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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    俳優さんはお弁当屋のバイトさんとお話がしたい。
    俳優🎈くん×お弁当屋⭐️くんの話4

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!4(類side)

    「類っ、なにあれ?!」
    「………寧々、少し落ち着きなよ」
    「これが落ち着けるわけないでしょっ!」

    バンッ、と机が跳ねるほど大きく叩かれる。目の前の幼馴染はかなり興奮しているようで、僕の制止も効かないみたいだ。事務所の中ではあるから大丈夫だけれど、そろそろ仕事の話も進めたい。今日はドラマの撮影と、雑誌のインタビューか何かがなかったかな。ぼんやりと思い浮かべるも、やっぱり寧々が全て把握しているので、彼女でなければ分からない。そんな彼女は、ぷるぷると体を小刻みに震わせて俯いたままだ。

    「あんなっ…、あんなっ……」
    「寧々、一度水でも飲んで…」
    「あんなに美味しいなんて、なんで言わなかったの?!」
    「…………本当に、一度落ち着こう。ね?」

    朝からこの調子である。どうやら、昨日のお弁当が美味しかったようだ。朝一番に事務所に来たら呼び出されて、この状況になっている。普段ここまで声を荒らげたりしない彼女にしてはかなり珍しい。まぁ、この場に僕しか居ないから、というのもあるかもしれないけれどね。

    「マカロニサラダのあの柔らかさと程よい酸味とか塩気とか、コーンやハムなんかの食感も楽しくてついつい食べきっちゃったし」
    「うん」
    「鮭のおにぎりのお米はふっくらしてて冷めてるのに気にならないくらい美味しくて、鮭もふっくら柔らかで丁寧に骨は取り除いてあるし、その上塩加減が絶妙で」
    「うんうん」
    「卵焼きのふわふわで味がしっかりしてるのも、唐揚げのサクサクの衣に包まれた鶏肉のむちぃってした弾力ある感じも美味しくて」
    「寧々、そろそろお仕事の話も……」
    「それにあのハンバーグ!肉汁がぶわってして、とろとろのクリームソースは濃厚で、優しい味が凄く良かった。野菜の感じが全然しないけど、あの甘さって玉ねぎの甘さだったの?!だとしたら凄く手間がかかってるでしょ、クリームソースも牛乳たっぷりなのにそれだけじゃなくて、チーズやバターの風味もするし、まるで濃厚なシチューみたいな…」
    「寧々、時間がないから、その辺にしてほしいなぁ」

    あの普段言葉数の少ない寧々が、止まらない。表情は真剣だし、声にすごく熱がこもっている。気に入ってくれて嬉しい反面、幼馴染の意外な一面に苦笑が隠せない。言いたいことは分かるけれど、全部聞いていたらキリがないかな。というか、食リポが必須の番組にたまに呼ばれることがあるけれど、寧々の方が絶対向いている気がするね。今度プロデューサーに彼女を推薦してみようかな。はぁ、と小さく息を吐いて、寧々に水の入ったコップを差し出した。それを受け取って飲み干す彼女を横目に、スマホの画面に目を向ける。時刻は朝の七時。お弁当の写真はお昼にしようかな。すい、すい、とスマホ画面に指を滑らせると、画像フォルダはあのお弁当屋のお弁当で埋まっている。

    (…確かに、天馬くんのハンバーグ、美味しかったね)

    あれなら、また食べたい。次に行けるのは来週の水曜日だから、少し残念だ。昨日の今日で、また行きたいと思ってしまう。仕事があるので、行けないのだけどね。スマホの画面を閉じると、漸く落ち着いた様子の寧々が僕の方を見ていた。

    「そういえば、類はどうだったの。あのハンバーグ」
    「とても美味しかったよ。野菜の苦い味とか全然無くて、気付いたら食べきっていたよ」
    「……あの、すりおろした玉ねぎと人参ですら味が分かってハンバーグが食べられず、五歳の時に大泣きして類のお母さんの心を折った類が、食べきったの?」
    「…寧々、いつの話をしているんだい?」

