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    限界羊小屋

    @sheeple_hut


    略して界羊です

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    限界羊小屋

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    フレリン クリア後世界
    ネクやビイトと同じく、UGに来たことで "感度" が高くなってしまった二人の話

    幻妄トワイライト 来なければよかった。後悔したが、もう遅かった。
     そのトンネルの中には長い黒髪を引きずるようにした女の気配が待ち構えていて、ギロリとこちらを睨めつけていた。思わず足が止まるが、ひとり先を歩いていたクラスメイトは全く気づく気配がない。その前方から大熊がぬらりと現れる。紋章のような形をした鋭い爪が光り、一筋だけ暗闇を裂く。
    「っあ、危な……」
     ぎざぎざの犬歯がにやりと嗤ったように見えた。引き戻すだけの余裕もなくて、ただ隣を歩くフレットの制服の裾を掴むのが精一杯だった。彼まで巻き込まれてしまわないように。
     気づかず歩き続けるクラスメイトの頭上に、熊のノイズが爪を振りかぶる。そのまま捻り潰されてしまうように錯覚して咄嗟に目を瞑る。しかし悲鳴も音も続かず、ただ痛いほどの沈黙がトンネルの中を満たしていた。目を開けると熊の化物などどこにもいなくなっており、ただクラスメイトはぼんやりと歩みを止めて下を向いていた。
    「……おい、大丈夫か?」
     振り向いた彼がゆらりと顔を上げる。笑っている、というより口元が不自然につり上がっていた。その目はどろりと淀んでいる。--UGで幾度か目にしていた "憑りつかれた"者の目つきだった。
    「大丈夫って何がだよw」
     同調するようにトンネルの奥の女がゆらりと顔を上げ、こちらを見据えてケタケタと虚しい笑い声を響かせた。フレットがちらりとこちらを振り返り、俺だけに聞こえるような小声で囁く。
    「ダメぽいリンドウ、多分ここ行くのムリ。サイトウには悪いけど俺らは一回戻ろ」
    「……だな」
     小さく同意を返して、二人で暗い目をしたままのサイトウに向き直る。フレットがパシンと両手を合わせ少しふざけたような声で言った。
    「ごめん、リンちゃんちょっと具合悪いっぽいから……ちょっとその辺で休んでから帰るわ」
    「は?」
     んだよビビってんのかよ、とサイトウは舌打ちする。
    「お前らさ、夏休み終わってから付き合い悪くなったよな」
    「……ゴメンねー」
     急激に冷えた空気から逃げるように振り向き、そのまま小走りで短い通路を引き返す。小さいながらも閉じ込められるように深い暗闇を抱えたトンネル。そこから外に出た途端視界はオレンジ色に染まった。
     黄昏が汚れた灰色の街一面に光を投げかけている。暗い色の雲が空を半分ほど覆い、その切れ端からも夕陽の紅が怪しく覗いている。
     雲の合間を縫って飛ぶ鴉が、一羽。
     嗄れた声で悲痛そうに鳴いていた。

     UGから帰ってきてからおかしなことが増えた。
     ノイズが見えるようになった。参加者の声が時折聞こえるようになった。心の中を覗かれているような妙な感覚に捉われるようになった。 — 一言でいえば、「霊感が強く」なっていた。” 視える “ だけならまだマシで、強力なノイズやソウルが残留しているような場所では声が聞こえる、頭痛がする、悪寒がする。
     幸か不幸か俺とフレットは二人揃ってこの症状に悩まされた。予防のため、一般に”心霊スポット”と呼ばれる場所を下調べしては避けて歩くようになった。それから霊験があるのだという御守りをお揃いで買ってみたりもした。お参りや初詣で買うような代物とは違う、と示すように一段高い場所に積まれていた御守りは1500円もした。
     高いなりに効果を発揮してくれたようで、御守りを買ってからはフログやレイブンのような雑魚ノイズに襲われることがなくなった。恨みがましく此方を睨んでくる姿を見ていると奮発した甲斐を感じられて少し気分が良かった。
     それだけに、その日は油断があったかもしれない。
     たまたまサイトウも帰る時間が同じだったので3人で下校していた。UGに行く前に何度か通った帰り道には線路下を潜るトンネルがある。夏休みの間に交通事故があったらしく、心霊サイトに新規スポットとして掲載されていたのを以前見ていた。フレットと二人であれば避けて通ったところだが、同行者がいることもあり何となく言い出せずにそのトンネルに足を踏み入れてしまったのだ。
     あそこに居た女もまた死神ゲームの参加者なのだろうか。或いはたまたまその場を担当していた死神という線もある。ともかくノイズの方はかなり強力なモノだったから、何とか祓われるまでサイトウは不快な気分に襲われ続けるだろう。UGで散々見てきた経験則上、一緒にいたら八つ当たりの標的になったり、最悪ノイズを移されて割れるような頭痛に悩まされる羽目になるかもしれない。
     — もうバッジもサイキックもないからどうすることもできないのに、” 視える” 程度の霊感は残された。
     迷惑この上ない。


