ム幻のセカイでヨ想もできないギ曲をトモに。6(えむside)
たまたま、寧々ちゃんも類くんも用事でちょっと離れてた時だったと思う。
お片付けもほとんど終わってベンチに座る司くんが、スマホをじっと見てるのに気付いて、声をかけた。
『何してるの?』
そんなあたしの声に顔を上げた司くんが、嬉しそうにスマホを見せてくれたの。
『実はな、この前の休みの日に、類と出かけたんだ』
『類くんと? どこに行ったの?』
『植物園だ。今度ジャングルを舞台にしたショーをやると決めただろう? 熱帯雨林の植物を見れる場所があるからと、類が誘ってくれてな!』
『おぉおお! 楽しそう! あたしも行きたかったなぁ』
その時の写真を見ていたんだって、司くんがあたしにも写真を見せてくれた。ほとんど類くんが映ってて、写真の中の類くんも楽しそうだった。きっと、類くんが沢山植物さんの説明をしてくれたんだろうなぁ。写真の中の類くん、すっごく楽しそうに話してる時のお顔をしてるもん。
すい、すい、とゆっくり写真をスクロールする司くんの指が気になっちゃって、顔を上げた。スマホの画面をじっと見つめる司くんは、とっても優しい顔をしてる。
(……司くんの目、キラキラしてて、綺麗…)
嬉しそうなお顔だった。ショーをしてる時みたいな、キラキラした顔。スマホの写真を大切そうに見るその司くんのお顔がキラキラで、ふわふわしてて、ぎゅぎゅぎゅ〜ってしてるのを見て、ほんのちょっとだけ、胸がちくってした。
むずむずするような、そわそわするような、ちくちくするような、そんなよく分からない感じがして、首を傾ける。なんだろう、とっても素敵なお顔なのに、見ていたくないって思っちゃう。
(…類くん、いいなぁ……)
よく分かんないけど、そんな風に思っちゃった。
類くんは悪くないのに。ただ、嬉しそうな司くんのお顔が、いつも見てるお顔とちょっと違ったから、羨ましかっただけなのに。キラキラしてて、とっても綺麗だったから。
あたしにも、そんな顔してくれたら、嬉しいのにな。
『司くんは、類くんが大好きなんだね』
『む…、そうだな。類も、寧々やえむと同じ大切な仲間だからな!』
『…うん』
胸の奥がぎゅーってして、上手く笑えたのかわかんない。いつもなら、“あたしも皆が大好き!”って言えるのに、その時は言えなかった。
ちくちくする胸の痛みは気付かないフリをして、別の話を始めちゃった。
なんとなく、類くんのお話は聞きたくなかったから。
―――
(………いいなぁ…)
小さい司くんにギュッてしてもらうあたしのそっくりさんが、なんだか嬉しそうに見えた。ううん、きっとあたしだったら嬉しいと思う。司くんにギュッてしてもらえたら、あったかくてふわふわして、それでちょっと、ドキドキするんだろうなぁ。
いいなぁ…。あたしも、司くんにギュッてしてもらいたいなぁ。
「えむっ!」
「ぇ…」
寧々ちゃんの声にハッ、として顔を上げれば、目の前に大きな象さんがいた。高く前足を上げて、あたしを踏もうとする象さんに、思わず息を飲む。逃げなきゃいけないのに、いきなりの事で体が全然動かない。
呆然としたまま動けないあたしの体が、勢いよく横へ押された。気付いたら、類くんがあたしの事をギュッてしてくれてて、あたしがいた場所には象さんの足がある。
呆気とするあたしに、「大丈夫かい?」と優しく声がかけられて、顔を上げたら、優しいお顔の類くんがいた。
「もう少し、頑張れるかい? えむくんの力が必要なんだ」
「……うん…!」
心配してくれる類くんに、慌てて首を左右へ振ってから、頷いた。そうだよね、司くんを助けなきゃいけないんだもん! ここであたしだけ しょぼぼーんってしてられないよね!
