月夜の鼠とお殿様と。月夜の鼠とお殿様と。
※はじめに。
〇名前の記載がほぼありませんが、類司です。
〇司くんが妻子持ち(但し経験無し)
色々ふわっと読み流せる方向けです。
ーーー
喉元へ突きつけられた刃の冷たさに、一瞬開きかけた口を閉じる。シン、とした静けさから察するに、
見張りの者は鼠の侵入に気付けなかったようだ。
大声を上げ屋敷の者がここに来るよりも、オレの首が跳ねられる方が早いだろう。
「何用だ」
「動じないのだね。死も恐れないとは」
「生憎と、この部屋に宝は無いぞ」
含み笑いをする鼠の顔を見上げれば、金色に光る瞳にオレが映る。布で髪や顔を覆い隠している為、顔が分からん。ここは素直に宝の部屋を教えてお帰りいただくべきだろう。この城を維持するには厳しいが、命に比べれば安いものだ。
ゆっくりと一つ息を吐き、両手をそっと上げた。
「地下に宝物庫がある。
鍵はこの首にかかっているやつだ」
「おや、あっさりと教えてしまって良いのかい?」
「構わん。用が済んだら帰ってくれ」
片手で首にかかる紐を摘んで鍵を見せれば、鼠の瞳が ちら、とそれを見る。首元へつき付けられる小刀で紐を切り、それを鼠の方へ差し出した。早く帰れ、と心の中で念じながら。
数秒考え込む鼠は、オレから鍵を受け取ると、小刀を懐に差す鞘へしまう。それに安堵して手を下ろせば、不意に肩を掴まれた。布団の上に体が押さえつけられ、驚いて目を瞬くオレの首に手がかかる。
「こちらの要件も聞かずに隙を見せるなんて、随分と不用心だねぇ」
「っ……、」
「この手に少し力を入れるだけで、この首は簡単に
折れてしまうのに」
「…、ぐっ…、…ぅ……」
喉を強く掴まれ、上手く空気が吸えない。心臓が
バクバクと早鐘を打ち、手に汗が滲んだ。
呼吸の出来ない苦しさに足を暴れさせれば、男が
そっとオレの耳元へ顔を寄せた。
「死にたくなければ、決して声を出してはいけないよ」
じわりと涙が滲み、顔に熱が集まる。もう限界だった。このままでは死んでしまう。こくこくと必死に首を縦に振ると、男の手がゆっくりと離れていく。
ひゅ、と乾いた音がして、次いで一気に酸素が肺に
流れ込んできた。咳き込む勢いで必死に空気を吸い込むオレの上に、男が跨ってくる。
「両手を出しておくれ」
「…はぁ、……はぁ、…っ、はぁ…」
「無理に抵抗しない事をお勧めするよ。
綺麗な肌に傷がついてしまうからね」
言われるままに両手を出せば、腰から縄を取り出した男がオレの両手首をしっかりと縄で縛っていく。
荒い縄のせいで肌がちくちくと刺されているかのようだ。そして、解けないようしっかりとキツく縛られた縄は、ほんの少し手を動かすだけでも肌に擦れて痛い。
(…意味がわからん……)
宝物庫の鍵は渡した。場所も教えた。それなのに、何故この様な事をするのか。宝を持ち出すまでオレに騒がれると困るからか? いや、理由としては、一つだろう。オレが邪魔だという第三者からの依頼。暗殺目的で、オレの首を取りに来たとしか思えん。
次いで、男が黒い布を取り出したのが見え、思わず息を飲む。先程の呼吸が出来なくて苦しかったことを思い返してしまい、瞬きすらできず男の手元を注視する。その布で首を絞められるのだろうか、そう思うと、怖くて堪らなくなる。だが、ここで怯える姿を見せるのも嫌だ。
じわりと涙が滲んで、ぼろぼろと零れ落ちていく。けれど、眉間に力を入れ、必死に男の顔を睨みつけた。
ぴく、と一瞬手を止めた男は、オレの顔を見ながら目を細める。
「怖いのかい?」
「っ……違う…」
「…安心しておくれ。
大人しくしてくれるなら、命までは取らないよ」
視界が、布で真っ暗に覆い隠される。何も見えなくなった事で、余計に怖くなった。布の擦れる音、畳の軋む音、そして、オレの体の上で男が動く気配。それを必死に感じ取りながら、この後何をされるのかと身構える。無意識に縛られた両手が自分の首を守るかのように上へ上がる。肩に力を入れて、ほんの少し体を横へ向けた。
