南瓜のあるじ帰宅した曹操は室内が随分と冷えていることに気付いた。外気を感じるから窓を開け放しているのだろう。日が沈みすっかり暗くなった今の時間はなかなか肌寒い。先に郭嘉が帰っていることは把握していたからこの空気には疑問しか浮かばなかった。電気もつけっ放しである。この状況で転寝でもしているのだろうかと苦笑して靴を脱ぐ。帰った旨を声に出してみたものの反応は返ってこなかった。
まさか体調を悪くして倒れているのではないか。考え得る最もよくないパターンを想像し、少々焦りを覚えた。近頃は元気そうにしていたからそんなはずはないと思いながらも彼の名を呼ぶ声に不安が乗ってしまう。
「なんだ、いるなら返事くらい寄越せ」
慌てて来たというのに当の郭嘉は起きて、座っていた。彼の趣味で取り寄せた海外製のテーブルに頬杖をつき、椅子に片膝を立てて座っている。薄い生地のシャツの上にこれまた薄手のカーディガンを袖を通さずに羽織ってとても行儀がいいとは言えない格好だった。テーブルに置かれた白いボウル皿の中から何かを手に取って口に運ぶと、退屈そうな顔を曹操へ向けた。
「……おかえりなさい」
「……遅くなったことを拗ねているのか？」
「えぇ？まさか。そもそも今夜は約束なんてしていないじゃないですか」
言い終わると再び郭嘉は何かを食べ始めた。ボリボリと小気味いい音を立てている。至って普通な彼の様子に安心するが不機嫌の原因は分からない。
「そう拗ねるな。今から出かけるか？ん？それとも、たまには出前でも取るか？」
「ですから拗ねてませんって……今から出かけるのは避けた方がいいですけど、ね」
口元を緩めた郭嘉はそばにあったテレビのリモコンを持ちそのまま電源を入れた。ぱっと映った画面は夜のニュースで、リポーターが何処かから中継で必死に喋っている。大勢の人で溢れ、賑やかどころか騒々しいそこは仮装した人ばかりであった。そこでようやく合点が行く。
「忘れておった、ハロウィンであったか。ははぁ、楽しそうな催しを逃したからむくれておるのだな、郭嘉」
持ったままだった鞄を下ろして曹操も椅子に腰掛ける。ほどなくして画面は次のニュースへ変わり、同時にテレビもオフになった。
「重ねて言いますけど、別に拗ねては」
「わかったわかった。では今夜は外出はせんでよいな？」
「そのつもりです。お家でも楽しいことは沢山ありますから」
カーディガンを羽織りなおしながら郭嘉が笑った。拗ねてはないにしろ退屈だったのは事実なのだろう。曹操の言葉に嬉しそうに頷くと白いボウルの中身を勧めてきた。
「先ほどから食しておるそれは一体なんだ？」
「パンプキンシードですよ。炒ってあるだけのものです」
郭嘉自身、特に好きではないと言う。つまみになるかと思って用意したらしいがそこまで好みではなかったようだ。しかし飽きることなく少しずつ食べている。
「敬虔な私窩子に見えますか？」
頬杖をつき直し小首をかしげた郭嘉が微笑む。目を細めてわざとらしい恍惚の表情を見せられれば夜に見る彼の体の白さが思い出された。シャツとカーディガンの隙間から覗く肌に誘われる。
「……あれは、確か西瓜の種ではなかったか」
「おや。よくご存知ですね」
くすくす笑う郭嘉と一緒に曹操も笑った。得意げな彼の鼻先を指で軽くつまむと可笑しな声が漏れる。手を離すと今度はしっかりと瞳を開いた顔で見つめられた。
「それで、どうされます？何か召し上がりますか？」
「いや」
その一言だけで全て伝わる。予想通りと言わんばかり郭嘉は羽織っていたものをするりと床へ落とし、素足のまま窓を閉め始めたのだった。