よしっ、とジャンプで立ち上がって、あたしのハンマーを持つ。くるりと回して、なんにも問題ないって確認してから、類くんを振り返った。
優しくてカッコイイ類くんが、あたしも大好き。
「がんばろーね! 類くん!」
「…うん、頼りにしているよ、えむくん」
一歩歩く事にドシンッ、て床が大きく揺れて、地震みたいでちょっと怖い。そんな大きな象さんの背中に乗るあたしのそっくりさんと司くんに、むん、と口を三角にする。
優しい類くんだから、司くんも類くんが大好きなんだよね。あたしも、類くんの優しいところ、大好き。寧々ちゃんの事も、あたしの事も、司くんは大好きって言ってくれるから、司くんが大好きなもの、あたしだって大事にしたい。
だって、あたしだって、司くんが大好きだもん。
「いくよ、えむくん」
「うんっ! 必殺、わんだほいアターック!!」
駆け出した類くんと反対側に走って、思いっきりハンマーを振り上げる。象さんの大きな前足にハンマーを振り下ろせば、象さんが大きなお鼻を上へ挙げて鳴いた。悲鳴のような、“痛い”って言ってるような声。でも、あたし達も負けられないから、ごめんね。
もう一回、とハンマーを振り上げて、強く叩きつける。大きな鳴き声が廊下に響いて、ちょっとだけ肌がびりびりした。痛かったのかダン、ダン、ダン、ってその場で足踏みする象さんの足を避けながら、次はどこを叩こうかなぁって見ていれば、象さんの上に乗っている司くんが落ちそうになってるのが見えた。
「司くん!」
慌てて司くんの名前を呼んでジャンプするけど、高くて届かない。それなら、と体を捻って思いっきりハンマーを横へ振り切った。ドンッと横からの衝撃で象さんがよろける。もう一回、と反動を利用してハンマーをぶつければ、今度は耐えきれずに象さんが倒れていく。「類くんっ!」と反対側にいる類くんの名前を呼ぶと、類くんがあたしの考えを察して象さんの背中に飛び乗った。急に倒れた象さんにバランスを崩す司くんを両手で受け止めてくれて、すぐに象さんから二人が離れていく。
(…かっこいいなぁ)
まるで、物語の王子様みたいで、かっこいい。
胸の奥がちくちくするのを見ないフリして、ハンマーを思いっきり振り上げる。動けない象さんに、あたしはそれをまっすぐ振り下ろした。バシャッ、と象さんの体が絵の具に変わって、床が灰色に染まる。その絵の具の上に着地すると、ぱしゃん、と絵の具が跳ねて靴が汚れちゃった。
ちら、と類くんを見れば、どこか心配そうなお顔で抱えてる司くんのことを見ていて、もっと胸がぎゅー、てしちゃう。きっと、司くんもあんなお顔をするんだろうなぁ。
「司くん…!」
「…大丈夫だよ、気を失っているだけみたいだ」
「そっか、良かったぁ」
目を瞑ったまま動かない司くんを抱っこしながら、類くんがあたしに笑顔を見せてくれる。それにホッとして、あたしも笑顔を返した。
ひょこ、と類くんのお隣から顔を覗かせた寧々ちゃんが、「…可愛い」って小さく呟くのが聞こえて、あたしも類くんの腕の中を覗き込む。今は子どもの姿だからかな、いつもより頬っぺたがまん丸で、おてても小さい。それに、自信満々元気いっぱいのかっこいい司くんの雰囲気とちょっと違って、今の司くんは確かに可愛いね。
まん丸の頬っぺたを指でつつけば、ふにふにで気持ちいい。いいなぁ、あたしも司くんを抱っこしたい。
類くんに代わって! って言おうとして顔を上げた時、後ろでぱしゃん、と絵の具を踏む音がした。
『返してっ…!』
「……ぁ…」
『司くんを、返してよっ!』
大きな声に振り返れば、あたしのそっくりさんが泣きそうなお顔でこっちを見てる。そのお顔に、なんだか胸がギュッてする。なんでだろう。あたしまで泣きたくなってきちゃう。