逃げ出したい。だが、この城の主として逃げる訳にもいかない。その情けない葛藤を心の中でしながら、ただ言われた通りに黙って待っていれば、腕をぐっ、と掴まれ更に上へ上げさせられる。
「…んぅ、っ……」
唇に、柔らかいものが触れた。
力強く押し付けるようにそれがオレの唇を覆い、
呼吸を奪う。視界が見えないせいで、それが何か分からない。微かな熱が混じりあって、唇がほんの少しむずむずする。
手で塞がれたにしては触れる面積が小さい。それに、男の手にしては柔らかい気がした。布ならば、
こんなに熱いはずがない。なら、これはなんだと言うのか。
「っ、はぁ……ん、…んぅ…」
一度解放され、またすぐに同じもので唇が塞がれる。先程とは少し違う角度で触れるそれは、やはり
柔らかかった。押し付けるように触れ、けれど、次に一度離された後には優しく触れてくる。ふに、むに、と柔らかいもので唇を何度も塞がれ、その度に伝わる熱に心臓の鼓動が早まっていく。
悪くない触感だった。
「…ん、……はぁ、…ん、んんっ…」
不意に、息継ぎの為に薄く開いた唇にぬるりとしたものが触れてきた。柔らかくも厚みのあるそれが、唇の微かな隙間に滑り込み、割れ目を辿ってオレの口を開かせていく。僅かに濡れているせいで、触れられた唇が濡れていく。唇の隅に触れたそれは、擽るようにオレの唇を撫で、戻っていった。一度解放され、すぐにまた柔らかいもので唇が覆われる。今度は、そのぬるりとしたものが唇の隙間から口内に差し込まれた。
唇と歯の間を、それがゆっくりと辿っていく。ぞわりと背が粟立ち、慌てて両手に力を入れたが、押さえられたままでは動かすことも出来ない。
「んんっ、ん、…んぅ…」
歯列を辿るそれが、歯の裏に回り擽ってくる。ゾワゾワとしたものが背を駆け抜け、自然と足に力が
入る。逃げようとしてなのか、膝が立ち、足の指先が布団を強く掴んだ。
なんなんだこれは。呼吸がしづらいせいで、頭が
ぼーっとしてくる。ゾワゾワして気持ち悪いはずなのに、今感じているのは“気持ち悪さ”とは違う気がした。顔を逸らして逃げようとしたオレの頬に、男の手が添えられる。逃がさないとばかりに顔を前へ向けられてしまい、より一層唇がソレに覆われる。
「ん、ふ、んん、…ん、んぅ、…ん、…」
歯の上を撫でられ、思わず腰が浮く。次にそれが
触れたのは、上顎の部分だった。たった一瞬それが
触れただけで、ビクッ、と体が過剰に跳ねてしまう。逃げるように顔を上へ向けるも、追ってこられては逃げ場がすぐになくなってしまう。喉が仰け反って苦しいのに、普段触れない上顎を他人に触れられる違和感に慣れることが出来ず無意識に逃げ道を探してしまう。だが、それを許してはくれず、ぬるりとしたそれは上顎を這って擽り続けてくる。口内に唾液が溜まりそれを飲み込めば、いつもより甘く感じた。
舌先で追い返そうとそれに触れると、やはり厚みの
あるそれは柔らかく、何故か濡れている。
「んんっ…」
触れた舌先に、今度はそれが絡みついてくる。オレの舌を追いかけ、舌先を触れさせ、舌の腹を撫で上がるのだ。ゾワゾワとしたものが、次第にゾクゾクとしたものに変わり、体が熱を帯びていく。
頭がくらくらして、息苦しさに涙が滲んだ。息苦しいのに、どこかふわふわとして心地いいのは、なんなのか。逃げなければと思っていたはずなのに、
何故か、もう少しだけこのままでいたいとさえ思わされる。
そうしてオレの肩から力が抜ければ、口内に入ってきていたそれがゆっくりと離れてしまった。
「……、…はぁ、…」
「接吻だけで、随分と色っぽい顔をするねぇ」
「…せ、…ぷん…?」
「君の妻ともした事はあるだろう?
