酔っ払ったパウリーが人気のない路地にルッチを誘う話知らない土地でイイ店を見つけるのは難しい。
予約しているホテルのルームサービスを利用すればいい。
ルッチの案をパウリーは却下した。
ウォーターセブンで育ったパウリーは出張などがなければ島から出ることはない。
行き当たりばったりでココだ!と直感で閃いた店に入るのが緊張感があり楽しいという。
ギャンブル癖が抜けないパウリーらしい理由だ。
ルッチがルームサービスの案を出したのはなにも土地勘がないことだけが理由ではない。
酔っ払った図体のでかい男を部屋まで運ぶのが面倒くさいのだ。
「言わんこっちゃねえ」
心の中で囁いたと思っていた苦言は音となって漏れ出ていた。
酔っ払った図体のでかい男が千鳥足でホテルへの帰路を進む。
肩を貸してやってもいいがルッチからのストレートな善意をパウリーはよく拒絶する。
ルッチからすれば裏表のない行動だが”信用しろ”とどの口で言えばいいのか分からなかった。
仕方なくパウリーが蹴躓いて地面とキスをしようとするときだけ支えてやった。
地面に嫉妬などありえない。他意はない。本当に?ルッチは自問自答して己を鼻で笑った。
一際派手に小石に足を取られたパウリーの脇に手を通して転倒を防ぐ。
体制を立て直すと思っていたパウリーの体が傾き彼の頭がルッチの胸元に凭れ掛かる。
先ほどまでとは明らかに異なる、色を含んだ反応だ。
酒気を帯びて赤くなった顔でパウリーは大通りから反れた細い路地を見つめた。
細い路地は街灯の照明が届かず暗く、人の気配はない。
背中に回っていたパウリーの手がぎゅっとルッチのスーツを掴んだ。
「…おれ、久々で浮かれちまってだいぶ呑んじまったかも…どうかしてる」
パウリーはわざわざ人気のない路地を選んでルッチを誘う。
ルッチとて久方ぶりの逢瀬に浮かれていないといえば嘘になる。
しかしここで”酔っていた”を免罪符に事に及びたくはない。
素面に戻ったときのことを考えると居た堪れない。
「ホテルまで待て」
「悪いが……待てねえ」
「…パウリー」
「いやだ」
眼球を覆う水の膜がきらきらとネオンに反射して輝く。
ターゲットが意図せず落としたサインから嘘と誠を見分けることに仕事柄長けたルッチ。
今のパウリーから怖気や羞恥の片鱗を見つけることが出来なかった。
パウリーは本気なのだ。
「…ッ…ルッチ、おれっ、我慢できねえ」
腿の内側をわずかに摺り寄せたパウリーはドコがナニが我慢できないのか訴えかける。
なるだけ平静を装ったつもりだったが、一度ゆっくりと吐き出されたルッチの息は熱い。
答えはすでに出ていた。
己の方が転んでしまうのではないか。
路地へと向かう歩のスピードがいつもよりもずっともたついて感じられ煩わしい。
酒を飲んだばかりだというのに喉が渇いて仕方がない。余裕がないのだ。
ルッチの背後では腕を引かれたパウリーからときより切ない声が漏れる。
大通りの喧騒がわずかに聞こえる程度となる距離まで進んだところでパウリーの背が路地の壁に打ち付けられる。
衝撃からわずかに開いた唇へとルッチは吸い寄せられるように距離を詰めた。
柔らかい感触にすかさず舌を忍ばせれば…
しょっぱい
つるりとした歯の硬さも酒臭い吐息もない。
思わず目を開ければ視界いっぱいに広がるのは髭面の酔っ払ったパウリー
ではなく、バリケードの役割を担っているぼやけたパウリーの手のひらだった。
しょっぱいのは舌先が触れたパウリーの手のひらの汗だ。
「…どういうつもりだ」
不満、不服、不平すべてを煮詰めて固めたような低い唸り声がルッチから発せられた。
「そりゃおれのセリフだ!勝手にサカってんじゃねぇよ!」
「…ふざけるな、お前が誘ってきたんだろうが」
「はあ?ああ!もういいからどけって!!」
力任せにルッチの胸板を押し退け抜け出したパウリーはさらに路地の奥へと進む。
なにがしたいのかさっぱり分からない。
接触した胸板がたいしたダメージでもないのに嫌な痛みを残す。
しばらくして立ち止まったパウリーの背中をルッチは不貞腐れた冷たい視線で一瞥する。
なにやら先ほどからスラックスのファスナーをごそごそといじっているようだ。
そして聞いたことのある水音が耳に届く。
例えるならばホースから一直線に流れ出た水が勢いよく地面を叩きつけるような…
脱力したルッチは壁に寄りかかると目を瞑った。
反射的に刻まれた眉間の皺はいつもよりもずっとずっと深い。
end
(20230922)