    母さんが匙を投げたのは確かだけれど、語弊のある言い方だ。昔からどうも苦手なのだから仕方ないじゃないか。母さんが頑張っていたのも知っているけれど、あの頃は特に毛嫌いしていたしね。寧々とは幼い頃からのお隣さんということもあり、昔の事もよく知られている。

    「そんなことより、早くスタジオに行った方がいいんじゃないかい?」
    「そうだった!こんな事してる場合じゃないよ、類!」
    「僕はずっとそう言っていたんだけどね…」

    慌てて事務所を出る寧々の後ろに続く。駐車場に止めてある車に乗り込んで、シートベルトをカチ、と止めた。エンジンをかける寧々は、行き先を確認してから、アクセルを踏んだ。エンジン音をさせながら、車がゆっくりと動き出す。窓の外へ目を向けると、今日も晴天の様だ。

    「類、指輪着けた?」
    「大丈夫だよ、この通り」
    「なるべく外さないようにしてよ。また面倒事はごめんだからね」
    「分かっているよ」

    ひら、と左手を軽く振って見せて、僕はまた窓の外へ目を向けた。この指輪は、僕が自分用に買ったやつだ。勿論、ペアになった婚約指輪。もう一つは家の引き出しに入っている。
    幼い頃からテレビに出ていた事もあって、中学や高校の時、女性に声をかけられることが増えた。何度断っても執拗いアプローチに嫌気がさしていた時、熱愛報道だとかで勝手に騒がれて、事務所に迷惑をかけてしまったことがある。女性に全く興味も無かった僕は、悩んだ結果寧々に相談をしてこの指輪を買った。婚約者がいるとなれば、熱愛報道も周りからのアプローチも減るだろう、という作戦だ。最初こそ煩かった周りも、僕が適当に流す内に諦めてくれた。SNSでも指輪の噂が広がり、僕にアプローチをかける女性も減っていった。だから、この指輪は自室以外では必ず付けるようにしている。周りに迷惑をかけないように。

    (…どうせ、誰かと交際も結婚も、するつもりないしね)

    僕の職業柄、相手に迷惑がかかるのは明白だ。幼馴染と言うだけで、寧々にだって迷惑がかかってしまっているからね。自分から女性に近付くつもりなんてない。ずっとこのまま、何事もなく過ごしていければそれでいいかな。ぼんやりとそんな事を思いながら、ほんの少しの間、目を閉じた。

    ―――
    (司視点)

    「はぁああ…」

    ぐだっ、とカウンターに寄りかかる。店内に今はお客さんもいない。今日は月曜日だ。時刻は夕方五時少し前。何故溜息が出たのか、そんな事は決まっている。バイトの日数を減らしたからだ。

    「……水曜日も二回程休みになってしまった…」

    それがなんだか残念でならない。密かに楽しみにしていた日である。水曜日は特別だ。水曜日の夕方五時半頃にだけ来てくれるお客様に会える日。神代さんと、ほんのちょっとの会話が出来る日である。が、文化祭の準備期間はそこまで長くもなく、更にクラスの出し物の準備に追われてしまう。劇と言うだけで練習が忙しいのに、加えて主役になってしまったとなれば、仕方ないだろう。後半は休みなく参加しろと言われてしまったので、断りきれずにシフトを減らしてもらった。放課後練習もあるので、早くからの時間シフトに入れないのも痛い。もしかしたら、水曜日も五時半にすら間に合わないかもしれん。はぁあ、ともう一度深い溜息が溢れた。

    「水曜日だけでなければ、もっと話が出来るのかもしれんが、忙しいだろうからなぁ…」

    本来はこんな所に通うような人では無いだろうに。神代さんなら、高級レストランとかに通っててもおかしくないだろう。スーツを着て、夜景の綺麗な最上階高級レストランとかでワインとか飲んでそうなイメージがあるからな。絶対かっこいい。うんうん、と一人頷いて、のそのそと体を起こす。まだお客さんは一人もいない。現在五時二十分である。六時になれば、忙しい時間が来るだろう。ちら、と外を見れば、通行人すらいなかった。店長達は裏でメニューの話し合いをしているのか、全くこちらに出てこない。暇だ。