    「ヤなもん見ちゃったね、リンちゃん」
    「だな」
     結局あの後、駅から少し離れたカフェに滑り込んで息を整えることにした。テーブルの上のオレンジティーは外の夕暮れを溶かし込んだような優しい色で、湯気のたつ表面が軽く揺らいでいた。柔らかな茶葉とシトラスの良い香りが少し気分を和らげてくれる。フレットも憂鬱げにカフェラテの泡をくるくる掻き混ぜている。
    「……逢魔が時、とか言うもんな」
    「オーマガ?」
     フレットが不思議そうに尋ねる。検索してみ、と言おうかと思ったがやめた。おそらく漢字を知らないだろう。
    「逢魔が時。黄昏。今ぐらいの、夕方の時間はそういうの出やすいんだって書いてた」
    「そういうの?」
    「霊とか」
     霊かぁ、と言ってフレットはヘらりと情けない笑みを浮かべた。
    「いやー、俺今まで霊感とかなかったからさ、自分の人生でそういうの気にするようになるとか思わなかったわ」
    「俺もだよ」
     UGに行くまでは全く意識していなかったし、心霊スポットとか幽霊の類など全く信じていなかったのだ。 "あの世" の経験は俺の認識を確実に歪めてしまった。
    「いつか治んのかな、コレ」
     思わずため息をつくと、テーブルを挟んだ相手は聞き咎めたのか心配そうな口ぶりで尋ねた。
    「……不安?」
    「そりゃまあ、不安」
     変なもん見えるし聞こえるし、頭痛くなるし。考えてること知られるかもって思うと気分悪いし。 — 身近な相手でそんな悩みを打ち明けられるのはフレットしかいない。友達、家族、教師、スクール・カウンセラー……誰に言っても笑って流されるか、最悪病院を紹介される羽目になるだろう。彼にしても状況は同じなのだろう。俺も時折同じような彼の愚痴をうんうんと聞いていた。
     互いの感覚が解る、というのは安心できる。
     RGに戻ってきて以来、俺たちは前にも増して放課後の時間を共にするようになっている。
     一通り話し終わり、再びオレンジティーに口をつける。黙って頷いていたフレットが「うん、」と顔を上げた。
    「あのさリンドウ」
    「何?」
    「不安かもしんないけど……リンドウがちょっとでも安心できるように、俺頑張るから。悩みとかあったら聞くし。あ、UG絡みのことだけじゃなくても」
     唐突な言葉。死神ゲームの前には決して見せなかった真摯な表情、彼はそれを真っ直ぐ俺に向けていた。未だに慣れないのだ。こそばゆくて、駄目だと分かっていてもこっちが茶化してしまいたくなる。
    「あはは……頑張るって、何をだよ」
    「分かんないけどさ」
     もどかしそうにフレットは語り続ける。
    「俺、多分UGでリンドウに色々助けてもらったと思うし……リンドウが辛いこととかあったら、今度は俺が絶対助ける。俺はもう逃げたくないし、友達が悩んでたらやっぱりちゃんと助けたいって決めた」
     かつての友人に重ねているのかもしれない、蒼い瞳は決意のようなものを帯びて真っ直ぐ俺を見ていた。その想いまで否定してしまいたくなかったからそれ以上何も言わず、「そっか」とだけ同意を返した。
    「……まあ、夕方に出歩くのしばらくやめた方いいかもな」
     二人して帰宅部を決め込んでいたのがこんな形で裏目に出るとは、1学期の時点では思ってもいなかった。フレットは少し考え込み、それから思いついたように片方の拳で手のひらをパシンと打つ。
    「じゃさ、明日からは夜になるまで図書室で時間潰してから帰るとか?」
    「俺はいいけど……おまえ暇じゃね?」
    「課題やるから教えて」
    「どうせそっち目当てだろ」
    「あ、バレた?」
     フレットが頭を掻く。半分は本当に教えてもらう気だったのだろう、分かりやすい目論見に小さく吹き出してしまった。二人で一通り笑い、それからフレットが提案する。
    「ま、今日はここまで来てるし……30分くらいゲーセンで時間潰してから帰るとかどーよ」
    「いいけど何やんの」
    「お任せ? どうせ何やってもゲームならリンドウが勝つし……ただの暇潰し」
    「分かってんじゃん」
     彼は全般的にゲームがあまり得意でないのだ。渋谷散策の際にアドアーズやタイトーで300円分ほど遊んだりすることもあったのだが、音ゲーだろうとUFOキャッチャーだろうとガンシューだろうとフレットに負けたことはない。それなのにこうして俺を誘い続けては連敗記録を勝手に塗り替えている。
     俺自身はゲームが好きな方だから一度も断ったことがなかった。勝ちを譲ると見せかけて負ける直前で軽く捻ってやると彼はいつも「あーもう次は負けねー!」などと狙った通りの反応を返す。それを見ていると不思議と不安が和らいでいく。
     --失って初めて気づくありふれた幸福。そんな言葉が頭の奥に浮かんだ。消えてしまわないようにフレットの提案を掘り下げる。色をつけていく。
    「音ゲーでもやるか、ハンデつけてやるから」
     よっしゃ、と意気込んで彼はカフェラテの白いカップを手に取った。もう冷めてしまったのだろうそれを勢いよく飲み干して席を立つ。自分もオレンジティーの残りを片付けてしまって店を出た。