ぱしゃん、とまた音がして、あたしのそっくりさんがもう一歩こっちに近づいてくる。あたしのそっくりさんが手を出すと、何も無いところから大きな筆が出てきた。それを持ったあたしのそっくりさんが、床の絵の具で廊下の壁に絵を描き始める。
『あたしの司くんなのっ! あたしから取らないでっ!』
「……っ…」
『返してっ……、返してよっ…!!』
ボンッ、と大きな音で、壁からカラフルな煙が噴き出した。その煙の中から、ヌゥッ、と黒い影が出てくる。昔絵本で見た、大きな鬼。涙をぼろぼろと流す、赤い肌の大きな鬼さん。黒くてトゲトゲした物が沢山ついた金棒をブンっ、と振ったその鬼さんが、大きな声で唸った。
びりびりと肌が痺れて、視界がぐにゃりと歪む。
「………同じだ…」
あたしのそっくりさんが言いたいこと、何となくわかる。あたしも、司くんとずっと一緒がいい。
(でも、なんだろ……、一緒にいたいけど、ちょっと違うの…)
司くんとショーをするのは好き。司くんが笑うと、あたしも楽しい。司くんが悲しそうだと、あたしの胸もギュッてする。司くんが居ないのは、寂しい。だって、司くんはあたしの大事なお友達だから。
でも、穂波ちゃんや咲希ちゃん達と違う。寧々ちゃんや類くんとも違う。皆と一緒に居られないのも嫌だけど、“司くんと一緒にいたい”は、もっと違う気がする。
目の前で、赤鬼さんが大きく手を振りあげた。真っ黒の金棒が、真っ直ぐあたしの方に振り下ろされる。それをぼんやりと見つめるあたしの耳に、「えむっ…!!」と泣きそうな寧々ちゃんの声が聞こえてきた。
ドンッと、体が思いっ切り横から押されて、壁に背中からぶつかる。それと同時に、ドゴンッ、て大きな音がして、あたしが居た床が金棒に打たれて大きく凹んでた。
「なんで動かないのよっ!!」
「……ね、ねちゃ…」
「ちゃんと避けないと、死んじゃうかもしれないのにっ!!」
「…ご、ごめんね……!」
ぼろぼろ、と涙を流す寧々ちゃんに、慌てて謝った。寧々ちゃんの手、すごく震えてる。あたしを助けてくれた手が、震えてた。怖かったのに、あたしの為に来てくれた。それが嬉しくて、じわぁって目が熱くなってく。ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。ぎゅっ、て寧々ちゃんの手を掴めば、優しく握り返された。
「寧々ちゃん、ありがとう…!」
「……しっかりしてよ、えむと類しか、戦えないんだから」
「うん」
腕で目元をごしごしと拭って、勢いよく立ち上がる。ぐっ、と両手を握り締めれば、ほんのちょっとだけ気持ちが軽くなった気がした。
類くんが、あたし達のために一人で戦ってくれてる。あたしも、みんなの為に頑張らなくちゃ! それで、司くんを迎えに行くんだ。
そこでふと、類くんの腕に司くんが居ないことに気づいた。寧々ちゃんを振り返れば、あたしの聞きたいことを察してくれた寧々ちゃんが類くんの後ろを指さす。類くんの後ろの壁の方に、眠る司くんがいた。多分、類くんは司くんを護ろうとしてるんだね。
「…あたしね、もう一人のあたしの気持ちが、ちょっと分かる気がするの…、なんでかな……?」
類くんと司くんが仲良しなのは、知ってるよ。ずっとずっと見てたから。司くんが、類くんを見てたこと。類くんが、司くんに見せる優しいお顔も。そんな二人を見てるとたまに、ほんのちょっと胸が痛くなるの。なんでだろう。二人とも、大事なお友達なのに。
「そんなの、えむが司を好きだからでしょ」
「………ぇ…」
「あのえむと同じくらい、えむが司の事を好きだから」
あたしのそっくりさんを見ながら、寧々ちゃんがそう言った。静かな、どこか、寂しそうな声だった。
じっ、と類くん達を見る寧々ちゃんのお顔が なんだか まだ泣きたそうなのは、なんでなんだろう?