    「………まさか、台本もオレが作ることになるとは、思わなかった…」

    ぼんやりと頭に浮かべるのはこの土日で読み返した小説の内容だ。台本を誰が書くかという話し合いが中々決まらず、結果的に第二回目のくじ引き大会が始まってしまった。結果はオレが当たりを引いてしまったわけだが、練習時間の兼ね合いもあり、台本は今週の金曜までに作らなければならない。素人に無茶ぶりし過ぎである。

    「なるべく原作通りに進めたいが、劇の時間は短いのだし、やはりどこか削らねばならんが…」

    どのシーンも捨てがたい。伏線と呼ばれる所は入れつつ、だが三十分から一時間以内に収めねばならない。あまり場面転換させすぎると、背景や小道具なども増えてしまう。映画やドラマを見るのは好きだが、実際に作るとなると、話は変わってくる。どうしたものか、と悩んでいれば、入口で来客を知らせる音が聞こえてきた。慌ててパッ、と顔を上げると、見慣れた人がこちらに真っ直ぐ向かってくる。

    「こんにちは、天馬くん」
    「いらっしゃいませっ!神代さん!」

    眼鏡を外して、少しマスクをずらすと、神代さんが笑顔で挨拶してくれる。ぺこ、と頭を下げると、神代さんはくすっと笑った。相変わらずかっこいい。咲希が騒ぐのも分かる気がするな。藤色の髪はキラキラしているし、今日の少しきっちりした服装も良く似合っている。スーツとか着たら、ファンは大騒ぎだろうな。じっと見ていれば、気付いた神代さんが首を傾げた。

    「どうかしたかい?」
    「い、いえっ、すみませんっ!」
    「ふふ、今日は、鮭のお握りと唐揚げ、それから卵焼きもお願いしようかな」
    「はい!」

    透明のパックを取り出して、おかずを詰め込む。唐揚げは気に入ってくれたみたいだ。ここの唐揚げは美味しいからな。パチ、と透明の蓋をしっかりしめると、神代さんがショーケースから顔を上げた。

    「この前のハンバーグはもうないのかい?」
    「ありますよ。今日は左側に並んでるんです」
    「本当だ。なら、それも」
    「ありがとうございます」

    ぱぱぱ、っと嬉しくてつい表情が綻ぶ。前回食べてもらえたのも嬉しかったが、今日も買ってくれるのか。口に合ったのなら、よかった。透明のパックに詰めて、口元を引き締める。嬉しくても、仕事は仕事だ。お味噌汁は今回わかめと豆腐と長葱になっているのでオススメはしない。あとは、野菜があまり使われてないおかずとなると…。

    「マグロの角煮とかはどうですか?マグロを煮込んだものなんですが、生姜の風味も良いですし、柔らかくて美味しいですよ!」
    「なら、それも貰おうかな」
    「ありがとうございます!」

    味が染み込んだマグロをパックに詰め込んで、パチン、と蓋を閉めた。それを袋に入れると、神代さんが思い出したように顔を上げた。

    「悪いけど、二人分用意してくれるかい?この前来た寧々が、ここの料理を気に入ってね」
    「かしこまりました!同じものでよろしいですか?」
    「うん、よろしくね」

    同じものを透明のパックに詰め込んで行く。寧々さんって、あの綺麗な人だな。幼馴染と言っていたが、この後会うのだろうか。そう言えば、神代類のマネージャーは、彼の幼馴染だという噂もある。それが本当なら、この後も仕事に戻ると言う事だろう。いつもは水曜日だけの来店が、仕事の途中で寄ってもらえたのだとしたら、有難い。最後の一つも詰め終わると、それを袋へ入れた。神代さんに二人分の金額を伝えると、大きな手がお金をトレーに乗せていく。お釣りを手渡せば、笑顔で受け取ってくれた。

