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    限界羊小屋

    @sheeple_hut


    略して界羊です

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    限界羊小屋

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    フレリン ホワイトデー🍪
    じわモテリンドウに嫉妬するフレの話

    ビー・マイ・スイート・ダーリン 親友兼恋人という関係になってから改めて気付かされた。
     奏竜胆はモテる。

     彼の惚れられ方には決まったパターンがある。最初は涼しげな目元と物静かな雰囲気が目を引く。リンドウから誰かに積極的に話しかけに行くことは少ないので、すぐその後に発展するのはなかなか難しい。物静かなこともあり、どこか高嶺の花めいても見える。しかし、その物腰は意外に柔らかく、頼まれごとをされれば案外付き合ってくれる面倒見の良さもある。グループワークを共にしたり、日直や委員会で同じ担当に当たったり — そんな些細な出来事がきっかけに彼の柔らかな内面が覗き、見る者の心にほんのりとした火を灯すのだ。
     その気持ちは分かる気がする。いや、分かるんだけどそれだけにマズい。
     彼に向けられる好意を例えるならばさらさら揺れるコスモスだった。明るくて深い好意。ひたむきなだけに厄介な好意。一輪のバラと異なり群生するコスモスは手折ってしまうこともできない。青い秋風に吹かれるその姿はいかにも爽やかで純粋で、一切の後ろめたさなしに「好き」と言えてしまいそうに思えた。実に性質が悪い。
     友人が人気になるのは喜ぶべきだと頭で分かってはいる。しかし、放課後の誘いを断られることが続き、断られるままに一人で帰って自分の部屋で教科書などを開いていると、割り切れない思いがふつふつ湧いては胸を満たした。自分も女子から告白を受けたりサシでの遊びに誘われることは度々あるが、やんわりと全部辞退している。リンちゃん一筋。
     でもそれを本人に言ったことはない。
     別に、強いて知ってくれとも思ってない。
     所詮は自己満足に過ぎない。一途でいじらしい恋人のことをもう少し構ってくれてもいいじゃないか、という気持ちはなくはないけど、あくまで自分が好きでそうしているだけだから口には出さないでおくつもりだった。
     しかし先月のバレンタインの一件で、そんな決意も虚しく砕け散った。

    「……リンドウ、もしかしてそれみんな別の人から…?」
     彼の手元にはたっぷりかさばった紙袋が手提げにされている。袋の口からは金と赤のリボンが結ばれた正方形の箱が覗いていた。
    「うん。靴箱に入ってたのと、ロッカーに2個と、あと手渡しで2個」
     面倒そうに頭を掻くその姿を目にした途端腹の中で熱いものがぐらりと煮えたった。溶けたビターチョコレートのように黒く、どろついて、じんわり口にマズい感情。苦い思いを噛み潰し、ニヤけた笑顔を貼り付けて茶化す。
    「モテモテじゃんリンドウ!」
    「どうせおまえも貰ったんだろ。いくつだよ」
    「さぁな〜」
     誤魔化すな俺も教えたんだぞ、そう言って肘打ちされた。痛〜い、と戯けて見せながらも内心ではこっそり決意を固めていた。
     — ホワイトデーには勝負に出よう、と。


     本番1週間前の週末はいつもの店巡りを早めに切り上げ、「リンドウもバレンタインの返し要るでしょ、一緒に買お」と強引に駅地下に誘った。2月の赤とは装いを変え、白と銀のモールや雪を模した綿飾りが目立つ食品街を連れ歩き、延々と続くお菓子の行列の中から1000円弱のクッキーの箱を選んだ。
    「これいいじゃん!色々入ってて美味しそーだし今買っても日持ちするし」
    「悪くないかも?」
    「リンドウもこれにしなって。何個要るんだっけ」
    「あー…っと…5個?」
     指を折りながら確かめた言葉を拾い、自分の分と合わせてさっさと注文を済ませてしまう。あ、とリンドウは一瞬困ったような顔をしたが、「早く解決して良かったじゃん」と取り分け袋を渡すと黙って受け取ってくれた。それから少しだけ目線を外して小声で言う。
    「…こういうの、俺一人だと決めらんなくて迷ったかも。助かった、ありがとフレット」
    「お、おう…?どういたしまして!」
     これには流石に少し心が痛んだ。

     ホワイトデーに渡すお菓子にはそれなりに意味がある。マシュマロみたいにおまえの思い出も消しちゃいたいよ、とか。受け取れない思いはチョコと一緒に丸ごとお返しします、とか。……これからも、”クッキーのように”さっくり軽やかなお友達の関係でいましょう、とか。
     女子たちにはちょっとごめんだけど。