とん、と背中を押されて、体が一歩前に出る。振り返れば寧々ちゃんが泣きそうな顔で、笑った。
「……類を、お願い」
「…うん……」
諦めたような、寂しそうなそのお顔に、何も言えなかった。それ以上、聞かれたくない感じがしたから、あたしも聞いちゃいけないんだって思って、そのまま寧々ちゃんに背を向ける。
一人で戦ってくれている類くんの方まで駆け寄って、振り下ろされる金棒にハンマーを思いっきりぶつける。ガンッ、と大きな音がして、反動で体が少し後ろへ傾いた。でも、これくらいなら全然大丈夫。
「類くん、行って!」
大きな声でそう言えば、類くんが全力で走っていく。赤鬼さんの足の間を抜けようとする類くんを狙って、赤鬼さんが手を振り上げた。それに気付いて、あたしも類くんを追いかける。固く握った赤鬼さんの拳が真っ直ぐ類くんを狙って落とされるのを見て、ハンマーを強く握り締める。
強く床を蹴って類くんの側まで飛び込み、体を大きく捻った。その勢いを利用して、ハンマーを振り切る。ドゴンッ、て鈍い音がしたと同時に、反動で体が傾く。
でも、ここであたしが押されたらダメだ。
「っ、…っよいしょーッ!」
もう一度体を捻って、思いっきりハンマーを振り抜いた。赤鬼さんの拳を叩き返せば、赤鬼さんが少し後ろへよろめく。類くんが真っ直ぐ向かっていくのを ちらっと見てから、あたしはもう一度ハンマーの持ち手を強く握った。
『なんで邪魔するの?! あたしはただ、司くんと一緒にいたいだけなのにっ!』
ボボンッ、と大きな音がして、あたしのそっくりさんの周りをカラフルな煙が囲っていく。その足元から、ゆっくり出てきたのは、大きな蛇さんだった。白い色の蛇さんと、黒い色の蛇さん。見たことないくらい大きなその蛇さんに、類くんの足が止まる。
「類っ…!」
心配そうに大きな声を上げる寧々ちゃんに、類くんはいつもみたいに笑って「大丈夫」と口にした。
二匹の蛇が、類くんに向かっていく。大きなお口を開けて食べようとする蛇さんに類くんが刀で攻撃するんだけど、何故か全然効いてないみたい。
早く類くんを助けなきゃ…! そう思って類くんの方へ駆け出せば、目の前に赤鬼さんの金棒がドンッて落ちてきた。ギリギリ当たらなかったけど、いきなり目の前に落ちてきたそれに思わず息を飲む。心臓が、ドッ、ドッ、ドッ、てすごく早く鳴ってる。
『あたしは司くんさえいてくれればいいっ! 他には何もいらないっ! だから、司くんを返してよっ!!』
「………ぁ…」
『返してよぉ……』
ぼろぼろと泣き出したあたしのそっくりさんが、必死に“返して”って、言ってる。
なんで、そんなに必死なんだろう。なんで、こんなに胸がぎゅっ、てなるんだろう。なんで、“嫌だな”って、思うんだろう。
「…あたしも、…司くんと一緒が良い…」
皆と一緒に居たい。ううん、司くんと一緒が良い。笑ってくれたら嬉しい。あたしの隣で、いつもみたいに。あの時の、あの優しいお顔であたしの事も見てくれたら、すごく嬉しい。
あたしも、類くんみたいに…。
(……ぁ、…そっか…)
はた、と、気付いちゃった。
寧々ちゃんの言葉の意味が。あたしのそっくりさんの気持ちが。類くんの頑張る理由が。
あの時の、“類くんを見る司くんのお顔”の意味が。
「…あたし、…司くんのこと……」
大きな足音が聞こえてきて、あたしのすぐ後ろに赤鬼さんがいるんだって分かった。大きく息を吸う音に、ぐっ、と握った手に力を入れる。くるっと振り返れば、赤鬼さんがあたしに金棒を振り下ろしてきた。それを とん、と横へ飛んで避け、今度はハンマーを振り上げた。赤鬼さんの足に向かって振り下ろすと、赤鬼さんが大きな声を上げる。