    「ありがとう。天馬くんのハンバーグ、とても美味しかったよ。寧々も凄く喜んでいたね」
    「本当ですか?!ありがとうございます!」
    「また何か新しく作ったら、教えてほしいな」
    「はい!その時は、お伝えしますね!」

    ビニール袋を手渡すと、神代さんは優しく笑ってくれた。美味しいと言って貰えたことが嬉しくて、つい頬が緩む。野菜が苦手だと聞いていたから、少し心配していたのだが、食べて貰えたようだ。次も頑張ってみよう、そう思えた。受け取ったお金をレジにしまうと、神代さんが小さく首を傾げる。

    「ところで、君はいつもここでバイトをしているのかい?」
    「そうですね。基本、平日はほとんど居ます。土日は必要があれば入るようにしてますが…」
    「なら、他の日に来ても、天馬くんにお勧めを教えて貰えそうだね」

    綺麗な顔が、優しく笑む。ポスターとかで見るような表情に、視線を逸らすことが出来なかった。咲希の部屋で見た事のある神代さんとは全然違う。キラキラしていて、なんというか、輝いて見えた。これが神代さんの人気の理由だろうか。本物は凄い。咲希がこの場にいたら大騒ぎだろうな、と頭の片隅でそんな事を思ってしまう。

    「ただ、暫くバイトの日数が減るので、もしかしたらいない日もあるかもしれません」
    「おや、そうなのかい?」
    「来月、文化祭がありまして、その練習で…」

    水曜日も休む日があるし、念の為休むことを伝えてみた。ただのバイトだから、例え数日いなくても支障はないとは思うけれど、神代さんがお勧めを聞きたいと言ってくれるので、本当に念の為だ。オレが休みの間は、えむのお姉さんが来てくれることになっているらしい。えむも同じクラスだから、オレと同じでバイトには参加出来ないからな。オレの言葉を聞いた神代さんは、ふふ、と小さく笑った。

    「文化祭なんて懐かしいね。天馬くんは、何をするんだい?」
    「え、と…オレのクラスは、劇をする事になっていて…」
    「天馬くんが劇に出るのかい?それは是非とも見たいな」
    「そ、そう、ですか…?」

    パッと、神代さんの表情が輝いた様に見えて、ほんの少し後退る。心臓がドキドキしている気がして、何故だか頬が熱かった。素人の劇なんて、本職である神代さんからしたらお遊戯みたいなものだろうに。あまりに嬉しそうにされるから、なんだか恥ずかしくなってしまって、視線が下へ下がる。

    「日付は決まっているのかい?」
    「ぁ、…来月の、最終の土曜と、日曜の二日間です…」
    「ありがとう、休みが取れたら、是非行かせてもらうよ」
    「そ、そんな、無理しなくて良いですよ?!」

    スマホに何やら打ち込んだ様子の神代さんに、慌てて首を振る。高校に神代さんが来たら、大騒ぎになるんじゃないだろうか。見たいと言ってくれるのは嬉しいが、オレが主役で、しかも神代さんがもうすぐドラマに出るのと同じ作品だ。本人に見られるなんて、恐れ多い。つまらないものを見せて、神代さんに幻滅されたくない。どう断ろうかと思っていれば、ふわりと頭を撫でられた。

    「僕は、君の声が好きなんだ。明るく元気のある君の声は、舞台の上ならそれは素晴らしいものになるって、思っていたくらいね」
    「…そんな、こと……」

    そんな事ない。そう言いたいのに、言葉に詰まった。嬉しい気持ちが、胸の奥で騒ぎ始める。そんな風に、思われていたなんて思ってもみなかった。普段から、声が大きいと周りに言われてきた自分の声。煩い、とすら言われた事もある声を、神代さんは、『明るく元気のある声』と言ってくれた。たったそれだけの事なのに、凄く嬉しい。

    「出来ることなら、君の練習にも参加して、君に演出を付けたいとさえ思っているよ」
    「か、神代さん、演出もしているんですか?!」
    「残念ながら、演出はまだしてないんだ。いつかは、演出家になりたいと思っているけどね」
    「……神代さんが、演出家に…」