     黄昏の隙間を縫うようにしてこっそりと街に潜る。
     夕闇が後ろから迫ってくる。未だに街を彷徨う悪夢に見つからないようお互いの影を庇いながら、この曖昧な時間帯から身を隠すようにして歩いてゆく。

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    限界羊小屋

    DONE用語
    <キルドレ>
    思春期で成長が止まり決して大人にならない種族。一般人からは異端視されている。
    ほとんどが宗教法人か戦争企業に所属して生活する。
    <戦争>
    各国に平和維持の重要性を訴えかけるために続けられている政治上のパフォーマンス。
    暴力が必要となる国家間対立は大方解決されたため実質上の意味はない。
    <シブヤ/シンジュク>
    戦争請負企業。
    フレリン航空士パロ 鼻腔に馴染んだガソリンの匂いとともに、この頃は風に埃と土の粉塵が混じっていた。緯度が高いこの地域で若草が旺盛に輝くのはまだもう少し先の話。代わりのように基地の周りは黒い杉林に取り囲まれている。花粉をたっぷりと含んだ黄色い風が鼻先を擽り、フレットは一つくしゃみをした。
     ここ二ヶ月ほど戦況は膠着していた。小競り合い程度の睨み合いもない。小型機たちは行儀よく翼を揃えて出発しては、傷一つ付けずに帰り着き、新品の砂と飲み干されたオイルを差分として残した。だから整備工の仕事も、偵察機の点検と掃除、オイルの入れ直し程度で、まだ日が高いうちにフレットは既に工具を置いて格納庫を出てしまっていた。
     無聊を追い払うように両手を空に掲げ、気持ちの良い欠伸を吐き出した。ついでに見上げた青の中には虫も鳥も攻撃機もおらず、ただ羊雲の群れが長閑な旅を続けていた。
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