それに構わず、もう一度ハンマーを振り上げた。ドゴンッ、と赤鬼さんの足に思いっきりハンマーを振り下ろす。痛そうにする赤鬼さんに「ごめんね」と小さく謝ってから、ハンマーで赤鬼さんの足を思いっきり叩いた。
べちゃっ、と赤鬼さんの体が絵の具に変わり、床に色を付ける。
そのまま類くんの方へ急いで駆け寄って、もう一度ハンマーを振り上げた。
「えむくん…?」
驚いたようにあたしを見る類くんに、ぐっ、と唇を引き結ぶ。握ったハンマーを振り上げて、白い蛇さんに向かって振り下ろした。ガンッ、と頭突きでハンマーが弾かれて、後ろにちょっとだけよろける。けど、構わず体勢を立て直してもう一回振り下ろした。蛇さんも負けないぞって頭突きをし返してくるから、あたしはもっと握る手に力を入れる。
類くんを、護らなきゃ。だって、類くんが怪我しちゃったら、司くんが悲しい思いをする。それは嫌。だって、司くんには笑っててほしい。司くんが笑ってくれるなら、あたしはそれがいい。
『邪魔しないでよっ! あたしはただ、司くんを……』
「っ…あたしだって、司くんが大好きだもんっ!!」
『…っ……』
ドゴンッ、と大きな音が響いて、白い蛇さんの頭がぺしゃんこに潰れる。べっちゃりと絵の具が広がり、床が真っ白に色を変えていく。
呆気とする類くんと目が合って、何だかちょっとだけ胸がチクチクした。あたし、ずっと気付かなかったな。このちくちくが嫌だから、見ないふりしてた。
「司くんが大好きだからっ…、司くんとずっと一緒にいたいからっ…、絶対に助けるのっ!!」
『……だ、だめっ…!』
「あたしが大好きな人、返してっ!!」
ぐっ、とハンマーを振り上げて、思いっきり振り下ろす。黒い蛇さんも、あっという間にぺしゃんこに潰れて、床を真っ黒にしちゃった。ぼろぼろと泣き出したあたしのそっくりさんが、震える手で絵筆を握る。そんなあたしのそっくりさんに、あたしはハンマーを振り上げた。
ドンッと大きな音を立てて、ハンマーが床に打ち付けられる。あたしのそっくりさんは、キラキラ〜って光って消えちゃった。
「……ごめんね…」
袖で目を擦って、小さな声で謝った。
大好きって気持ち、あたしにも分かる。離れたくない気持ちも分かる。だからこそ、負けちゃダメって思った。負けたくなかった。
せめて、“あたし”にだけは。
(…あたしも、司くんの事が好きだから)
―――
(寧々side)
「………すご…」
わたしは少し離れたところで見てることしか出来なかったけど、だからこそ、最後の えむが凄かったのが分かる。連続で打撃を入れて、あんなに大きな敵をどんどん倒しちゃった。一撃一撃が重かったのかな。あんなに苦戦してたはずなのに、あっさり勝っちゃった事がまだ信じられない。
じっと見つめていれば、類がわたしの方に駆け寄ってくる。そんな類を見て、ハッ、と意識が戻った。
「大丈夫かい…?」
「うん。えむ、凄かったね」
「そうだね。最後の猛進は本当に見事だったよ」
類に手を引かれて立ち上がれば、わたし達に気付いた えむが手をぶんぶんと振ってくる。それに手を振り返して、階段を降りた。
最後の方のえむは、ちょっといつもと雰囲気が違った気がする。なんて言うか、迷いがなかった。何事も楽しむ えむらしくない、真剣な表情がなんだか知らない人みたいに感じた。あの瞬間のえむは、わたし達の知らない えむだった。
「ぁ、司は…?!」
「……司くんなら…」
すい、と類が手で示す所には、小さい司がいた。体がきらきらとしたものに変わって、ゆっくりと足元から消えていくその光景に、息を飲む。あの司は精神体? って類が言ってたけど、えむのそっくりさんを倒すと消えちゃうの?