    かっこよくて女性に人気の俳優で、演出家に憧れている。なんだか、神代さんの事がまた一つ知れて、嬉しくなった。神代さんは、どんな演出をするのだろうか。見てみたい。神代さんが作る舞台を、この目で。そわそわ、とした気持ちが抑え込めず、体が揺れる。映画や舞台を見るのが趣味で、沢山見てきた。神代さんが今までにやってきた作品も、最近集めて見ている所だ。もっと話が聞きたい。神代さんの事が知りたい。

    「あのっ、…」
    「なんだい?天馬くん」
    「実は、劇の台本もオレが書くことになっていて、ただこういう事は初めてなので、良ければ、神代さんが演出を考える時の事とか、アドバイスとか、何か教えて貰えませんか?!」

    早口にそう言うと、神代さんが呆気とする。興奮し過ぎて、心臓は爆発しそうな程煩いし、冷や汗で背中はぐっしょり濡れている気がする。恥ずかし過ぎて顔から火が出そうなほど熱いし、喉がカラカラに乾いた感覚もした。やってしまったかもしれん。忙しい、しかも超有名な俳優神代類に、無茶苦茶な事を言ったかもしれん。あわあわあわあわっ、と頭の中でもう一人の自分が大慌てで言い訳を探している。沈黙が怖くて、この場から逃げ出したいのに足が一歩も動かなかった。謝ろう、そうだ、謝るしかない!すぅ、と大きく息を吸い込むと、カサ、という小さな音がした。

    「ボールペンか何かあるかい?」
    「んぇっ?!…は、はいっ、…!」
    「ありがとう」

    慌てて店用のボールペンを手渡すと、さっき渡したレシートの裏に、神代さんがペンを走らせた。ローマ字だろうか、アルファベットが綺麗な字で並んでいく。バク、バク、バク、バクと心臓はまだ煩くて、掌に滲んだ手汗をそっとエプロンで拭った。ゆっくりと深く息を吸い込むと、ほんのちょっとだけ落ち着けた気がする。

    「はい、これあげる」
    「…………これ…」
    「僕の連絡先」

    神代さんの言葉に、たっぷり三秒程固まる。今なんと言った?連絡先?誰の?神代さんの???
    バッ、と顔を上げてレシートのアルファベットと神代さんの顔を交互に見る。ふわりと微笑む綺麗な顔に、「ひぇ、…」と変な声が小さく溢れた。何が起こっているのか全くわからん。

    「台本がなければ練習も出来ないよね。急いで作らないといけないでしょ?」
    「ぁ、はい…なので、あした、は、バイトも休んで、家で……」
    「なら、明日一緒に考えようか」
    「んぇええっ?!」

    くしゃ、と強く握り締め過ぎて、貰ったレシートが歪む。聞き間違いでなければ、一緒に、と言われなかっただろうか?? 神代さんと?? 一緒に?! オーバーヒート寸前の頭が、くらくらと揺れる。この目の前にいる人は、神代さんだよな?クラスメイトの誰かとかではなく、あのテレビによく出ている、俳優だよな?夢か?夢を見ているのか?!はく、はく、と言葉が出ない口を必死に開閉すると、神代さんがくすくすと笑う。

    「いつでもいいから、連絡をくれるかい?明日は夕方からオフだから、どこかで落ち合おう」
    「ぇ、あのっ、……」
    「それじゃぁ、また明日ね、天馬くん」

    神代さんのスマホが着信音を鳴らし始め、ディスプレイを見た後手が振られた。ビニール袋を持ったまま店を出ていく姿に、オレは呆然と見送るしかできなかった。

    「……またの、おこしを、おまちしてます…」

    ぽつり、と零した言葉は、誰にも聞こえず消えていった。

    ―――
    (類side)

