところも苦手なのだ。
「どうかしましたか?」
気づけばリーダーも近くに歩み寄ってきていた。推しもノソノソと黙って後に続いている。
「ど、どうもしませんが」
「ですかスミマセン、フレットと話してるの珍しいと思って」
「何でもない、シェパハいいよねって話してただけ〜」
大ごとにする気はないらしく、内心で胸を撫で下ろす。
「……ゼプトグラム」
「は、はひ」
ボソリと推しが呟く。言葉だけでは誰宛てかも分からないが、その視線はじっと自分を捉えていた。
「……写真だろう」
「きっきづかれていたのですか」
「当然だ」
気づかれていたのだ。一心に姿を収めていた対象にも、脇から見ていただけの第三者にも。気申し訳なさと気恥ずかしさで二の句が継げずにいる中、推しはつまらなさそうに言った。
「別に構わん」意外すぎる言葉。
「ふぇ?」
「あれ、そーなの?」
好きにしな、と言って帽子を目深に被り直す。
「……公認じゃん」
「良いのですか……トボナビサマ」
興奮と緊張で舌が縺れてしまう。しかしきちんと耳には届いたのか、黙ったままで推しはコクリと頷いた。胸の辺りが薔薇色のときめきであっという間に満たされる。
「良かったねナギセン」
何事もなかったかのように陽性少年が声をかけてくる。癪に障るが、今回ばかりは彼のお陰で推しの激レアショットが堂々と撮れるようになった。
「……どうも」
僅かにだけそちらを向いて答えると、にひー、と満面の笑みを浮かべていた。
「ね、折角お揃いだしツーショ撮ったげよっか」
「そっ……それは流石に、ミナミモト様に」
「撮るなら早くしな」
信じられないことに、推しの答えは”了承”だった。焦れたように命令され、少年が「はーい」と調子良い言葉を返す。その辺に並んで、と指示されるに従って二人で横並びに立った。
「もっと寄ってー」
「……」
勝手が分からず、じり、とだけ距離を詰める。推しが無造作に一歩ぶん歩み寄るのが分かった。それだけで、まるで待ち侘びたイベントの最高潮のように胸が高鳴る。
「はいチーズ」
カシャリ、と聞き慣れた音がして、フラッシュが我々を包んだ。閃光が消え、推しはつまらなそうにそっぽを向く。少年が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「どう?」
見せてくれた画面の中で、赤いTシャツに身を包んだ二人が並んでいる。口元をひき結んだ硬い表情の自分の隣で、長身の男が帽子の陰の奥から刺すような眼光でこちらを見ていた。二人とも全然、全く、少しも似合っていない。そんなところまでお揃い、と甘い妄想が浮かびかけたので急いで頭を振って散らした。
「……いいのではないですか」
別に自分から頼んだわけではない。推しのピン撮りが増やせればそれだけで良いと思っていた。それでも、想い人と揃いの服を着て並んでいる一枚の写真は、幸せの時間の証拠のようで何だか悪くないと思えた。
「よかったじゃん!」
また着替えしたらツーショしよ、と勝手に楽しそうにしている。そうしてどう見ても陽の者としか見えない笑みを向けてくるのだった。