動かない司の傍に、えむが駆け寄っていく。そうして、目線を合わせるようにしゃがんだ えむは、司の頭を撫でていた。「ありがとう」って、言ってるような気がする。それに、他にも何か話してるみたい。それを聞いた司が ほんの少し恥ずかしそうに笑って、えむの手を握る。へにゃりと笑ったえむは、どこか嬉しそうだった。
完全に消えちゃった司に、えむが寂しそうに天井を見上げている。
「…ねぇ、類。司の“想い”って、なんなのかな…」
「なんだろうね。僕にもまだ分からないよ」
「………そっか」
まぁ、そうだよね。ここは“司の想いのセカイ”なんだから。
でも、えむのそっくりさんに えむ自身が共感したのは、あのそっくりさんがえむと同じ想いを持っていたからだ。その想いを、“司”は知らないはずなのに。
(……もし、司の望みが“想いの成就”なら、このセカイには類だけが呼ばれるだろうし…)
物語としては定番の展開だ。お姫様を助けに危険な場所へ乗り込む王子様の話。その危険を乗り越えてお姫様に再会した王子様が、お姫様に愛を囁く。誰もが認めるハッピーエンド。それが唯一叶うのは、この場では“類”だけなんだから。
自分で考察しながら、不毛な状況に溜息が出る。指図めわたしは、王子様のお邪魔役か負けが確定したライバル役かな。もしくは、敵に塩を送って自主退場のお助けキャラか。
(……誰にも、言うつもりは無いけど…)
類にも、えむにも。勿論、司にも。言わない。言えない。わたしは傍観者でいい。ほんのちょっとだけ二人の背中を押して、最後を見届けられればそれでいい。邪魔をするつもりも、勝ち目のない戦いをするつもりもない。
ただ、ひっそり抱いた想いを隠して見守れればいいから。
「類くーん! 寧々ちゃーん!」
「お疲れ様、えむくん」
「お疲れ、えむ」
いつもの元気な えむが、駆け寄ってくるのを見て笑顔を向ける。スッキリしたような顔をした えむは、わたしを見ると、「ありがとう」と言った。そのお礼が何なのかは分からないけど、えむはそれ以上何も言わなかった。
「先に進もうか」とわたし達に言った類も、気にはしていないみたい。楽しそうに拳を上げて、「おー!」と元気よく返事をした えむに、そっと肩を落としてわたしもついて行く。
「最後の攻撃はとても良かったね」
「うん! 司くんが大好きーって言ったら、なんかこう、ぶわわわ〜っ! メラメラ〜! ドォオオオンッ! って、力が湧いてきたの!」
「ふむ…」
「…全然分かんないんだけど」
キラキラとした目でわたし達を見る えむは、多分真剣に言ってるんだと思う。でも、わたしには全く分からない。なんで“司が好き”って言って、力が湧くのよ。それに、えむはこのセカイに来てからも、来る前からもよく“司が大好き”って言ったりしてるじゃん。“みんな大好き”とかも、よく聞くし。
それなのに、今回だけ力が増すとか、よくわかんない。
「……想い、か…」
「類…?」
「…寧々、このセカイの必勝法が分かったよ」
「……………嫌な予感しかしないんだけど…」
今のえむの話を聞いて、“分かった”って言われたら、この先の話が予想出来ちゃう。類までそんな安直な考えはしないって思いたいけど、まさか、なんてないよね?
顔を顰めて類を見れば、にこりといい笑顔を返された。嫌な予感が当たったような、そんな錯覚を覚える。
「司くんへの想いを言葉にすればいいんだ」
「おぉおおおお…!」
「……言うと思った…」
きらきらした目を向けるえむの隣で、わたしは予想通りの類の言葉に、深く溜息を吐いた。