    「類、遅すぎっ!」
    「ごめんよ、寧々」
    「次の撮影に間に合わなくなるでしょ!」

    店の近くに止めてあった車に乗り込むと、寧々が僕を睨んでくる。それを躱して、シートベルトをつけると、一気に車が走り出した。鳴り続けていた着信は止まり、スマホのディスプレイに残った通知を消す。

    「寧々、来月末の日曜日だけれど、一日休みにしてくれるかい?」
    「…別に良いけど、珍しいね、類が自分から休みの希望を言うなんて」
    「見たい舞台があってね」
    「ふーん。まぁ、いいけど」

    キキィ、と信号の手前で車が停車する。その隙にスケジュール帳に今のことを手早くメモして、寧々が顔を上げた。赤信号はまだ切り替わらない。スマホの画面には、通知はなく、そっとポケットに突っ込んだ。彼の慌てぶりを思い出すと、つい笑ってしまう。

    「………ご機嫌なのはいいけど、問題だけは起こさないでよ」
    「おや、酷いなぁ。僕が何かすると思っているのかい?」
    「アンタのそんな顔、何年ぶりに見たと思ってるのよ。間違ってもテロとかスクープとか面倒ごとは御免だからね」
    「信用ないなぁ」

    寧々の呆れたような顔に、肩をすくめる。本当に、そういうつもりは無いのだけどね。テロなんてするつもりは無いし、天馬くん相手にスクープも何も無いだろう。歳下のお友達が出来た程度だ。

    「…ふふ、」
    「………本当に、何かあったの…?」
    「いやね、良いチャンスが巡ってきたと思っただけだよ」
    「…………………お願いだから、警察沙汰もやめてよね…」

    信号が青に切り替わる。ゆっくりと車が走り出し、窓の外の景色が変わっていく。脳裏に浮かぶのは、一生懸命僕へお願いをしてきた天馬くんの顔。アドバイスが欲しい、と言っていたっけ。どうやら、やっぱり彼は僕が俳優なのだと気付いていたようだ。どこからだろう。名前を言ったからかな。それとももっと前から?どちらにしろ、彼は態度を変えることなく接してくれていた。それが嬉しかった。そんな彼だから、連絡先を渡してしまったのかもしれない。いや、それだけじゃない。僕は、彼が舞台に立つのが見たいんだ。

    「楽しみだね。彼が輝く姿は、どれ程素晴らしいだろうか」
    「?…類、何の話?」
    「なんでもないよ」

    初めてあの店に入った時からずっと思っていた。彼の声に、彼の容姿に、彼のあのころころと変わる表情に、演出を付けてみたい。僕の手で。小さい頃から、子役として演者をしてきたけれど、演出についてもずっと学んできていた。いつか、僕もその仕事に携わりたいと思いながら、ここまで来た。自分が出るドラマも映画も、僕ならこうするのに、と何度思ってきたことか。それでも、こんなにも輝かせたいと思う役者はいなかった。

    (彼が演者になるのなら、僕は彼を、誰もが見惚れるほど輝かせてみせる)

    たかが高校の文化祭の催し、それで充分だ。彼がこちらの世界に来れば、きっとすぐに僕を追い抜くだろう。そんな彼を、たった一度でもこの手で演出出来るのなら、なんだっていい。台本は彼が考えると言っていた。なら、より彼の役が映える話にしよう。そして、僕が使える時間を全て使ってでも、彼の演技の練習に出来るだけ付き合いたい。声の出し方も、立ち方も、魅せ方も、全て教えてあげよう。楽しみで楽しみで仕方がない。

    (早く連絡が来ないだろうか)

    ―――

    「一旦休憩に入ります」
    「…ふぅ……」
    「お疲れ様、類」

    夜の撮影は少し押してしまった。共演の人が些細なミスをして中々決まらない。やっと入った長めの休憩に、溜息を吐く。マネージャーの寧々と控え室へ移動し、椅子へ腰を下ろす。寧々がタオルとペットボトルを手渡してくれた。パキ、とキャップを開けて、中身をあおる。