この城には姫がいるのだから」
耳元で男の楽しげな声がして、びく、と肩が跳ねる。接吻という事は、あの柔らかい感触はこの者の唇だったのか。
「これも浮気というやつだねぇ」などと楽しそうに
言う男の声に、唇を引き結ぶ。確かにオレには妻も娘もいるが、妻と接吻などした覚えは無い。
形だけの妻なのだから。
「んっ……、ん、…ん…」
頬や耳元に、柔らかいものが何度も押し付けられる。これも、男の唇だろうか。微かな擽ったさに身を捩れば、低い声がそっと落とされた。
「初めての様な反応をするんだねぇ。
それとも、夜伽の妻の真似かい?」
「…は、…じめて、なんだ…」
「………ぇ…」
男の指先が一瞬止まり、驚いた声が耳元で聞こえた。指先が頬を撫で、唇に男の指が触れる。
書物で見た事はあるが、実際に他者と触れ合った事など無い。周りに押し切られる形で決まった妻との
結婚も、形式だけのものだった。初夜ですら、強い
眠気に抗えず眠ってしまってよく覚えていない。その数日後に妻が身篭ったと聞いたが、本当にオレの子なのかも分からん。ただ、子どもは何にせよ可愛らしいし、特にそういう欲求は無かったから、深く考えるのをやめてしまった。
だから、接吻がこんなにも心地の良いものだとは
知らなかった。
「……もっと、してはくれんか…?」
「悪いお人だ。好奇心旺盛は良いことだけど、頼る
相手を間違えているよ?」
「…良い。
この城にある宝を お前に譲る対価だと思え」
「ふふ、随分と高価な対価だねぇ」
薄く開く唇が、男の唇で塞がれる。
ゆっくりと唇を撫でられ、頬を優しく掌に包まれる。喉が軽く反れ、上へ向かされるオレの口内に男の舌が伸ばされた。上顎を優しく擽られ、強く目を
瞑る。ゾクゾクとしたものが腰に響き、お腹の奥が
何故か熱くなる気がした。縛られた手をそっと下ろして、男の頭に触れる。髪を隠すその布を、縋るように握った。
もっとほしい。先程のように、舌先を絡めてめちゃくちゃにしてほしい。強請るように男の頭を引き寄せ、顔をほんの少し横へ倒す。口を自分から開けば、男の舌先が上顎からゆっくりと離れた。
「んんっ、ん、…んぅ……」
舌先に、熱いものが触れる。絡みつかれ、ぬるりとした唾液が混ざり合う。軽く舌先が引かれると、
ぞくん、と背が震えた。口の中が甘く感じるのは何故だろうか。胸の奥がいっぱいで、体が熱くなる。舌先が絡む度、頭の中がふわふわとして落ち着かない。
くちゅ、ちゅく、くち、と唾液の混ざり合う音が、室内に響く。
「…ん、…ん、ふ……んっ、…」
舌の裏を撫でられるのは駄目だ。擽ったくて気持ちいい。角度を変えてもう一度唇が重なり、舌先が
ぐっ、と引っ張られた。ぢぅ、と舌を強く吸われ、
びくん、と体が跳ね上がる。酸欠の頭が真っ白に塗りつぶされ、男の頭を強く抱き締めた。「んんんぅ、」と鼻を抜ける自分の声がやたらと大きく部屋の中に落ちて、足で布団を強く蹴る。腰が浮き、次いで、へなへなと力の抜けたオレの体がシーツの上に落ちた。
漸く唇が離されると、そっと目隠しが外された。
唾液で濡れる男の唇を赤い舌がゆっくり撫でる様が、やたらと綺麗に見えた。