     勿論自分用の準備にも抜かりはない。リンドウがいない放課後に何度も駅地下をぶらつき、フロアを何往復もして結局フレッシュフルーツのマカロンを選んだ。彼が好んで身に着けるパーカーの色に似せて、オレンジ色の包装紙に包んでもらった。
    その日の夜、リンドウにメッセージを飛ばした。最後の仕上げ。
    > 14日の放課後用事ある?遊びいかね?
    >> 平日?別にいいけど
    > 平日ってかホワイトデーじゃん!デートしよ
     最後の一言を打って、送信するのに少し躊躇った。でもここが勝負。きっちり”予約”を入れておかないと。えいやっとばかりに人差し指で液晶に触れて、それからしばらくの沈黙。
    > 了解
     それだけの返事が返ってくるまでに無駄に20秒もかかった。二文字の返信なら3秒で返すような彼なのに。ドキドキと早鐘を打っていた心臓が緊張から解放されて楽になり、すっかりやり遂げた気分になって仰向けにベッドに倒れ込んだ。寝転んだまま、しばらく過去のやりとりをスワイプで遡り、つっけんどんな言葉の数々に彼の顔を思い浮かべてニヤニヤしていた。一見クールだけど心優しくて、ぶっきらぼうなようで意外に素直。彼がモテるのは十分理解できる。理解できるけど困るので、この日ばかりは貸切にさせてもらう。



     過ぎ去ったバレンタインの再現のように、3月14日もまた校内の雰囲気が浮ついたものとなった。今度は女子たちが玄関先で、教室の中で、ロッカーのそばでグループを作ってはヒソヒソ話し合い、桃色の靄のような甘い空気を作り上げていた。そんなフワフワした雰囲気を無感動に突っ切って、リンドウは朝8時少し過ぎに教室に姿を現した。後ろの席に腰掛けた彼に「今日覚えてるよな」と念を押すと、彼は気の無い様子で「ああ」とひとつ頷いた。
     4時に待ち合わせて、その後電車で渋谷から一つ向こうまでの約束。
     ……のはずが、彼が玄関先に現れたのは問題の時間を15分回ってからだった。校庭へ降りる階段の脇で何人もの友人を見送り、何度もメッセージ画面を開いて約束の時間を確認した。それが10回に届こうとする頃になって、ようやく彼が小走りで校舎内から飛び出してきた。
     「ゴメン、フレット」と少し息を荒げている彼に「大丈夫」と答えて二人で駅に向かった。その道の途中、遅れた理由をどう訊いてやろうかずっとグルグル考えていた。


     実を言えば明確な目的地があるわけではなかった。目的地はないが、目的はきちんとある。彼と歩き回ること。デートすること。…ホワイトデー当日の自由な時間を自分と過ごしてもらうこと。だから、友達と顔を合わせがちな学校の近辺や渋谷からは少し離れたエリアを選んだ。渋谷の喧騒は駅の周りに同心円状に広がっており、中心から離れるほどに人はまばらに、そしてその歩みは緩やかになる。二人で歩いているこの辺りも普段であれば並んで歩きやすいのだが、今日ばかりは同じ空気を求めたのだろう男女二人連れで少し混み合っていた。ちょっとミスったかな、なんて思う。
     歩きながら例の問いを心で繰り返していたが、結局上手い切り出し方も分からなかったから直球勝負で出ることにした。話がふと途切れたタイミングで、問いかける。
    「…ところで。放課後遅れたのって何してたの?」
     リンドウは特に気にした様子もなく「あー」と気の抜けた相槌を打った。
    「クッキー、昼休みに渡せなかった分届けに行ったんだけど…話が長くなった」
    「…何のハナシ」
    「いや…分かるだろ、フレットも」
    「分かんない。教えて」
    「ウソつけ」
    「ウソじゃないしー」
     ブーブーと唇を尖らせて見せると、「言わせんなよ」と言いつつも流石に少し悪びれて申し訳なさそうに目を伏せていた。たっぷり10秒ほどは無言の我慢大会が続いたが、最終的にはリンドウの方が先に折れた。大きな溜息と共に。
    「…付き合ってください、とか。そういうヤツ」
    「…それちゃんと断ったよね?何て言ったの」
    「言わない」
    「言ってよ!」
    「嫌だ」
     はぐらかされると気になる。死ぬほど気になったけど、久しぶりのデートを雰囲気悪いものにしたくなかったのでそこでやめにしておいた。代わりに左手を差し出し、誘いかける。
    「いーけどさ…じゃ、手繋ごっかリンドウ」
    「なんでだよ」
    「恋人だからじゃん?ダメだった?」
    「…別に」
     おずおずと差し出された右手をそっと持った。一瞬恐れるように掌の中で震えたが、そのままくたりと力が抜けて大人しくなる。その温度をもっと感じたくて左手に力を入れると、控え目に、しかし確かにキュッと握り返される感触があった。
    「…ヘヘっ」
     かつて、同じ小さな手が俺を助けてくれたことを思い出す。こうして再び彼と手を繋げることは嬉しい。消滅の危機をみんなで乗り越えてこの平穏な日常に戻ってきた奇跡が、今一度胸の奥にふつふつと湧き上がる。弾んだ気持ちのまま繋いだ手を勢いよく振って歩いている間、リンドウは少し首を縮こめるようにして俯き加減で右手を任せてくれていた。