    「あと少しみたいだから、頑張んなさいよ」
    「そうだね」
    「それと、スマホ、なんか通知来てたけど」
    「本当かい?」

    寧々が僕のスマホを手渡してくれる。撮影中は寧々に預けていて見れなかったので、急いで画面を付けた。知らない相手からメッセージアプリに連絡が来ている。文面に、『天馬です』と名前が書かれていた。ロックを解除して、すぐに登録する。

    「まさか、あのバイトの子と連絡先交換しちゃったの?」
    「ふふ、天馬くんが僕にアドバイスを貰いたいって言っていたからね」
    「何のアドバイスよ。というか、それで機嫌が良かったわけ?気を付けないと、本当に問題になるよ」
    「大丈夫、少し劇の練習を見てあげるだけだからね」

    寧々が怪訝そうな顔をするけれど、僕は笑顔で返す。メッセージアプリを開いて、すぐに返信を返した。明日の予定を寧々に聞くと、夕方四時には仕事も終わると言うことだ。冒頭に『神代です』と一言入れて、時間を告げた。数秒後に既読がついて、すぐさま彼から返信が来る。『学校が終わったら、オレの家とかはどうでしょうか?』という提案に、二つ返事で返す。公園やどこかのお店では気を使ってしまうので、有難い提案だ。それが無ければ、僕の家でも良かったのだけれどね。仕事が終わり次第彼の学校に迎えに行くと連絡を入れた。彼の方からは丁寧に了承の返事が返ってくる。

    「寧々、明日は仕事が終わったら神山高校まで送ってくれるかい?」
    「はぁ?なんで?!」
    「天馬くんを迎えに行くと約束したからね」
    「……ほんと、類の考えてることがわかんないんだけど…」

    はぁあ、と盛大に溜息を吐く寧々は、スケジュール帳を開いた。文句は言いつつも、ちゃんとお願いを聞いてくれる優しいマネージャーにお礼を言う。変装だけは絶対にするように、と念を押され、笑顔で返した。高校なんて懐かしいな。僕は仕事があってほとんど通ってはいなかったけれど、天馬くんはどんな学生生活をしているのだろうか。神山高校は地元でも結構有名な共学の高校だ。それなりに在籍生徒も多かったはずだし、きっと盛大な文化祭なのだろう。文化祭の参加もした事は無いので、良い経験かもしれない。天馬くんのメッセージアプリの画面を見る。アイコンには、可愛らしいペガサスの絵があった。誰かが描いたものだろうか。何となく天馬くんに似ていて、つい笑ってしまう。

    「って、そんな事より、類、そろそろお弁当食べないと食べ損ねるよ!」
    「そうだね」
    「わたしもお腹空いたし、早く食べよう」
    「ふふ、寧々、ずっと楽しみにしていたからね」
    「うるさい」

    ガサガサと袋から透明のパックを出して、寧々がお箸を僕に手渡してくる。先週からずっと、また食べたいと言い続けていた寧々がとうとう我慢できず、ここに来る途中で寄り道までしてくれた。二人分買う事を条件に、僕は今日天馬くんに会えたわけだ。お陰で、彼の文化祭の事や明日の約束も取り付けられたわけだから、寧々にはとても感謝している。

    「いただきます」

    ぱちん、と手を合わせて寧々が卵焼きを箸で摘む。はく、と口に入れた彼女は、眉を下げて美味しそうに頬を綻ばせた。それを横目に、僕も箸で唐揚げを摘む。少し冷めているのにカリカリと表面がいい音をさせる。それを一口に放り込んで咀嚼すると、じゅわ、と中から肉汁が溢れだした。うん、美味しい。鮭のおにぎりも一口食べて、ちら、とスマホに目を向ける。ディスプレイに通知はない。会話も終えたのだから当たり前だ。なのに、通知が来るかもしれないと思ってしまうのは、何故だろうか。

    「類、今度行く時はお味噌汁も欲しい」
    「ふふ、野菜がなければ買ってくるよ」
    「わたしの分なんだから、普通に買ってきなさいよ」

    そんな話をしながら、僕らは休憩時間内に全て食べきった。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    9361

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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