「お気に召したかい?」
「…はぁ、…はぁ、……っ、ん、…」
「ふふ、物足りなさそうだねぇ」
「あっ、…ん、んんっ…」
見惚れていれば、その顔が寄せられ、耳元に口付けられる。耳の付け根に舌が這わされ、ねっとりと唾液が肌を濡らした。反対側の耳は男の手で塞がれ、
ぴちゃ、ぴちゃという音がやたらと大きく聞こえてくる。かぁあ、と顔に熱が集まり、顔を少し下へ向けるも、逃がさないとばかりに耳を かぷりと食まれる。熱い口の熱にぞわりと背が粟立ち、堪らず声が口をついた。
耳の形を辿るように舌が這わされると、堪らなくなるような変な感じがする。自分のモノとは思えない声が出てしまいそうで、思わず目の前にある男の袖を噛んだ。ふぅ、ふぅ、と浅く呼吸を繰り返すオレを追い詰める様に、耳の穴に舌先が滑り込む。
「んんぅ、…ん、んんーっ…」
「…耳も弱いんだねぇ」
「っ、ふぅ、…ぅ、んんっ、…ん、んっ…」
「気持ちいいでしょ?
ちゃんと、この感覚を覚えておくれ」
付け根を舌先で擽られ、優しく歯で噛まれる。ぞわぞわとしたものが背を駆け上がり、堪らず男の頭を
抱き締めた。ふぅ、と唾液で濡れた耳に息を吹き掛けられては、もう駄目だった。男の声が頭の中に反響して、消えてくれない。
もぞもぞと太股を擦り合わせて体をよじれば、男がゆっくりとオレの上から退いた。
「この鍵は返すよ。
今夜は下見だけのつもりだったからね」
「んっ、……」
ちぅ、ともう一度触れるだけの接吻をして、男が
オレの両手を縛る縄を解いた。宝物庫の鍵は枕元へ
置かれ、男は軽く身なりを整え始める。それをぼんやりと見つめながら、ほんの少し痛む手を伸ばす。男の袖を掴むと、そいつは月のような瞳をオレへ向けた。
「……ど、こに…」
「…さぁ? 何処だろうね?」
「………ぉ、れも…」
連れて行ってくれ、そう言いかけて、言葉を飲み込む。
相手は鼠だ。本来なら、捕まえて首を跳ねなければならん。それなのに、置いていかれるのが嫌だと思うなんておかしいではないか。
そう思うのに、唇に残る感触が、消えてくれない。
「言ったでしょう? 今夜は下見だよ」
「んぅっ…」
唇が重なって、男の声が鼓膜を揺らす。
大きな手が頬を包み、掌の熱に心臓が早鐘を打った。舌先が唇を舐め、ゆっくりと離れていく。ふわりと微笑むその顔は、見たこともないほど美しく見えた。
「いずれこの城から盗み出すから、覚悟しておいて
おくれ」
「……ん、…」
「またね、“ツカサ”くん」
「ぇ…」
最後にもう一度だけ唇を重ねてから、布で顔を隠した男が素早く部屋から出ていってしまう。その後ろ姿を目で見送り、呆然と唇に手で触れた。
残ったままの柔らかい熱の感触に、胸の奥が切なくなる。
「…名前だけでも、聞いておけばよかった……」
ぽつりと呟いたその言葉は、部屋の中で誰に聞かれることも無く消えていく。
その後、鼠は度々お城に侵入しては、殿の寝所に
忍び込み、宝物の味を堪能していくのでした。
数ヶ月後、その城から殿の姿だけが一夜にして消えてしまい、城内は大騒ぎだったそうな。
終