     夕暮れの街をあちらこちらと歩き回ってウィンドウショッピングに時間を溶かした。
     土地勘のない場所をマップ片手に迷いながら歩いたこともあって、時計が6時30分を指す頃には二人とも歩くペースが落ちていた。通りかかった池のある都市公園のベンチに腰を下ろし、少しずつ黒く染まっていく木々を、街灯を、空の端を飛んでいく鳥をぼんやりと眺める。

    「目ぼしいものあった?」 
     缶のコーラをちびちび啜りながらリンドウは尋ねた。んーまぁね、と答えて俺もホットの抹茶ラテに口をつける。この辺りはどのショップを見ても目を引くデザインのアイテムに溢れていた。見ている分には楽しい。しかし値段の方はお財布に優しくない。そもそも普段ぶらついている界隈とは客層自体が違うのだろう。中高生や、成人でもラフな服装が多い渋谷とは異なり、道ゆく人々はビジネスカジュアルに身を包み、ヒールや革靴をカツカツ鳴らして歩いていた。
    「まぁ参考にはなるけど値段がね…あとで渋谷戻って似たヤツ探すわ」
    「付き合うよ」
     伸びをしながら独り言に近いぼやきを漏らすと、間を置かずにリンドウが答えた。それは嬉しいんだけど最近付き合ってくれなかったじゃん。
    「フレットとこうやって放課後にダラダラするの、ちょっと久しぶりだけど…やっぱ楽しいし」
    「それリンちゃんのせいでしょ」
    「ごめんってば」
     早い春の最後の光が少し伏せられた睫毛に影を作っていた。柔らかで曖昧な春の空気と同じく、憂鬱で少し儚げな気色。いつになく優しげな、困ったような顔で謝られるとそれ以上文句を言う気も失せてしまう。いいけどさ、とさっさと流して本題に移ることにした。サブバックを開け、駅の地下で買ったままの紙袋を取り出す。中にはオレンジの包装紙で包んだマカロンの箱が収まっている。
    「それ…渡しそびれ?」
    「ううん、リンドウに」
    「俺?」
     きょとんとした表情でこちらを見ているリンドウの胸元に押しつけるようにして「はいどーぞ」と手渡した。戸惑いながらも受け取り、中身をしげしげと覗き込んでいる。
    「ありがとう…ってかコレ結構いいやつじゃ?」
    「まぁね」
     そこは伝わったみたいで嬉しい。そこそこいいお値段のものを買った。代わりに、狙ってたモノクロウの新作ピアスは我慢したのだ。
    「リンドウは俺の恋人だし、俺はリンドウの彼氏でいたいし。自覚してもらうにはいい機会かなって思ってさ……な、リンドウは俺の恋人なんだよね?」
    「なんだよいきなり」
     訝しげに問い返される。胸の奥に燻っていた熾火のような感情を、思いつくままに言葉にしていく。
    「リンちゃん最近忙しそうにしてばっかだったし、どっか行こーって言っても結構フラれたし……なんか最近女子たちとよく連むようになってて、なんつーのかな…こう、モヤモヤするっていうか…」
     言っているうちにそこはかとない後ろめたさが湧いて、歯切れ良く言葉を続けるのが難しかった。尻すぼみになっていく。なんだか、これでは、まるで。
    「…嫉妬」
    「え!!?」
     胸の底でうっすら同定していた言葉をボソリと口にされる。急いで手を振って否定した。
    「いやいやいや!別にリンちゃんに友達が増えるのはいいと思うけどさ!?」
    「わっかりやす」
     心底可笑しいと言った風な生意気な笑顔。いつの間にそんな余裕身につけたんだ。なおも含み笑いを続ける彼に文句を言うと、喉元で噛み殺すようにして「ゴメン」と一言だけ謝った。
    「てかフレット、俺が浮気するとか思ったんだ」
     そうじゃないけどさー、と言い訳を続けようとした矢先をリンドウは静かに遮る。
    「別にそんな心配しなくても浮気とかしないって。女子たちにもお返しはしたけどちゃんと断ったから」
    「ソレよ。さっきも聞いたけどさ、何て断ったの」
     そう突っ込まれた彼は一瞬たじろいだが、一拍おいてから観念したように顔を上げて真っ直ぐ俺を見た。
    「…大切な人がいるから、そういうのは今は無理って言った」
    「……ウッソ?」
    「本当。俺もフレットのこと…その。ちゃんと好き、だから。そういうのには乗れないって言った。だからそんな不安な顔すんなって」
     リンドウは諭すように優しい笑顔で言う。こっちが驚かされる番だった。繕えてすらいなかったのだろうか。
    「ウソ、俺そんな顔してた?」
    「してた。……フレット、手出して」
    「手?」
     何をされるのかも分からないまま、とりあえず言われるがままに右手を差し出した。リンドウの骨張った白い手がそれを掬う。優しい力で彼の口元に持ち上げられ、そして。
     微かにだけ唇が触れた。湿って柔らかな感覚。
     それは一瞬だけ手首に降りて、小鳥が止まったようなちっぽけな重みを残して、それから音もなくすぐに離れた。それだけなのに、触れられた部分から電流のような焦ったい感覚が腕に広がってゆく。リンドウが手を離した後も、青い筋が浮かぶ辺りに幻のように柔らかなほてりが残されたままだった。
    「今は…まぁ、これくらいで」
     目線を上げて確認した彼の顔はほのかに赤みが差していた。目を合わずに公園の地面の方を見つめ、黒いマスクを引き揚げて口元を隠している。
    「どこで覚えたの、そーゆーの」
    「…気になる?」
     少し伺うような上目遣いで俺を見ている。そりゃあ、気になる。可愛い恋人が俺のために調べてくれたとかならもちろん嬉しいけど、多分そうじゃないんだろうなぁ、とか。昔のカノジョかなー、とか。それとももしや。グルグルと渦を巻き、ちょっと暗い感情が頭をもたげかける。でも、それ以上はやめた。リンドウがないって言ってるから、ないんだ。
     疑念に蓋をして、代わりに彼の耳元に口を寄せてそっと乞う。
    「…別にいーよ、リンちゃんのこと信じてるし。代わりに後でちゃんと口にして」
    「……準備、しとく」
     少し間を置いて、顔を真っ赤にして渡された言葉で全部許すことにした。そしてこっそり内心に決意する。
     いつか普通にキスしてくれるようにしっかり慣れさせてあげよう。
     …カレシとして。
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    限界羊小屋

    DONE用語
    <キルドレ>
    思春期で成長が止まり決して大人にならない種族。一般人からは異端視されている。
    ほとんどが宗教法人か戦争企業に所属して生活する。
    <戦争>
    各国に平和維持の重要性を訴えかけるために続けられている政治上のパフォーマンス。
    暴力が必要となる国家間対立は大方解決されたため実質上の意味はない。
    <シブヤ/シンジュク>
    戦争請負企業。
    フレリン航空士パロ 鼻腔に馴染んだガソリンの匂いとともに、この頃は風に埃と土の粉塵が混じっていた。緯度が高いこの地域で若草が旺盛に輝くのはまだもう少し先の話。代わりのように基地の周りは黒い杉林に取り囲まれている。花粉をたっぷりと含んだ黄色い風が鼻先を擽り、フレットは一つくしゃみをした。
     ここ二ヶ月ほど戦況は膠着していた。小競り合い程度の睨み合いもない。小型機たちは行儀よく翼を揃えて出発しては、傷一つ付けずに帰り着き、新品の砂と飲み干されたオイルを差分として残した。だから整備工の仕事も、偵察機の点検と掃除、オイルの入れ直し程度で、まだ日が高いうちにフレットは既に工具を置いて格納庫を出てしまっていた。
     無聊を追い払うように両手を空に掲げ、気持ちの良い欠伸を吐き出した。ついでに見上げた青の中には虫も鳥も攻撃機もおらず、ただ羊雲の群れが長閑な旅を続けていた。
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